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DLH二次創作 最果ての世界は終わらない

【DLH二次創作】Ph03.セブンスギャラクシーの因縁

作者: 南紀和沙

TRPG『デッドラインヒーローズRPG』の二次創作です。

 七星銀河(ななほしぎんが)はヒーローである。

 ヒーロー名はセブンスギャラクシー。オリジンはサイオン。バトルアーマーを纏い、驚異的なスピードを駆使して、悪党(ヴィラン)を倒す。

 ガーディアンズ・シックス――通称G6に所属している彼は、九真野境域支部へ転属となった。


 九真野境域(くまのきょういき)――。

 本州南部に位置する、神秘と山と海の地である。

 東京からは電車を乗り継ぎ、六時間。要は田舎だ。


 そんな土地に来た銀河を支援するのが、地元警察――九真野境域警察のヒーロー支援課である。「支援官」という専門の役職を置き、事件情報の共有や、事務仕事をサポートしている。

 支援官の名は、神滝千香(かんだきちか)という。

 オリジンはサイオン。半人半獣の顔をした、女性警官だった。


 二人は初めて出会った日から、事件を解決。

 二人三脚のヒーロー活動を、始めていた。


 ***


 G6九真野境域支部。

 支部は、警察署の官舎を間借りしており、狭い。ワンルームの部屋に、机は二つしかない。資料や工具がぎゅうっと詰まっている。


 机のひとつで、猩々(チンパンジー)が新聞を読んでいる。

 トレバー・ピット、G6技術職員である。エンハンスドでありテクノマンサーでもある彼は、専用の通信端末(デバイス)を操作して、会話する。


「こんにちはー」


 「ピー」と音がした。部屋のドアが開き、千香が入ってくる。


「こんにちは、トレバーさん。あれ、銀河さんは?」

『彼は警察署だ。トレーニングルームを借りると言っていた』

「ああ、入れ違いになったんですね」


 G6は警察と協定を結び、様々な支援を得ている。

 警察署の施設を使うこともできるようになっていた。


「トレバーさん、その新聞……」

『読むか? お前たちが大きく載っている』


 トレバーは読んでいた新聞を差し出す。

 地元新聞だった。九真野境域に限定した話題ばかりが載っている。記事のひとつに、「新任ヒーロー歓迎セレモニー」と見出しがついていた。写真には、セブンスギャラクシーに変身した銀河が写っている。


「銀河さん、歓迎されてるみたいでよかったです」

『チカの根回しが上手いからだ』

「そんなことないですよ」


 千香は笑い、ふとトレバーのパソコン画面に注目する。文書ファイルが表示されている。


「それは……?」

『見るか、チカ?』

「見ても大丈夫ですか?」

『ああ』

「ええと、G6の資料……ですか?」

『ああ、セブンスの資料を取り寄せてみた』

「銀河さんの?」


 それはセブンスギャラクシーの資料だった。名前やオリジン、ヒーローデビュー前の経歴、デビューしてからの活躍について記されている。


『私たちが事前に知らされた資料より、詳細なものだ』

「どうしてそんなものを?」

『気になった。彼はもともと、サイオンではなかったようだ』

「……というと?」

『ヒーローデビュー当時のオリジンは、ジャスティカだ』


 ジャスティカ――超人種ではなく、現人類(ノーマル)がヒーローになったものを指す。鍛え上げた肉体と、武器や道具類を駆使して戦う。


『七年前、彼はジャスティカとしてデビューした。その後、オリジンがサイオンとなった』

「それって……サイオンとして覚醒したのでは?」

『そうだ。おそらく、彼は生まれたとき、サイオンとしての能力発露がなかったのだろう。ずっと自分を現人類と認識し、ジャスティカとしてデビューした。その後、能力が開花してサイオンとなった……』

