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僕が話せたならば  作者: 似純濁
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第三話 秋

1 一ノ瀬尚子(いちのせなおこ


「一ノ瀬尚子、入ります」

今まで毎日、何百回も言ってきた言葉。誰の返事も返ってこないことも変わらない。

三年前、私は拓海が死んだのだと思った。

でも、違った。

拓海は、生きている。

「拓海、昨日は肌寒かったね。大丈夫だった?」

窓からは見事な紅葉した楓の木が見える。

『かあさん』

弱々しくペンが動いた。毎回見るたびに泣きそうになる。

『すこし、はだざむかった』

こんな素直に返答してくれることを、最初は嬉しく思ったが、今は違う。

昔は年相応に反抗していたのに。素直にならざるを得なかったんだ。

「拓海、……今日は大事な話があるの」

慎重に切り出す。

「母さんと父さん、……離婚調停中なの」


2 一ノ瀬拓海


え。

「母さんと父さん、…離婚調停中なの」

嘘だろ。

「理由は、風那ふうなのことでね……」

風那?久しぶりに、高校二年生の妹のことを思い出した。

あいつが原因?風那は真面目な……真面目すぎる奴だったのに。

ここ数年で、変わってしまったのか。

「あの子、二年前くらいから来てないでしょう。それには理由があってね……」


風那は受験に失敗して、滑り止めの高校に入ったの。

最初の1ヶ月くらいは普通に通ってたんだけどね……ある日を境に、急に親に反抗するようになった。

急に私と父さんに「最低っっ!」って言い捨てて、それから口も利いてくれなくなった。

拓海、どういうことだろうね?


母さんはそのまま黙ってしまう。ああ、ずるいな。

『ほんとうに、それだけでりこんするの?』

ゴクリと唾を飲み込む音が聞こえた。

まあ、いいや。誤魔化してあげよう。

『あした、ふうなをつれてきて』

「ごめん、明日は……」

母さんは口ごもった。ああ、そうか。

ずっとこんなんだから忘れかけていたけど。

皆、それなりに忙しいんだ。

無性に哀しくなった。

『じゃあ、あさって』

「うん、わかった。連れてくる」


3 一ノ瀬風那

もう……何なんだよ。

急に母親の奴……。

二年前、最後にお見舞いに行ったときの拓海の姿が目に浮かぶ。

手は枯れ枝のようにしわしわで、焦点の合ってない目を天井に向けていた。

拓海、あたしがこんなに変わってんの見て、どう思うかな。

そもそも呼び捨てで呼ぶようになったのも、あの日から。

それまでは「お兄ちゃん」って、語尾にハートがつきそうな感じで呼んでいた。親にも良い顔して。

自分でも、年に似合わない良い妹だったと思うよ……。

でもあんな親に良い顔してたのが間違いだった。

苛立ち紛れに唇を噛み、茶色に脱色した髪を振り払う。

「一ノ瀬風那、……入ります」

病室の中は暖かいのか涼しいのかわからない温度で、音も全く入ってこなかった。

「……ここだけ時間が止まったみたいだな」

ポツリと独り言が漏れる。

しばらく窓の外の楓を見つめていた。

親には、拓海の前で真実を話してくれればもう聞かない、と言われた。

結構怪しいが、別に拓海に聞かれてもどうでもいいし。

どうせ、話せないんだし。

「あたしがあいつを殴ったのは……自分でも驚いた。今まで何にも手を出さなかったのはそうまでして守りたいものがなかったからだろう……」


あいつは……あいつは、拓海のことを馬鹿にしてきたんだよ……。

「生きる価値のない屍になった兄」って……。

あと、拓海には見えないと思うけど、あたし、髪の毛茶色くしたんだよね。これもあいつにあの事を調べさせるため。不良グループに入りやすくするためだった。

でも、断じて法に触れるようなことはしていない。

それだけは信じて欲しい。

あの事ってのは……。あたしがこうなってしまった原因。


「拓海が全身不随になった原因の事故のことだよ」

そこまで言い切るとすっきりとした気持ちになって、ふうと息をついた。

すると、机の上のペンが動いた。

「……はっ!?」

弱々しい文字が、メモの上に書かれた。

『ひさしぶり、ふうな』

息をひゅう、と吸ってしまい、軽く咳き込んだ。

「……ちょっ……これ……っっ……」

言葉に詰まった。

「信じられない……」

『しんじられないだろう?』

「えっ……じゃあ今の……聞いて……」

ああ……もう。親はこれを見越して……。

不思議と嫌な気持ちにはならなかった。

『なぜ、ぼくのじこのことを、しらべてた?』

「……拓海はあれを、本当に事故だと思ってる?」

もう全て話してしまおう。

「……あの轢き逃げ犯、父親なのかもしれない、って今言われてるんだよ」

その時、ドアが勢い良く開いて母親が入ってきた。

「ちょっと風那!……何言ってるの!?」

「あの事故、五人くらい轢かれただろ?だから今でも捜査、続いてるんだよ。それで……車のナンバーが……うちの車のナンバーだったっていう情報が入ったらしくて……」

拓海は相変わらずじっとしている。当たり前だけど。でも、ちょっと瞳孔が開いた気もする。

「ねえ、母さん……。そろそろ、本当のことを……。拓海の事故のことを話してくれないか?」

ーFINー

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