表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
僕が話せたならば  作者: 似純濁
5/6

第四話 冬

1 一ノ瀬尚子

「風那、何を言ってるの……。なんで父さんが……」

「なんで……あの時、話してたじゃん!もみ消すとか、あの事故はしょうがなかったか……」

風那は拳をぎゅっと握りしめた。

『ぼくが、むじつを、しょうめいしようか?』

メモにはいつの間にか、その文が書かれていた。

「拓海……!?」

「いいじゃん、やってもらおうよ。どうせ父さんは無実なんでしょ?」

風那は変わった。今まさに、まざまざと見せつけられた。

「いいでしょう。父さんは……無実なんだから!」


2 大津慧子おおつけいこ

二年前の「N市五人轢き逃げ事件」の被害者遺族から状況を説明するように言われ、私は市内の病院へ向かった。

被害者遺族というのは、当時高校二年生だった、一ノ瀬拓海の家族だった。

被害者の中で、一番若かった。

私はあの時、偶然あの近くにいた。あの轢き逃げ犯を捕まえられなかったことを、今でも悔やんでいる。

一ノ瀬拓海が全身不随ながら、まだ生きていることに驚いた。他の四人はもういない。

私は傍らの後輩刑事、南浩みなみひろしに話しかけた。

「……入りましょう」

「わかりました」

南君は、私の気分が落ち込んでいることを、気にしているようだった。

駄目だ。落ち着かないと。気合いを入れるために、髪を結びなおした。

「失礼いたします。T県警から参りました、大津慧子と南浩です」

「失礼いたします」

中に入ると、もともと静かだった病院の沈黙の空気が、さらに濃くなったように思えた。

窓の外には葉が散った樹木、テーブルの上にはメモ帳が置いてある。

そうか、もう十一月か……。

そしてベッドの上には、痩せた体の一ノ瀬拓海がいた。

後ろで渡部君が息を呑んだ。

「……あの」

中年女性に話しかけられた。おそらく母親だろう。

もう一人、髪を脱色した女子高生がいる。妹だろうか。

「では、まず現状説明をさせていただきます。守秘義務があるので、全てにお答えすることはできませんが、ご了承ください……」


まず、何故今になって新たな可能性が浮上したか、ですね。

実は、こちらの南君がこの事件の捜査本部に配属になったからです。

南君はあの事故の時、急いで現場付近から走り去る車のナンバーを覚えていました。

……それが、一ノ瀬さんの車だったんです。中には、中年男性が乗っていたそうです。

今言えることは以上です。捜査本部では裏付けるための調査を

進めています。


「ほら、やっぱり父さんなんだよ!」

妹が立ち上がって叫んだ。

「そんなわけないじゃない!父さんが……そんなこと……」

南君が硬直する気配を感じた。

「あの……何しろ二年前の事件ですので、調査は難しいのが現状です。南君の証言は、当時の日記から押収しました」

今から証言者を他に探すとなると、とても難しい。二年前のことを細かく覚えている証言者もほぼいないだろう。

「じゃあ……ずっとそのままなんですか!?真犯人は……見つけられないっていうんですか!」

妹が自分たちをキッと睨みつける。

「ええ、とても難しいです。……なので、捜査本部は、真犯人の自首を望んでいます」

「大津さん!?被害者遺族の前で言うことじゃ……」

南君が小声で囁く。

「もしかしたら、任意同行を求めるかもしれません。そのときは……捜査にご協力ください」

「そんな……確たる証拠もないのに」

母親が声をあげる。

「私達は、あの事故を、解決したいと思っているんです。それだけは知っておいてください。……失礼しました」

慌てる南君を横目に、病室から出た。


3 一ノ瀬風那

あれから少し時がたち、空気は冷たさを増した。

警察が拓海の病室に来た日、あたしは拓海に言った。

「拓海、何かわかったか?」

すると、充分な間を開けてから、

『クリスマスまで、まってくれないか』

何故クリスマスまで、という問いには答えなかった。

そして、今日。

12月25日。

「一ノ瀬風那、入ります」

病室には、母親の一ノ瀬尚子、父親の一ノ瀬大祐いちのせだいすけ、刑事の大津さんと南さん、そして拓海がいた。

大津さんと南さんは、状況がよくわかっていないようだった。

拓海のベッドの周りに、放射状になって座る。

しびれを切らしたのか、南さんが口を開いた。

「あの……これはどういう……」

すると、ペンが持ち上がり、字を書き始めた。

大津さんから、えっ、と呟きがもれる。

『みなさん、そろっていますね?』

「そろっています」

父親が答えた。

『けつろんからいおう』

場が静まり返った。

『とうさんしか、かんがえられなかった』


4 一ノ瀬拓海

「拓海、ごめん……。謝ってすむことじゃないことはわかっている。……本当にごめんな。……拓海の人生をめちゃくちゃにしてしまって……」

「父さん!なんで……なんで轢き逃げなんか……なんで!?」

「とうさん……とうさん!」

僕以外の三人は顔をぐしゃぐしゃにして泣き叫んでいる。

大津さんと南さんは静かに見守っている。

ああ、そうか。

僕はもう、泣くこともできないんだな。

『きょうは、ぼくのたんじょうびだ』

これまで口を開かなかった理由。

『きょうで、ちゃんとにじゅうねんいきたよ』

なぜか南さんがもらい泣きし始める。

「拓海、すまない……。俺が……俺がやったんだ……。黙っててごめんな。拓海を俺のせいで死なせてしまって……」

感情が沸き起こり、ペンをとった。

『ぼくは、まだいきている』

そこで一旦ペンを空中で静止させる。

風那が何か言い掛けたが口を閉じた。

『しぬ、というのは、かんがえるのをやめることだ』

それなら僕は。

『ならぼくは、まだいきている』

ーFINー

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