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僕が話せたならば  作者: 似純濁
3/6

第二話 夏

1 一ノ瀬拓海


夏は嫌いだ。蝉の声がやかましいし、ドアが開くと蒸し暑い熱気が流れ込んでくるし。

でもそれは、こんな生活になってしまってからだ。

二年前、普通の高校生だった時は、それなりに夏が好きだった。

美術部で、結構青春してたつもりだ。

まあ、もう戻れないのだけれど。

なぜ今更思い出したかというと、美術部の後輩だった、現在高校三年生の南麻美(みなみまみ)が訪ねてきたからだ。


「拓海先輩っっっっ!!」

八月が始まったころ、妙に懐かしい声がしてドアが開いた音がした。

「あっ……南麻美です……。入ります」

恥じるような声のあと、部屋に入る足音が聞こえる。

「お久しぶりです!覚えてますか?」

記憶喪失じゃあるまいに。向日葵のように笑う、ショートカットの麻美の顔が思い浮かんだ。

「拓海先輩の親御さんから意思疎通が出きるようになったと聞きました」

親め。そんなに広めてるのか。

「どっちでも良いんですけど、ちょっと今日は先輩に話したいことがあるんです……」


私は今、美術部の部長をしています。三年生が三人しかいないんですけどね。

今年の四月、中学校でいくつもの賞をとっている、有望な一年生が入部しました。濱中結菜(はまなかゆうな)って子です。

八月の中旬にあるコンクールに向けて、日々創作活動に勤しんでいたのですが……。

昨日、結菜の絵が無くなったんです。

縦横一メートルくらいあって、ちょっと隠すとか、出来ないはずなんです。

しかも、昨日最後に戸締まりをしたのは、私なんです。

結菜の絵、たぶん出品したら絶対賞とれると思うんですよ。

どこにいったのでしょうか……。


何故皆は僕を頼りたがる。あーあ、昔にそうだったら良かったのに。今更意味ないよ……。

「すいません、こんなこと言って……」

麻美はしばらく沈黙していた。

しょうがない、『力』を使うか。

体に力を入れ、意識を浮かび上がらせる。

ペンを走らせた。

『まみ、ひさしぶり』

「えっっっっっ!?ええええええええ!?」

驚愕の声が聞こえる。

『このとおりだよ』

「せ、先輩!?本当に!?嬉しい!」

そう言ってくれて嬉しいよ。書くのがだるいから言わないけど。

『じけんのこと、あしたでいいかな?ちょっと、かんがえたいんだ』

正直、考えたいのは、麻美にどう伝えるかなんだけどね。

「了解です!明日の午後二時にきます!」

麻美はそう言ったきり、帰ってしまったらしい。


2 南麻美

ドクドクする胸を押さえて、病室に入った。

拓海先輩……。胸がキュッと締めつけられる。

拓海先輩は、美術部には珍しい、イケてる感じの人だった。

私はイケてる感じの人たちが苦手だったけど、拓海先輩のおかげで普通に話せるようになった。

「南麻美です。……入ります」

昨日と変わらずベッドに横たわっている拓海先輩がいた。

今更だけど、切なくなった。

「こんにちは」

ペンが動く音がした。

『こんにちは』

彼の書く文字は細く、弱々しかった。

『きみだろう?』

えっ!?何かの暗示に思えた。

『きみが、かくしたんだろう?』

「……拓海、先輩っっっ……」

喉の奥から嗚咽が漏れた。


「なんで、……わかったんですか?」

しばらく無言の時間がすぎる。

『だって、はやくかえったし、じょうほうがなかったから。きみがほんきじゃないことが、わかった』

「なんで私がこんなことをしたのか、わかりますか?」

拓海先輩に問いかける。たぶん解っている。でも私は……。

『ぼくに、あばいてほしかったんだろう?』

「そうです」

心は不思議なほど安定していた。

『でも、なんであばいてほしかったのかは、わからない』

一瞬、言葉に詰まる。腹の底から笑いがこみ上げてきた。

やっぱり拓海先輩だ。

鋭いくせに肝心なところは気付かない、拓海先輩だ。

「先輩、変わってませんね。そんなの、すぐ解る、はずです……」

ペンは沈黙したまま。

「先輩……」

蚊の鳴くような声で呟いた。もう言ってしまおう。

「ずっと……好きでした」

蝉の声に紛れて、聞こえないことを願いながら。

ーFINー

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