握る拳とその行方⑫
「ごめん、バイト先から電話来た」
わたしは美樹にそう伝えると、屋上に向かって移動をする。
美樹はわたしが魔法少女であることは知らない。というよりかこの学校の校長とか理事ぐらいしか知らないと思う。令華さん曰く魔法少女の素性は、管理局においては魔法研究の成果以上に重要な情報なのらしい。だから魔法少女のことを嗅ぎまわっているメディア関係者には手を焼いているそうだ。
「はい、氷室穂乃果です」
『ごめんね穂乃果ちゃん。学校に行ってるときに』
「いえ、それよりも早く本題を」
『ああそうね。フクオカ東区に魔獣が発生しました。魔法少女リスタルの出動を要請します』
「了解です。リスタル出動します」
東区か。ここからならそこまで遠くない。魔法少女の脚力なら車よりも速く行ける。
『いまそっちに車を回しているから……」
「いえ、ここで変身して自分の足で行きます」
「いや、ちょっ、そこじゃ誰が見てるか分からないから……」
令華さんが何か言いかけていたようだけど、電話を切った。ことは一刻を争う。悠長に車を待っているよりも、自分で走った方が早く行ける。それにもう出動要請を受けたのだから、同時に変身の許可も出ている。
一応周りに誰もいないことを確認し、ポケットに入れていたペンダントを取り出す。
「リスタル《抜刀》」
虚空より幾何学模様の魔法陣が出現し、体全体を覆っていく。それと同時に制服のブレザーが白を基調とした和装セーラーへと変化し、ペンダントも刀へと変化する。
屋上のフェンスを飛び越して、そのまま飛び降りる。降りてる最中に通過した教室がにわかに騒がしくなったようだが、そんなことを気にしている暇はない。
もたもたしているうちに魔獣によって誰かが犠牲者になるかもしれない。そんなこと絶対にダメだ。
わたしに要請が来たということはもう避難勧告にされているだろうが、万が一ということもある。だから急がなくては。誰かが犠牲になる前に。
―――――――…………
―――――………
――……
東区は繁華街になっていて、まだ昼前だがそれなりに人はいる。だけどどういうことなのだろうか。人が全然避難していない。それどころかお昼時の混雑時ぐらいの人がいる。
避難勧告が出ていない? でもさっきから放送で流れ続けている。
ということはいつも通りの野次馬たちか。本当にこの人たちはなんで避難をしないのだろうか。魔獣は危険で、魔法少女でも一歩間違えれば命を落とすのに。
野次馬の壁に阻まれうまく前に進めない。魔獣は野次馬越しに見えている。その魔獣はもちろん暴れ回っている。
牛の頭に、体毛に覆われた体、しかしその体は人間のように二本足で立ち、手は5本の指がある。その見た目はどこか神話に出てくる怪物、ミノタウロスのようだ。そしてその魔獣は手に黒曜石を削って作ったような戦斧を持っている。
まずい。
あの魔獣は非常にまずい。このままもたもたしていれば冗談抜きで犠牲が出てしまうかもしれない。
野次馬の身の安全を考慮して無理やりな突破は控えていたけど、そんなことを考慮している場合ではなくなった。それにしてもこの野次馬、なんでそんなに魔獣の近くまで行ってるの!
「道を開けてください!!!」
近くにいる何人かは気付いてくれるが、大多数は気づかず道を開けてくれない。
だから何度も何度も声を張り上げ、時には強引に押しのけ、何とか魔獣のそばまでやってくることができた。
今回もアイツが来ているかもと思ったが、さすがにいないようだ。もしいたらとッ捕まえてやろうと思っていたのに。
そんなことよりもまずは目の前の魔獣だ。
大きさはだいたい3メートルぐらいだろうか。その体は異常に発達した筋肉に覆われており、体毛の下からでも筋肉の盛り上がりが見て取れる。
普段なら速攻を仕掛けて迅速に倒そうとするのだが、牛頭は武器を持っている。つまりはいつもの魔獣のように本能だけで行動している訳ではなく、武器を扱えるだけの知能があるということだ。
だからうかつに飛び込めない。さらに牛頭はわたしが前に現れた瞬間から、わたしから目を離していない。
おそらくはここにいる人間の中で一番の脅威だと判断してくれたようだ。それは急に野次馬を襲いに行くことが無くなるからありがたいけど、逆に言えば隙がなくなり攻撃できるチャンスが著しく減るということだ。
だからわたしは鞘に納めた状態の刀の柄に手を添えたまま魔獣とにらみ合いが続いている。ここからは恐らく魔獣とわたしの我慢比べだ。我慢できず先に仕掛けた方が負ける。
膠着状態に陥って10分くらい経っただろうか。未だに牛頭とにらみ合いが続いている。時折牛頭はうなり声をあげるがそれだけで変化はない。
周りからは様々な揶揄の声やテレビリポーターの声、上空からヘリの音がする。お願いだから静かにしてほしい。少しでも隙を作ればわたしの命が消し飛ぶ。
額から汗が流れ落ちる。
「あああああああああああああ」
突然後方から絶叫が聞こえ、突風が吹き荒れた。それと同時に牛頭の腹に黒い人型が突き刺さる。
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