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「ごめんなさい」を言いたくて⑦

お風呂回を1話にまとめきれない呪いにかかっているようだ


穂乃香視点です

 正直わたしは納得していない。どうして令華さんや井崎先輩がアイツのことを庇っているのか理解できない。


 確かにシュバルツに攻撃したのは短慮だったと思う。井崎先輩の言っていることが正しいのであれば、手を出した人が悪い。


 でもわたしの行動が間違っているなんて言われたくない。周囲の人たちもわたしのことを応援していた。つまりわたしの行動は正しかったのだ。誰または何が正義かは個人が決めるのではなく、集団の総意によって決まるのだ。


 だからわたしの行動は正義である。悪であるという自覚が足りないアイツに事実を突きつけるために、現在問題になっている動画を見せてやった。


「ぃやぁあああああああああああああああああ」


 わたしの行動は正義で、正しくて、だから悪であるアイツに自覚を……。


「ごめんなさいごめんなさい……許して……もう殴らないで……痛いのはもうやだぁ……」


 アイツが悪であるなら、例の暴行事件の容疑者であるアイツは恐慌状態に陥っている? どうして被害者みたいに泣き叫び、「殴らないで」と懇願している?


 わたしの行動は本当に正義だったの?


 シュバルツは男性から魔法少女になった、現在確認されている中では唯一無二の存在だ。現行の魔法研究に一石を投じるかもしれない。だから管理局は是が非でも手元に置いておきたいのだろう。

 だから令華さんも柏木さんもシュバルツのことを庇っていると思っていた。


 ――間違っていたのは、わたしかもしれない。


 それを確かめる機会は以外にも早く訪れた。井崎先輩の言いつけで、アイツ……ユーリ(くん?)をお風呂に入れることになった。まあ、その過程でお気に入りだった服をゲロまみれにされるというハプニングには遭遇したけど。


 必死になだめすかしたおかげで、ユーリは少し落ち着いてくれたのだけど……


「お風呂ヤダ!」


 ……はあ?


「え、でも気持ち悪いでしょ?」

「ヤダ!」


 ……キレそう。


 女の子としてお風呂が入りたくないほど嫌いというのはいかがなものか。……そこ、元男とか言わない。今は女の子でしょ。


 確かに世の中にはお風呂に入らない女性はいる。でもあの人たちは女を捨てているからできる暴挙で、わたしたちはまだやるべきではない。女性に限らず言えることだけど、不潔だというだけで将来の幅が99%くらい狭まるからね。


「……よし、無理やり入れるか」


 吐しゃ物を被ってしまっているのに、個人の自由だからと黙認することはできない。普通に汚いからね。


 強制的にユーリの貫頭衣のようになっているパジャマを脱がしていく。脱がした服はそのまま洗濯機に入れず、他の洗濯物と混ざらないように分けといてと。


 ヤダヤダとイヤイヤ期の幼児並みにヤダと言っているユーリの脇の下に手を差し込み、抱きかかえる。そして浴室に投げ入れる。


 浴室から出ていくということはしないのだが、床に張り付いてしまった。それにはお湯には絶対つからないという精神が垣間見える。少しイライラするけど堪えなければ。


「どうして、お風呂が嫌なの?」


 真実を知るためには、こちらから歩み寄る必要がある。その手始めだ。


「……いで」

「ん?」

「沈めないで」

「えっと……どういうこと?」

「孤児院にいたとき、みんな僕のことを嗤いながら沈めてきたの」


 帰ってきた言葉だけでは全容を把握することはできない。でも言葉に込められた思いにわたしは戦慄した。ユーリにとってお風呂というのはくつろぐ場所ではなく、命のやり取りがあった場所なのだろう。


 ユーリは小刻みに震えていた。その目にはお風呂がきっと得体のしれない化け物のように映っていることだろう。


 ――間違えた。


 ユーリの手を取って浴室から脱衣所へと出た。


「教えてくれないかな。ユーリが今までどんな生活をしていたのかを。そして……話せたらでいいんだけど、あの動画のことを」


 ユーリは少しためらった後に、ぽつぽつと語り出した。10年前に両親を失い、自分だけが魔法少女ヴァルキュリアに助けられたこと。


 その後に待っていたのは激しい差別だった。孤児院のあった地域の住民から、唯一の安心できる場所であるはずの孤児院の中でも差別を受けていた。その過程でお風呂で顔を浴槽の中で押さえつけられていたらしい。


 それがイヤになって逃げだして、やさしいおばあちゃんに拾ってもらった。両親を失ってから初めてできた安心できる家だった。


 そしてわたしとシュバルツが初めて出会ったあの日、魔法少女になった。このことはお祖母ちゃんにも伝えていないそうだ。


 自分で魔獣を倒して魔法少女としての自信を持てるようになってきたある日、性的暴行を受けた。そして今に至る。


「ごめん、なさい……わたしが間違ってた。ごめん……ごめんなさい」


 ああ、わたしはなんてことをしてしまったんだろう。わたしは正義でもなんでもなく、ただの悪ではないか。後悔の念からか、涙があふれ出して止まらない。


 突然わたしが泣きだしてしまったせいか、ユーリがあたふたしている。でもユーリは困ったように微笑みながら、わたしの頭をなでてくれた。


「気にしてないから、ダイジョウブだよ。僕は慣れてるから」


 この言葉の意味を理解してしまったわたしはさらに泣いてしまった。この世に神様がいるなら、どうしてこんな不遇な子に試練ばかり与えるのか。ユーリはもっと幸せになる義務があるというのに。

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