消えない傷跡①
いつか夢で見た真っ白な空間に1人立っていた。さっきまで繁華街で牛頭と激しい戦闘を繰り広げていたはずなのに、どうしてこんな場所にいるのだろうか。もしかして戦闘中に眠ってしまったのだろうか。だとするなら早く目を覚まさなくては。そしてあいつを倒さないと。
「何をそんなにあせっておる、宿主よ?」
目の前に女の子が立っていた。もちろんただの女の子ではない。前にこの空間に来たときは眠っていた、あの額から角の生えた僕そっくりなあの子である。
でもいつの間に近くに来ていたのだろうか。全然気が付かなかった。
「早く戻ってあの魔獣を倒さなくちゃいけないの!!」
「ん、魔獣? ……ああ、アヤツのことか。それなら安心されよ、もう死んでおる。というより宿主自身が倒したではないか」
え、僕が牛頭を倒した? でもそんな記憶は……確か牛頭に止めを刺そうとして、それで腕が噛み千切られて、そして……腕が噛み千切られた?
傍らからゴトリと何かが落ちる音が聞こえた。それと同時になぜか体のバランスを崩し倒れ、鼻を強かに打ち付けてしまった。
「い…………たくない?」
「それはそうじゃろうな。分かっとるかと思うがここは現実ではないからな……それにしても認識してしまったのじゃな」
「え? 認識?」
とりあえず立ち上がろうと地面に腕を突こうとしたが、なぜか空を切り再び地面にビターンと倒れてしまう。
「まったく何をしておるんじゃ。腕を見てみろ、右腕をな」
嫌な予感がする。見てしまえばもう後戻りができなくなってしまうような、そんな気がする。そう思っていてもゆっくりと首は右側へと回っていく。
そして見てしまった。二の腕の半ばからバッサリとなくなってしまっている僕の右腕を。
「ぼ、僕の腕が……なんでどうしてこんなことになってるの……」
「ええい、やかましい。腕の一本や二本がどうしたというのじゃ」
「一本や二本って……だって急に腕がなくなったんだよ!」
「それは宿主がそう認識したからじゃろ!」
「だから認識とか言われても――」
「ええい、うるさーい!!」
だんだんとイライラしてきたのか額に青筋を浮かべ始めた彼女は、唐突に指をパチンと鳴らした。その音はまるで質量を持っているかのように広がっていき、僕の長い髪を揺らした。
「これで満足であろう」
右肩から金属製の、甲冑のような義手がはめられていた。しかもその造形は僕の記憶が正しいならば魔法少女の時の籠手と全く同じなような気がする。
「ってそういうことじゃなくて、僕の腕がどうし」
「――黙れ」
「ッ!?」
起き上がろうかとしていた僕に馬乗りになり、首をわしづかみにされる。先ほどまでと打って変わって瞳孔が縦に裂けた瞳は冷たく、また全身から殺気を放っている。
「あまり騒ぐようだったら……殺すぞ。ここで騒ごうが宿主の腕はもう帰っては来ぬ。それが分からぬほど我の宿主は愚かでないと信じておるぞ」
信じている、なんて言ってはいるがこれは半ば脅しに近い。ここで頷かなければ彼女はきっとためらいもなく僕の首をへし折るだろう。それが分かってしまうだけに、これ以上彼女に追及はできそうにない。
「おお、そうか。やはり分かってくれたか。ああそうそう、腕のことは現実に戻れば嫌というほどどうなっておるのか分かると思うぞ」
本当に彼女は何者なのだろうか。さっきはあれほどの殺気を飛ばしていたというのに、今はそれが微塵も感じられない。それどころか彼女は僕に人懐っこそうな笑顔を浮かべている。
それに彼女がずっと僕のことを『宿主』と呼ぶのはどういうことなのだろう。彼女には謎が多すぎる。でも尋ねても大丈夫なのだろうか。現在僕の生殺与奪を握っているのは彼女である。下手に彼女の機嫌を損ねてしまっては殺されてしまう危険性がある。
「そうびくびくするでない。我もまだ宿主を食い破るつもりはない」
あまりにも僕が怯えていたせいであろう。彼女がやさしく語りかけてきた。本当に今の彼女と僕の首を絞めていた彼女は同一人物なのだろうか。そう思ってしまうほどの豹変っぷりだ。
「そうじゃ宿主、我に名前を付けてくれぬか?」
突然彼女が目をキラキラさせながらそう言ってきた。でもなぜに名前を? それもこんな唐突に?
「えっと……名前を? 僕が?」
「そうじゃ。我らにとって名というのは強さの証のようなのもじゃ。名があれば我の存在が安定し、さらなる高みへ上ることができよう」
どうしよう。何かイタイ……難しいことを口走り始めちゃったよこの娘。
「名前って普通の名前でいいの?」
「だからそういっておるであろう。我には名がないからつけてくれとな」
ええ、僕に名付け親になれと彼女は要求してくるのか。そんな責任重大な役目をなんで僕なんかに。うう、でもあんなにワクワクしているのを見ると断りずらいしなぁ。
「それじゃあ…………響鬼っていうのはどう? なんかその角、鬼っぽいし」
「響鬼……響鬼か。我にぴったりな良い名である」
彼女……響鬼はよほどその名前が気に入ったのか、何回も口でつぶやきながら跳ね回っている。この様子を見ているとなんだか、欲しい物を買ってもらった子供のようだ。
そんなことを思っていると、だんだんと体に浮遊感を覚え始め、さらに薄くなっていっていく。
「ああ、もう時間か。焦らずとも大丈夫じゃ。ただ現実世界の宿主が目覚めようとしておるだけじゃ」
え、そんな。響鬼には聞きたいことがあったのに。だがそんな思いとは裏腹に、体はどんどんと薄くなっていき、そして僕の意識はここで堕ちてしまった。
この小説が面白いと感じましたら、ブクマ登録・感想等お願いします