「珍しいことではないのでは?」

『そうだな』


 現人類として生まれ、超人種としての覚醒する。今の世界では珍しくない現象だ。

 トレバーは、画面をスクロールさせ、ある経歴を指さす。


『私が気になるのは、サイオンに覚醒したきっかけだ』

「きっかけ?」

『彼は九ヶ月前に、サイオンとして覚醒している』

「セカンド・カラミティの……三ヶ月後、ですか」


 セカンド・カラミティ――。

 ヴィラン組織フォーセイクン・ファクトリーが、邪神スローターを召還した事件だ。世界は崩壊寸前となり、世界中のヒーローが死傷した。

 スローターは倒されたが、世界は深刻なヒーロー不足に陥っている。


『彼の経歴だが、セカンド・カラミティ以後、九真野(ここ)に来るまで、まったくない』

「本当ですね。事件や事故で出動した経歴が、一年間ぽっかりない……」『だが九ヶ月前に、サイオンとして覚醒している』


 トレバーは唇を剥く。


『能力の覚醒には、きっかけがあるものだ。九ヶ月前、なにかが起こって、彼は覚醒した』

「でも、経歴にはなにも……」

『G6に記録されないような、きっかけだ』

「そんなことって、あるんですか?」

『皮肉だな。なにも記録されていないところが、かえってなにかあったと告げている』


 G6は慢性的なヒーロー不足に悩まされている。

 人員を確保するため、所属するヒーローには相応の便宜が図られることがある。公表できないような経歴を、資料から消しておくこともあるだろう。


『おそらく、カギはこれだ』


 トレバーが、また別の資料データを開く。

 添えられた画像データには、女性が写っていた。


「その人は?」

『セブンス・システムの開発者だ』

「銀河さんのバトルアーマーの?」


 銀河はバトルアーマーを装着して戦う。アーマーの名を「セブンス・システム」という。サイオンの彼を最大限サポートできる、超装具(アーティファクト)に匹敵するアーマーだ。


