エピローグ
あの事件から少したった今。
二十歳になった僕は退屈な日々を、春風に吹かれながら過ごしていた。
父親は刑務所に入ったらしい。母親と風那はひっきりなしに面会に行っていて、家族仲は前より良いくらいだ。
「郡司満、入ります」
「船木美伽、入りまーす!」
二人が入ってきた。この二人は相変わらず。患者の部屋の中でいちゃつくなっての。
「あ、そうだ。拓海。お母さんから大事な話があるとか言ってた」
「あたしたちも同席して良い?」
内容による。てか母親に聞いて。
なんか大変なことになりそうだから『力』を使うための体力は残しておくことにした。
「一ノ瀬尚子、入ります」
丁度母親が来たようだ。
「一ノ瀬風那、……入るよ」
風那も入ってきた。狭い病室がさらに狭くなった気がする。
「ほら、南さんも入って」
南さん……?
「南浩、失礼します」
「大津慧子、失礼いたします」
あ。刑事さんだ……。何故。
「すいません、遅れて……あ、麻美です。入ります」
船木さんと郡司さん、母親と妹に加えて、刑事さん二人と麻美……!?
どういう組み合わせだ。
「全員来ましたね。……大事な話ってのは南浩さんのことなんだけど……」
「あの、僕……実は肝臓癌になったんです」
肝臓癌…………。
「実は大津さんと結婚することになりました。幸せな生活を送りたいと思っています。拓海さん」
そこで南さんは息を吸い込んだ。
「あなたの肝臓を僕にくれませんか」
僕の、肝臓…………。
「身勝手なお願いだとは思っています。多少ながら、リスクも存在します。最悪、死ぬことも」
死ぬ……今の生活が、終わる……。
「私からもお願いします!お兄ちゃんを……助けてください」
麻美が言う。お兄ちゃん……?
あ。
南麻美と、南浩。
なるほど……。
「お願いします」
僕はペンをとった。……そんなの、最初から理由なんかないじゃないか。
『ぼくは、だいじょうぶです』
「……っっ!」
言葉にならない歓喜の声を、感じた。
そこから大きな総合病院に転院し、自分でもよくわからない検査が毎日続いた。
何をやられているのかはわからない。医者も南さんと母親に説明しただけだった。
手術日当日。
腕に針を刺されて、そこから意識が朦朧としてきた。
あれ……?体に異変を感じた。
あれ、息が……くる……しい…………?
遠くで自分を呼ぶ声が聞こえる。
「拓海っっ!拓海……!」
ああ、母親か……。
薄い意識の中でそう思う。
「拓海っっ……死ぬなよ……絶対」
これは風那の声だ。
僕……死にそうなのか?
「拓海さん……!すいません、僕のために……」
「浩の体には移植できましたから……戻ってきてください!」
やっと状況を理解する。
手術をして南さんに移植はできた。だが。
もうすぐ僕はたぶん、死ぬ。
「先輩……今までありがとうございました」
「たくみぃ………戻ってこい……」
「一ノ瀬拓海……!死ぬな!」
麻美と、郡司さんと、船木さんだ。
やばい。本格的に息が苦しくなってきた。
南さん……。
僕は思考を止めるけど。死んでしまうけど。
これからも、僕の一部と一緒に。
生き続けてね……。
息が、停止するのを感じた。
ーENDー
ここまで読んでくださり、ありがとうございました。