握る拳とその行方⑯
いったい何が起こっているのか、理解が追い付かない。だってシュバルツはさっきまで死にかけていたはずなのに。決してあんな風に牛頭と戦う余力なんてあるようには見えなかった。
シュバルツの魔法は治癒系の魔法だと思っていたけど、もしかしてこれが彼女の本当の魔法なのだろうか。色々と疑問は湧き出るけど、それはともかくあの圧倒的なまでの強さを誇っていた牛頭の討伐が完了した。
だけどシュバルツは依然として可視化されるほどの濃密な魔力を纏ったままである。もう辺りに脅威になるような存在はいない。どうして強化状態を解除しないのだろうか。そんな疑問を抱きつつシュバルツに声をかける。
「シュバルツ、けがは大丈夫?」
もしかしたらケガの痛みに耐えるために強化状態を維持しているのかもしれない。あの籠手の下がどうなっているのか分からないけど、右腕が斬り飛ばされているのだ。かなりの激痛に苛まれているのは想像に難くない。
恐らく令華さんはドローンの映像で状況を把握しているはずだから、救急車や病院の手配をしてくれているはず。さっきはあんな非情な指示を出していたけど、あの人が魔法少女を見捨てるはずがない。どうせろくでなしどもからそうしろと言われたのだろう。
それは置いといて、シュバルツに声をかけるが何も答えてくれない。そのことに疑問を持ちつつ近づくと、シュバルツがゆっくりとこちらに振り向いた。その姿に絶句した。
シュバルツの額から一対の、鋭く先端の尖った角のような突起が生えている。瞳孔は縦に細長く裂け、怪しげな眼光を放っている。そして瞳には理性の光が宿っておらず、野生動物のようだ。その姿はまるでおとぎ話やマンガのような創作に出てくる鬼のようである。
その異様な姿に、わたしは思わず後ずさり刀を向けてしまった。あれはシュバルツであるということは分かっている。自分でもなんでこんな行動に出たのか分からない。でもわたしの本能とでもいうべき部分があれは危険だと警鐘を鳴らしている。しかもこの感覚は手ごわい魔獣と出会ったときの感覚と似ている。
シュバルツの手からカランッと、無色透明でプラスチックのような質感の結晶が零れ落ちる。それと同時に身をかがめ、飛び掛かってきた。その振り上げた拳に必殺の魔力を込めながら。
「……ッ!?」
だが事前に身構えていたにも関わらず、避けることができず真正面から防御するのが精いっぱいなほどの速さでシュバルツは向かってきた。
とっさに刀を盾にしてシュバルツの拳を受けとめ……きれなかった。刀はシュバルツの拳に弾かれ、上体が宙を泳ぐ。そして無防備になってしまった胴体に深く追撃が突き刺さる。その拳はあまりに重く、あまりに鋭い。
ここで踏ん張ってしまっては内臓に深刻なダメージを負ってしまう。そう判断し、衝撃に逆らわずむしろ自分から後ろへと飛んだ。
「uraaaaaaaaaaa」
これでシュバルツからも距離が取れて、状況の確認と体勢を整えることができると思ったが、そんな休む暇を与えんとばかりに追いすがってくる。立ち上がり刀を再び構えようとするが、先ほどのダメージからまだ回復しきれていないのか膝が笑って立ち上がることができない。だがそんなことお構いなしに刻一刻とシュバルツの拳は近づいてきている。
そして再びわたしはシュバルツの拳で宙を舞う。何度も何度も宙を舞った。全身ズタボロでまだ意識があるのが自分でも不思議なくらいだ。だけどもう次は耐えられないだろう。
わたしには刀を持つ力なんて残されてはいない。それに例え残っていたとしてもシュバルツに攻撃なんてできない。どうしてシュバルツがこんな状態になっているのか分からないけど、わたしの力は守るための力、だからシュバルツに向けるなんてことはできない。
シュバルツの荒々しい拳が目前に迫ってきている。もう避けることも間に合わない距離だ。ああ、もうダメだ。
「縛りなさい〈神々の鎖〉」
頭上から少しけだるそうな声と共に、シュバルツの周囲に幾何学模様の魔法陣が浮かび上がり、そこから幾本もの黄金色の鎖が伸びてくる。その鎖は余さずシュバルツに絡みつき、すんでのところでシュバルツの動きが止まり、わたしに拳が届くことはなかった。
空中から淡いオレンジ色のローブのザ・魔法少女と言わんばかりの衣装を身に着け、手に古めかしい装丁の本を持った魔法少女が下りてくる。その姿はとても頼もしく、張り詰めていた緊張の糸が一気に緩んでしまった。だけどそれも仕方ないだろう。だって彼女は日本で最強クラスの魔法少女なのだから。
「ああ、リブリオン先輩」
ネット掲示板のところで言ってた魔法少女をようやく登場させれた
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