「この女性が、システムの開発者なのですか」

紅谷桜花(べにたにおうか)。G6所属のテクノマンサーだった』

「……だった?」

『彼女はセカンド・カラミティで死亡している』


 バトルアーマーは、ヒーローを保護し強化する鎧。

 その開発者ともなれば、装着者(ヒーロー)と親しい関係であることも多い。


「銀河さんの空白は、その人が亡くなったのと関係が……」


 千香は表情を曇らせる。

 トレバーが千香の顔を見る。


『気をつけろ、チカ』

「……銀河さんは、頼りになる方ですよ」

『違う、疑えと言っているのではない。踏み込むな、という忠告だ』

「踏み込むな……?」

『知性ある者は、好奇心には勝てない。だが同時に、聞かれたくないこともある』


 空白の一年間――銀河の過去を知ろうとするな。

 トレバーは忠告を続ける。


『これから彼と接するうち、昔を聞いてみたくなることも起こるだろう。だが、チカから聞いてはいけない』

「…………」

『チカにも聞かれたくないことがあるように、な』

「……わかりました。ご忠告ありがとうございます、トレバーさん」


 千香はしばし考え込んだあと、G6支部から出て行った。


 ***


「ハッ! ハァッ! ヤッ!」


 九真野境域警察S〇一署内。

 トレーニング施設で、汗を流すヒーローがいた。銀河だ。

 スパーリング用アンドロイド相手に、生身で技を繰り出している。


「ハアッ!」


 アンドロイドが右の拳を繰り出す。

 銀河はそれを左肘と左足で挟み込む。相手の動きが止まったところを、右の拳で殴りつける。相手のバランスが崩れたところを、組み伏せる。


『対象ガ無力化シマシタ』

「ふうー……」


 アンドロイドからガイド音声が流れる。

 銀河は深く息を吐き、アンドロイドを解放する。

 そこへ、千香がやってくる。手にはスポーツドリンクを持っている。


「銀河さん、お疲れさまです」

「おう」


 銀河は千香からドリンクを受け取り、口を付ける。冷たい水分が心地よい。

 ふと、視線を感じる。

 千香が、銀河をじっと見ている。


「……どうした?」

「あっ、いえ、なんでもないです!」

「俺のクセの真似か?」

「ち、違いますよ」


 銀河はクックッと笑う。

 千香は気まずそうに、咳払いをする。

 その時、「ピー」と電子音が鳴る。千香の腕時計と、銀河の腕時計が、同時に鳴っている。二人は、時計を顔に近づけ、指で文字盤にふれる。


「はい、こちら神滝」

「こちらセブンス」

『神滝支援官、セブンスギャラクシー。事件の(しら)せが入った』


 腕時計から声がする。ヒーロー支援課の課長(リーダー)の声だ。

 腕時計は通信端末(デバイス)になっており、G6や警察との直通電話(ホットライン)になっている。


「わかりました、どちらへ向かえば?」

『S〇一病院だ。怪我をした被害者から、詳しい事情を訊いてほしい』

「犯人は?」

『犯人は逃走中。警察(こちら)で行方を追っている』

「被害者というと?」

『早河神社の禰宜(ねぎ)橘一輝(たちばなかずき)氏だ』

「えっ……、シトリンブロウさんが怪我を!?」


 どうやら千香は被害者を知っているらしい。


「シトリンブロウ……ヒーローか?」

「はい、G6ではなく民間でヒーローをされている方です。何度かお会いしています」

「知り合いなら話が早そうだ。行くか」

「はい。銀河さん、準備をお願いします」

「わかった、五分くれ」


 身支度を整え、二人は警察署をあとにした。


 ***


 S〇一(エスゼロワン)病院。

 近隣では最も設備が整った病院である。


 病室の外には、警護だろうか。警官が控えている。

 千香が警察手帳を示し、病室に入る。


「シトリンブロウさん!」

「ああ、神滝支援官」


 病室のベッドの上で、男性が上半身を起こしている。

 体と腕に包帯を巻いているが、顔色は悪くない。


「お怪我は大丈夫ですか?」

