握る拳とその行方⑰
「それであたしをアメリカからわざわざ呼び戻すほどの魔獣ってこいつ?」
リブリオンは自らの魔法で生成した鎖に絡め取られ、必死にそれから脱出しようともがいているシュバルツを指さした。
「あ、いえ魔獣はもう倒しました」
「は? じゃあこいつは何? 魔獣にしか見えないんだけど」
「魔法少女です…………野良ですけど」
そう答えるとリブリオンは眉間にしわを寄せ、シュバルツに対して不快感を露わにした。突然のそれにわたしは何かやらかしてしまったのかと焦りを覚える。
魔法少女リブリオンはわたしよりも2年も早く管理局所属の魔法少女をやっている先輩だ。しかもリブリオンは北部九州支部所属から本局に引き抜かれるほどの実力者である。それゆえ実力は折り紙付きであり、敵に対してはどこまでも非情になれる。
「へぇー、なるほど。じゃあ野良が襲い掛かってきたってわけか」
絶対零度の声でそう言い放ち、手元に小さめの魔法陣を浮かび上がらせ、そこからさっきとは別の本を取り出した。
「それじゃあ、お仕置きかな」
「ちょっと待ってください! 魔獣を倒してくれたのは彼女なんです!!」
思わずリブリオンのローブの裾をつかみ、制止してしまった。彼女のシュバルツを見る目は完全に敵を見るそれであった。それにリブリオンのお仕置きはかなり苛烈であると聞いたことがある。過去に腕試しのために彼女に手を出した野良が魔法少女として再起不能になったことはもっぱらにの噂である。
その噂の真偽は分からない。でも、もし本当であったなら止めなくては、そう思った。
「ふーん、それで?」
「それで……あの……わたしに襲い掛かったのもきっと何か理由があって。こうなる前は一緒……とはいいがたいですけど、魔獣と戦っていたんです。でも片腕を噛み千切られてから様子がおかしくなって……」
リブリオンは一切シュバルツから視線を外さずに、わたしの話を聞き続ける。どうしてここまでシュバルツをかばうようなことをしているのか自分でも分からない。シュバルツは令華さんの腕の骨を折るという許せないことをしでかしている。でもどこか完全に憎めない。
「なるほどね」
そうつぶやくと本を開き、魔法を発動しようとし始める。
「な!? 待ってください、シュバルツは敵じゃないです!!」
「はあ、そんなこと貴女が必死にかばっているだけで分かるわ。ただこのままじゃどうしようにもないから、ただ気を失ってもらうだけ」
「gruaaaaaaaaaaaaaaaaaaa」
そういって魔法を発動しようとした瞬間、シュバルツが鎖を振り払った。元々逃れようともがいていたが、まさか抜け出すとはリブリオンも思っていなかったらしく憮然とした表情が驚きに塗り替わった。
「簡易詠唱だったとはいえ、どうして?!」
シュバルツはこの場での脅威が傷つきもうほとんど力の残っていないわたしではなく、救援に駆け付けたリブリオンだと判断したのか、リブリオンに向かって襲い掛かった。
だがその時にはすでにリブリオンは本の持ち替えを済ませている。
「【偽典】神に反逆せし神狼を縛る鎖よ、我が怨敵を拘束せよ〈神々の鎖〉」
口早に詠唱を組み立てていく。そうして現れた鎖は先ほどの鎖と違い黄金に輝いている。この鎖こそ本来の〈神々の鎖〉、その名に違わない神々しさを放ちながら、シュバルツに再び絡みつき拘束する。
「【偽典】羊を数え眠りにつけ〈睡眠誘導〉」
圧倒的だった。拘束から抜け出したシュバルツに動揺したのも束の間、再び拘束し、さらに息つく暇もなく鮮やかに無力化をしてしまった。ここまでしてリブリオンは汗1つかいてはいない。
だがそれ以上に驚くべきことがあった。安らかな寝息を立てながら眠っているシュバルツは、意識を失ったこともあって変身が解除されていた。
シュバルツの正体については令華さんと話し合ったことがあった。その時に最有力候補に挙がっていたのは、男の人であった。だけど実際のシュバルツはちゃんと女の子であった。
でもそれはいつか公園で話をしたあの少女であった。
「多分もうすぐ管理局の車が来ると思うからその子のことよろしくね」
「え、リブリオン先輩?」
「あたしアメリカから帰ってきたら休暇貰える予定だったのよね。でもこんな残業やらされて。だからこれから休暇に入るの」
「でも護衛の方は大丈夫なんですか?」
「それはアメリカ所属の子に任せてきたから。それじゃおつかれ~」
リブリオンはそのままどこかへ飛んで行ってしまった。え、本当に行っちゃうの。
とりあえずこのまま地面に寝かせておくままにしておけず、あの時のようにシュバルツ……もといユーリちゃんの頭を膝の上にのせた。いわゆる膝枕というやつだ。
ただユーリちゃんの頭を持ち上げるだけでも、力を使い果たしたわたしにとってはかなりの重労働だった。さっきまでの戦闘が嘘のように穏やかな時間が流れる。野次馬も報道陣も、あの激しい戦闘に巻き込まれてはかなわないとばかりに、逃げ出していったから辺りに人はおらずとても静かだ。
こうして待っていると車のエンジン音が聞こえ始め、管理局のマークの入った車と救急車が戦闘痕の残る繁華街に入ってきた。
この小説が面白いと感じましたら、ブクマ登録・感想等お願いします