全てが変わった日⑦
さっきまで硬かったはずのベンチが、温かく柔らかな感触を頭の部分から感じる。それはただ柔らかいだけでなく、適度な弾力があり、いいにおいまでする。
あれ、まくらなんて置いてたっけ?
僕はその感触をさらに感じるためにモゾモゾと位置を調整する。
「……ひゃっ!?」
最近のまくらはしゃべるのかぁ。ううん、まだ眠い。おやすみ~。
ようやくちょうどいい位置を見つけ、そのまま二度寝に移行する。
「ちょ、ちょっと起きたのにまた寝ようとしないでよ!!」
心地よい二度寝に落ちかけていた意識が浮上する。
今だ眠い目をこすりつつ、声が聞こえた方を見上げると、見知らぬ少女と目が合った。
「はあ、ようやく起きた」
あれ、なんで真上に顔があるんだろう? それに僕、寝るときにまくらなんて置いてなかったはずじゃ……。
寝起きでボーっとしていた頭が急速に回転を速めていく。
ああ、完全に理解した。
僕、知らない人に膝枕されてる!?
「あの、ちょっと痺れてきたから降りて欲しいんだけど」
「ごめんなさい!!」
急いで起き上がる。その際、体にかけてあった布が地面に落ちる。
「あ、ごめんなさい」
その布を拾い上げ、付いた砂を払い落とす。そこで知ったのだが、どうやらこれはカーディガンだったようだ。
「いいよいいよ、気にしなくても。別に高いものでもないし、それに熱くなって脱いでたやつだから」
それでもやはり、その罪悪感というか何というか。でも彼女が気にしなくていいといっているからいいのか。でも僕が意図的ではないにせよ、落としちゃったのは事実だし。
「あなたのお名前教えて? わたしは氷室穂乃果っていうの。歳は15よ」
「へ、名前? 衛藤夢莉です。僕も15歳です」
「えっ! 同い年!? てっきり年下かと思ってた」
今の僕ってそんなに幼く見えるのかな。確かに身長は低くなったけど。……元々の僕もそこまで身長は高くなかったけど。
「ねえねえ、ユーリちゃん。ちょっとした疑問なんだけど、なんで学ラン着てるの? それもサイズが合ってないやつ」
やっぱり聞かれるよね。でも、男だったから、とか言ったら頭のおかしい子扱いされそう。うーん、なんていうべきか。
「お兄ちゃんからのおさがり?」
さすがに無理があるかな。思わず疑問形になっちゃったし。でも現実的な理由はこんなのしか思いつかないし。
「あっ、ごめんね。聞かない方が良かったよね。いろいろ事情とかあるだろうし」
え、納得するんだ、これで。まあでもよかった。あんまり深掘りされると、さすがに嘘がバレるだろうし。
でも何だろ、なにか勘違いされてそうな気がする。僕を見る目が同情するような色が浮かんでる。
ま、いっか。どんなふうに勘違いしてるか分かんないけど、そっちの方が都合がいい。
二人の間に沈黙が訪れる。
グゥー
だがその沈黙はすぐに破られた。主に僕のお腹のせいで。
「そういえばもう夕方だもんね。何も食べてないの?」
今さら思い出したけど、そういえば朝から何も食べてなかった。っていう理由は分かるけど、女の子の前でこれはかなり恥ずかしい。うう、これ絶対顔赤くなってる。
「うーん、何か持ってたかな」
氷室さんは僕が頷くのを見て、カバンをあさり始めた。
「あったあった。はいこれあげる」
手渡されたのは可愛らしい外装をしたクッキーだった。
そのクッキーから外装で止めきれなかった、バターとチョコの香りがして、口の中が潤っていく。
「でも、あのいいの? 氷室さん」
「いいって?」
「これ誰かにあげるために持ってたんじゃないの? その例えば……彼氏とか」
「えっ! いないよーそんなの。それにこのクッキーも自分で食べる用のだし。それと氷室さんって堅苦しい呼び方じゃなくて穂乃果でいいよ」
それでもグズグズしていたら、袋からクッキーを取り出し、「問答無用」と口の中に放り込まれた。
「どお、おいしい?」
「うん、おいしかったです、ほ、穂乃果ちゃん」
うう、やっぱり女の子を名前で呼ぶの恥ずかしい。
「もう日が暮れてきちゃったね。そろそろ帰らないと」
少し薄暗くなったって思ってたけど、もうそんな時間なんだ。え、僕そんな長い時間眠ってたの! たしか寝る前はお昼くらいだったと思うけど。
「ほらユーリちゃんも帰らないと。この辺夜とか特に治安悪いよ」
そのことは言われるまでもなく知ってはいるけど、どうしようどこに帰ろう。この公園で野宿でもしようかな。
「なんなら家まで送っていこうか? 女の子が一人でって危ないし」
あ、これ僕が帰るまで待ってくれるパターンだ。ありがたいけどありがたくない。
「それは穂乃果ちゃんもでしょ?」
「わたしは、大丈夫だから。えーっと、武術、そう武術習ってるから」
ほんとどうしようかな。僕が帰らないことには穂乃果ちゃんも絶対帰らないだろうし。はあ仕方ない。あのアパートに帰ったふりをするか。
穂乃果ちゃんは僕がアパートに入っていくのを見届けてようやく帰ってくれた。
穂乃果ちゃんが見えなくなったところで、僕は外の階段に座り込んだ。
「はあ、ほんとにこれからどうしようかな」
「何か困りごとかい」
突然誰かに話しかけられた。後ろを振り向くと、そこには大家のおばあちゃんがいた。
「もしかして帰る場所がないのかい?」
「……うん」
「それならこの部屋を使い。少し汚れてはいるけど」
そういって僕を部屋まで案内し、それから鍵まで渡してくれた。
一応補足しておきますと、穂乃果は黒い魔法少女とされる人物の名前は聞いていません。
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