「すこし縫ったが……大丈夫、すぐ退院できると思う」


 千香に答え、男性は銀河に視線をやる。


「そちらは?」

「ああ、シトリンさん。紹介します。この四月からG6九真野境域支部に配属された……」

「ヒーロー・セブンスギャラクシー。本名は七星銀河、オリジンはサイオンだ」


 銀河は自分から名乗り、右手を差し出す。

 男性はその手を取って握手した。


「ああ、お噂はかねがね。私はシトリンブロウ、本名は橘一輝と申します。オリジンはミスティック。本業は、早河神社の禰宜(ねぎ)です」


 男性――シトリンブロウが自己紹介する。

 ミスティックとは、霊的な導きを受け、魔法を駆使する者たちをいう。 また禰宜とは、神社の役職のひとつだ。宮司の下につき、祭礼などを行う神官である。


「民間のヒーローと聞いていたが、兼業なのか」

「ええ。セブンスさんは専業で?」

「ああ」

「それは頼もしい。私はどうしても、本業との兼ね合いで自由に動けませんから」


 シトリンは柔和に笑う。年齢は三十台くらいか。瞳は印象的な金色をしている。がっちりとした体は、ミスティックとはいえ武闘派を思わせる。


「神滝支援官とセブンスさんが一緒に来たということは……」

「あ、はい。シトリンさんが怪我をしたときの状況をお聞きしたいと思いまして」

「わかりました」


 シトリンはうなずく。


「セブンスさん、我が早河神社には『九真野の秘宝』と呼ばれるものがあるのはご存じですか?」

「……いや、聞いたことがないな」


 九真野の秘宝。

 神宿る九真野境域では、古くから神宝が継承されてきた。その多くは、いまも神社や寺が管理している。


 早河神社が有している秘宝は、一枚の鏡である。

 その銘を「五衰鏡(ごすいきょう)」という。写し取った者の栄枯盛衰を示す、予言の鏡だ。境域が継承する秘宝の中でも、特に格が高い神宝だった。


「昔から、多くの悪党に狙われた鏡ですが、我が早河神社が守ってきました」

「それが、狙われたと?」

「はい。あの鏡は、使える者も限られる神宝……悪党に、どうこうできるものではありませんが。それでも狙われました」

「あの、シトリンさん」


 千香が口を挟む。


「五衰鏡が狙われたということは、大巫女(おおみこ)様も……!?」

「ええ、鏡は大巫女様のお部屋にありました。大巫女様が、侵入してきた曲者に気づいて鏡を守っているところに、私は駆けつけたのです」

「大巫女というのは?」


 五衰鏡は、ただ置かれているだけの宝ではない。

 早河神社の神職のうち、最も霊力の高い巫女が、鏡に仕えているのだという。その巫女を「大巫女」と呼び、人々の尊崇を集めている。


 大巫女が悪党から鏡をかばっているところに、シトリンは駆けつけた。そして戦い、悪党は追い払った。だが自身は傷を負ったということだった。


 銀河がシトリンに尋ねる。


「いま、その大巫女はどこに?」

「早河神社の拝殿内で、鏡を守っておいでです。今は現場検証などで警察の方がいてくれるので、安全だとは思うのですが」

「そっちに行った方がよさそうだな、支援官」

「はい」


 銀河と千香は顔を見合わせ、うなずき合う。

 銀河がまたシトリンに尋ねる。


「犯人の顔は見たか?」

「それが……」


 シトリンは顔を曇らせる。


「犯人は、仮面をつけていました」

「仮面?」

「ええ、獣の頭骨をかたどったような、不気味な面でした」

「獣の頭骨のような、仮面か……」

「黒いローブを着ていたので、体型もハッキリとはわかりません。声もなかったので、男か女かどうかも……。大巫女様なら、何かわかるかもしれませんが」

「わかった、そちらで聞こう」


 シトリンは頭を下げる。


「悪党が簡単に諦めるとは思えません。どうか、大巫女様と五衰鏡を守ってください」

「ああ、最前を尽くす。あんたも無理をしないようにな」

「ありがとうございます」

「行くぞ、支援官。神社に案内してくれ」

「わかりました」


 銀河と千香は、病室をあとにした。


 ***


 早河神社は、S〇一エリアの東にある。街の中にあるが、鎮守の森に囲まれ、境内の様子は簡単にはうかがえない。

 それでも今は、慌ただしく警察官が出入りしている。


 千香が現場指揮の警官に話を通し、拝殿へ向かう。

 拝殿には、巫女がひとり、座っている。銀河と千香が拝殿に入ると、気配を感じたのか、背を向けたまま声を掛けてくる。


「よく来てくれましたね、千香さん」

「はい、大巫女様もご無事で……なによりです」


 千香が答えると、巫女はくるりと体をこちらに向けた。

 大巫女は、四十歳を超えているだろうか。黒い髪は長く、ところどころ白髪が見えている。赤い袴に白い千早を着て、胸元に直径十センチほどの鏡を掛けている。

 その表情をうかがうことはできない。目元に、赤い布で目隠しをしている。


「そちらは?」


 大巫女は、見えているかのように千香に尋ねる。

 千香も普通に受け答えをする。


「えっと、この春から、G6の境域支部に配属になった……」

「G6所属、セブンスギャラクシーだ。……目はどうした?」

「ああ、これはいつもしているものです」


 大巫女は笑って、目元の布を押さえる。


「わたくしは、早河瞳(はやかわひとみ)と申します。オリジンはハービンジャー……というそうです」


 ハービンジャーとは、超人種のひとつで、宇宙や異世界にそのルーツを持つ者を指す。異星の神であることさえある。


「わたくしは地球生まれですが、母がハービンジャーでしたので」


 大巫女――瞳は、ハービンジャー二世ということらしい。そのため霊力が高く、秘宝に仕える巫女になったのだという。


「そんなことより……G6の方が来てくれて、安心いたしました。橘さんが、わたくしをかばって、怪我をしてしまいましたので」

「さっそくだが、襲われたときの状況が聞きたい」

「はい」


 瞳は状況を説明する。


 瞳は、いつも神社の境内にある自宅で眠る。

 襲撃されたのは、午前二時頃のことだった。

 瞳の自室に、ヴィランが侵入した。鏡がヴィランを威嚇するように輝いたため、瞳は侵入に気づいて、鏡を守った。


 まもなく、異変に気づいたシトリンブロウが駆けつけた。シトリンはヴィランと戦闘となり、追い払うことには成功した。その際、怪我をしたのだという。


「鏡が騒がなかったら、わたくしも侵入に気づけたかどうか……」

「というと?」

「侵入者は……透明だったのです」


 侵入してきたヴィランは、透明人間だったという。

 神宝たる五衰鏡が、霊妙な光を発したため、透明でいられなくなったらしい。


「仮面をつけていたというが?」

「はい。ヤギのような、ヒツジのような……そういう獣の頭蓋骨のかたちをしていました」

「…………」


 銀河が考え込む。


「透明……獣の骨の仮面……」

「銀河さん、心当たりが?」

「……メイヘム」


 その名を口にして、銀河の眉が寄る。

 メイヘム――それは、ヴィラン組織の名だ。超司祭ザ・イミテイターを戴き、邪悪な魔術で悪魔や魔神を召還する。

 世界の災厄「セカンド・カラミティ」を引き起こすきっかけを作ったのも、メイヘムだという噂がある。


「メイヘムには、透明になる(すべ)がある」

「仮面、というのも?」

「超司祭イミテイターを始めとして、メイヘムの信者はすべて、仮面を被っている。ローブを着ていたのも、メイヘム信者の典型的な格好だ」


 銀河の目元が、ギッと鋭くなる。怒りを抑えている。


「……五衰鏡は、異界の神を()ぶのか?」

「そうですね……鏡を、強大な霊力のリソースとして使えば、あるいは。本来、そういう使い方をするものではありませんが」


 大巫女が、胸元の鏡を撫でる。


「もしくは、単に予言の力を得ようとしているのかもしれません」

「どちらにしろ、もう一度、襲撃はある。簡単に諦めるような連中じゃないからな」


 銀河は大きく息を吐く。表情を戻し、千香に尋ねる。


「警護の警官はどれくらい残せる?」

「……さほど、は。警察も人手不足ですから」

「俺たちで襲撃犯を迎え撃つ。その準備の間だけでも、警護を絶やすな」

「わかりました。手配します」


 千香は拝殿から出て行く。支援課に連絡しに行ったのだろう。

 大巫女が、銀河を見据えるように、顔を向ける。


「……恨みがあるのですね、メイヘムに」

「…………」


 銀河は答えなかった。ただじっと前を見つめていた。


 ***


 夜になった。


 境内は暗かった。もともと、夜間は解放されていない場所だ。明かりは少ない。警察が手配した照明が、あたりを照らしている。


 数名の警察官が、警護に残された。

 大巫女は拝殿に泊まり込み、五衰鏡に祈りを捧げている。彼女の言葉を借りれば、「鏡がざわめいている」のだという。


 拝殿の外廊下に、銀河と千香がいる。

 銀河はスーツケースを横に置いている。バトルアーマーに変化するケースだ。

 千香は、装備を点検している。猩々(トレバー)先輩から預かった、新型の銃器である。


「その銃は?」

「トレバーさんによると、麻痺銃(パラライザー)だそうです。相手を殺さず、痺れさせて無力化するとか」

「そうか」


 銀河は、視線を前に戻す。

 眼前に、闇が広がっている。時折、警官の懐中電灯が巡回する。明かりの数は、闇を照らすには足りていない。


「…………」

「…………」


 沈黙が流れる。


「……支援官」

「はい」

「頼みがある」


 銀河が、絞り出すように告げる。


「……俺は、メイヘムと因縁がある」

「メイヘム、と?」


 千香はふと、トレバーの元で見た資料を思い出した。

 銀河のアーマー「セブンス・システム」の開発者は、セカンド・カラミティで命を落としている。


「俺は、メイヘムを追っていたことがある」

「……それは、ヒーロー活動の一環ですか?」

「…………」


 銀河の眼が、闇を見据えている。


「俺自身、メイヘムの連中と遭ったら、どう行動するかがわからん」

「…………」

「もし俺が自分を見失っていたら、止めてくれないか?」

「銀河さん……」


 千香が、なにか言おうとする。

 その時――。


「ギャッ!?」

「うわぁっ!?」


 警察官たちの悲鳴が聞こえる。

 同時に、境内の砂利を踏みならす音がする。


「来たぞ、支援官!」

「は、はいっ!」


 二人は拝殿の前に出る。


 ――ザッザッザッザッ。

 足音が聞こえる。だが、ひとつやふたつではない。


「五人、十人……いや、もっといる!?」


 拝殿から漏れる明かりの中に、人影が映る。

 十人、二十人、三十人――どんどん増えていく。全員、黒いローブをまとい、獣の頭骨をかたどった面を着けている。集団は明かりがギリギリ届く位置で、止まる。


「メイヘムの信者(ゼロット)か」

「銀河さん、わたしが!」


 千香が前に出る。麻痺銃を構える。


「警察です! ここは立入禁止ですよ! それ以上近づかず、出て行きなさい!」


 集団はたがいに顔を見合わせる。

 そして、クスクスと笑い始める。


「我らがザ・イミテイター様に」

「栄光あれ!」

「栄光あれ!!」


 大合唱とともに、最前列にいた一人が、クッと身を屈める。


「シャアッ!」


 信者が飛びかかってくる。


「セブンス・システム、起動!」


 瞬時に、銀河のバトルアーマーが展開する。

 空中に広がった装備に、信者がぶつかって落下する。身悶える信者を横目に、バトルアーマーが銀河を包む。


「数を頼んできたか。いいぞ、相手してやる!」


 銀河――セブンスギャラクシーの啖呵を聞いて、信者らが一斉に襲いかかる。


「ハァッ! ヤッ! トウッ!」


 セブンスはそれをすべて制圧していく。

 カウンターパンチを入れ、蹴り上げ、投げ飛ばし、ひねり上げる。


「銀河さん、うしろッ!」


 ――バシュッ!

 千香の鋭い声とともに、麻痺銃が発砲される。

 紫色のエネルギー弾が発射され、撃たれた信者が地面に倒れる。魚のようにビチビチとのたうち回る。


 二人は連携し、信者たちの囲みを、徐々に押し下げていく。

 必然的に、拝殿からは離れていく形になる。


「――はっ」


 千香がなにかに気づく。いきなり銃口を虚空に向け、発砲する。


「銀河さん!」

「どうした、支援官!」

「い、いま……透明ななにかが、飛んでいきました! 拝殿の方に!」


 セブンスもハッとして、目の前の信者を投げ飛ばす。すぐさまきびすを返し、拝殿の方に走り出す。


「数はだいぶ減らした! 持ちこたえろ、支援官!」

「は、はいっ!」


 千香が信者らを撃つ音を聞きながら、セブンスは拝殿に駆け込む。


「大巫女!」


 大巫女が、鏡に向かっている。

 その背後に、気配がある。透明ななにかが、大巫女を狙っている。


「クソッタレ!」


 セブンスは床を蹴った。床板が割れるほどへこむ。

 バトルアーマーが、即座に銀河の移動をサポートする。

 ――突撃。瞬間移動かと思うほどのスピードで、セブンスは侵入者に迫る。


「ハァッ!!」

「ギャッ!!」


 セブンスの蹴りが、透明な侵入者にぶつかる。

 侵入者は悲鳴を上げた。拝殿の柱に、モノがぶつかる音がする。


「大巫女、無事か?」

「は、はい」

「鏡をしっかり守ってくれ」


 セブンスが大巫女をかばうように、構える。

 柱のあたりで、「もぞり」と何かが動く。


 ――シュウゥゥゥ……。

 何もない空間に、黒いもやがかかる。それは形をなし、ローブを纏った人影になった。ヤギの頭骨を模した仮面を被っている。


「おのれ、三流ヒーローが……」


 かすれた女の声がする。

 セブンスは構えたまま、問う。


「何者だ、何の目的がある?」

「目的? 目的か……」


 ヴィランはクスクスと笑う。もぞもぞとローブの下で武器を構える。


「もちろん、異界の神を喚ぶため。強大な予言の鏡、もらい受ける!」

「させるか。貴様の星に、懺悔しろ!」


 ヴィランがナイフを投擲する。

 セブンスがナイフを弾き飛ばす。そのまま距離を詰め、セブンスはヴィランにつかみかかる。


 ヒーローとヴィランは、もつれるように拝殿の外に出る。

 ヴィランがまたナイフを投擲する。セブンスが弾く。


「奇跡を我に!」


 ヴィランの叫びとともに、弾かれたナイフが空中を飛ぶ。セブンスに襲いかかる。セブンスも負けじとナイフを叩き折る。


「ハァッ!!」


 気合一閃。セブンスの拳が、ヴィランの面を捉える。ヴィランは弾き飛ばされ、三回転して木にぶつかる。枝葉が落ちてきて、ヴィランは動きを止める。


「……ふう」


 セブンスは短く息を吐き、ヴィランに近づく。捕縛しようと、ヴィランの腕をつかむ。


 ――ガッ。

 ヴィランの手が、セブンスの腕をつかみ返す。


「我に奇跡を……心の闇を、()く業火よ……! マインドファイアッ!!」

「――ッ!?」


 ヴィランの呪文とともに、セブンスの胸が熱くなる。温度が上がる。心臓を炎で炙られるかのような激痛が走る。


「ぐ、うッ!?」

「灼かれよ……灼かれよ……!!」

「が、あッ……があぁぁぁぁッ!?」


 セブンスは胸元を押さえ、悶え苦しむ。ヴィランをつかんでいた手が放れる。

 マインドファイア――精神を焼き果たす呪文だ。


「う、ぐ、ぐぁ……ッ!?」


 頭の中がかき乱される。記憶がフラッシュバックする。


 ――自分の腕の中で。

 ――冷たくなっていく。

 ――自分が死なせた。

 ――愛おしい人。


「ああぁぁぁあぁぁぁッ!!」


 ――ガクン!

 セブンスの全身から、力が抜ける。踏みとどまってはいるが、全身が弛緩している。


「……メイヘム……」


 ぽつり、とつぶやく。

 セブンスの体が、ゆらりと揺れる。

 ヴィランの襟元をつかむ。


「……お前たちが……!」


 打撃音が響く。

 セブンスが、いきなりヴィランを殴りつけていた。

 何度も、何度も、仮面を殴りつける。仮面が割れ、人の顔が見える。セブンスは拳を止めない。また殴りつける。


「……俺は……俺は……!」


 ヴィランはすでに抵抗をやめている。

 だがセブンスは、拳を振りかぶった。


「――銀河さん!!」


 セブンスの灼けた意識を、その声が貫いた。

 千香だ。麻痺銃を構えている。銃口は紫色にきらめき、すでに発砲済みであることを示していた。


 セブンスの全身が痺れる。

 拳から力が抜ける。両脚から力が抜ける。砂利の上に倒れる。思考が遠のく。意識が薄れる。

 眼に映ったのは――。


「銀河さん!」


 千香の泣きそうな顔だった。


 ***


「――……」


 銀河は目を覚ました。

 ベッドの上に、寝かされている。白い内装からすると、病院のようだ。

「目が覚めましたか?」


 声のした方に、視線をやる。

 シトリンブロウの顔があった。


「俺は……」


 記憶をたどる。

 ヴィランを捕らえようとして、精神攻撃の呪文を受けた。そして我を見失った。


「…………」


 上半身を起こす。左脚のあたりに、軽く痺れがある。

 銀河が記憶をさらにたどろうとしたとき、病室の扉が開く。


「シトリンさん、お加減は……あ、銀河さん!」


 千香だった。小走りに近寄ってくる。


「俺は……」

「すみません!」

「支援官?」

「銀河さんをどう止めていいかわからず……う、撃ちました……!」


 合点がいった。

 我を見失い暴走した銀河を、千香が麻痺銃で撃ったのだ。脚の痺れは、おそらくその名残だろう。


「すみません……本当に……」

「いや」


 銀河は首を振る。


「謝るのは、俺の方だ。いやな役をさせた。すまなかった」

「銀河さん……」


 銀河はひとつため息をついた。ベッドから降りて、立つ。脚の痺れは、ずいぶん良くなっていた。


「すこし、話そう」


 銀河は千香を連れ出す。

 病室を出て、すこし歩くと、外が見える休憩室がある。大きな窓から見える景色は、緑が多い。彼方には海も見えている。よく晴れていて、美しい光景だった。


「ありがとう、支援官。俺としたことが、精神攻撃(マインドファイア)なんかにやられるとはな」

「銀河さん……」


 千香はじっと銀河を見つめる。


「あの、銀河さん」

「なんだ?」

「銀河さんは……メイヘムと、どんな因縁が?」

「聞きたいのか?」

「聞くことが必要だと、思いました」


 銀河はわずかに表情を曇らせる。

 千香の質問が、ただの好奇心から来ているものではない、と理解できた。


「俺のバトルアーマーの開発者は知ってるか?」

「はい、G6のテクノマンサーの方だと」

「紅谷桜花。テクノマンサーとして科学者でもあり、ヒーローでもあった」

「でも、その方は……セカンド・カラミティで亡くなったと」

「ああ」


 銀河はゆっくり眼を閉じる。


「セカンド・カラミティの三ヶ月後、俺たちは再会した」

「え?」

「メイヘムのアジトで……蘇生させられた桜花に、俺は逢った」

「蘇生……」


 邪教集団メイヘムには、死者を蘇らせる術すらあるという。


「そして、俺は失った。永遠に、あいつを」


 銀河が無意識のうちに、拳を強く握る。


 千香はそれ以上、何も聞けなかった。蘇生した紅谷桜花と、どのようないきさつがあって、そして失ったのか。

 聞けるはずがなかった。


「俺と、桜花は……」


 銀河はゆっくり眼を開ける。


「恋人だった」


 千香が、泣きそうな顔をしている。

 銀河は笑うように口角を上げる。ぎこちなく右手を上げ、うつむく千香の頭を撫でた。


 事件は終わった。


 ***


 翌日、銀河は退院した。

 シトリンブロウも退院し、早河神社に戻っていった。


 そしてまた、銀河は多くの取材を受けた。

 銀河と千香、ほぼ二人だけでメイヘムの襲撃を防いだのだ。そのニュースは、九真野境域の大きな話題になった。


 数日後。


『大きく取り上げられているぞ』


 G6九真野境域支部の狭い部屋。

 トレバーが新聞を読んでいる。向かいの机に、銀河が座っている。


『大活躍だったそうじゃないか』

「……そりゃどうも」

『どうした、あまり嬉しそうではないな?』


 トレバーが新聞を置く。

 銀河が答える。


「いや、こんな田舎にも、メイヘムなんかの手が伸びるんだなと」

『セカンド・カラミティ以後、どこのヴィラン組織も、使えそうなものがあれば食指を動かすからな』

「…………」

『君が九真野(ここ)へ来た……いや、来させられたのは、メイヘムの件のせいか』

「……まぁ、な」


 銀河は曖昧に答えた。


『で、どうする?』

「どうする、とは?」

『メイヘムに遭うと、君は平静でいられない。メイヘムの手が伸びてこないような、別の場所に転属するか?』

「……そんなわけないだろ」


 銀河の目元が鋭くなる。


「どこへ行っても逃れられないなら、向き合うだけだ」


 その時、「ピー」と音がする。

 支部の玄関ドアが慌ただしく開く。


「おはようございます、銀河さん、トレバーさん!」

『おはよう、チカ』

「さっそくですが、事件の一報が入りまして!」


 千香が状況の説明を始める。いま入っている情報を共有する。説明が終わると、千香はピッと敬礼した。


「九真野境域警察からG6へ! 協定に基づき、ヒーロー・セブンスギャラクシーに出動を要請します!」

「了解した、支援官」


 銀河は表情を引き締め、スーツケースを持つ。千香とともに、支部を出て行く。


『君たちの幸運を祈るよ』


 トレバーはまた新聞を取って、読み始めた。


 ――To be continued....

初出:2019年09月16日


TRPG『デッドラインヒーローズRPG』(DLH)の二次創作小説です。

一話完結。シリーズ「最果ての世界は終わらない」としてまとめています。


本州南部の田舎を舞台に、ヒーロー・七星銀河とその支援官・神滝千香が、事件に立ち向かう話をメインに書いていきます。


銀河の過去がちょっとだけ出る回でした。

今回登場した「メイヘム」は、基本ルールブックに登場するヴィラン組織です。セカンド・カラミティはフォーセイクン・ファクトリーが起こしましたが、その背後に暗躍していたのがメイヘムということが、ルルブに書かれています。


評価・ブックマーク・感想などいただけると幸いです。


【著作権表示】

本作は「ロンメルゲームズ」及び「株式会社KADOKAWA」が権利を有する『デッドラインヒーローズRPG』の二次創作です。

(C)Takashi Osada/Rommel Games

(C)KADOKAWA

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