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握る拳とその行方⑩

 恐怖のバロメーターが振り切れ僕が悲鳴を上げると同時に、なぜか男たちの拘束が緩くなったように感じた。そのすきに男の下から抜け出し、力いっぱい突き飛ばした。


 ただ衝動的に、早く男から離れたい一心で突き飛ばしただけ、だけど僕とあの男たちとは天と地ほどに力の差がある。だから効果はスズメの涙ほどだろうと思っていた。しかし男はなぜか僕に力負けし、強く車の扉に叩きつけられた。


「黒い……魔法……少女……?」


 すぐ隣から男の声が聞こえた。


 やだ、触らないでッ。もう変なことしないで怖いよぉ。


 心の中はぐちゃぐちゃでもう何が何だか分からない。目には大量の涙をたたえ、そのせいで視界がゆがみ周りの状況がよく分からない。それが恐怖をさらにブーストする。


「ああああああああああああああ」


 感情の、恐怖心の赴くままに先ほどと同じように手足を暴れさせる。たださっきとは違うのが、男たちにその抵抗が止められていないということ。


「止めろ! 止めてくれェェェェッ!!」


 振り回していた拳が男のブヨブヨとしたお腹にめり込み、近くで聞こえていた声は最後に大きな声を出して聞こえなくなった。


「何だってんだよ、チクショーッ」

「おい! ちゃんと前見ろ。前ッ!!」


 再び男の声が聞こえて怯えたのも束の間、大きな衝突音と共に衝撃が走り車外へと放り出されてしまった。


 な、なにが起こって……。


 確かめようと涙をぬぐい立ち上がろうとするが、体が何かに押さえつけらえているかのように動かない。何だろうと思い涙をぬぐっていた手をどかし見ると、そこにはあの太った男が僕に白目をむいて覆いかぶさっていた。


「いやあああああああああああああああああッ!!!」


 その男は僕の胸元に顔をうずめ微動だにしようとしない。僕は思わず()()()()の付いた拳で太った男の頬を思い切り殴り飛ばした。僕の拳は見事にクリーンヒットし、何かを砕く感触と共にその男は吹き飛んでいった。


 でもそこが限界だった。瞳からは今もなお絶え間なく雫が流れ出し、急激なストレスによるものか激しい嘔吐感に襲われる。そのせいで立っているのも辛くその場に座り込み何度も何度も嘔吐く(えづく)


「おい、大丈夫か! 今出してやるからな!!」


 煙をあげ大きく凹んだ車から男が2人降りてくる。運転席の男と助手席にいたカメラを持っていた男である。だが運転席の男は頭から血を流しぐったりとしており、マスクの男が肩に手を回している。


「あっ」


 マスクの男と目が合ってしまった。どうしよう、今襲われたらまともに抵抗できる気がしない。さっきの男2人からはなぜか逃れることができたけど、またそんな奇跡のようなことができるわけがない。


 だけど僕が男に襲われる恐怖に身を震わせていると、マスクの男の顔が真っ青に染まっていった。


「すまねぇ許してくれ! 頼む殺さないでッ!!」


 マスクの男は運転席の男をその場に落とすとお手本のような綺麗な土下座を行った。


 だが大人の謝罪ほど信用ならないと今までの経験で僕は学んでいる。どうせ僕が油断したところを襲う心づもりなのだろう。そう考え身を固くしてマスクの男の一挙手一投足を見逃さないよう警戒した。


 マスクの男だけを警戒してしまった。男に襲われる恐怖故の行動だが、そのせいでスキンヘッドの男がどこにも見当たらないことに気付けなかった。


「ばーか」

 

 すぐ後ろから男の声が――。


「ぁがっ!?」


 首に丸太のように太い腕を回され持ち上げられる。苦しいくるしいクルシイッ! このままじゃ死んじゃう。


 首を締められる息苦しさに加え、男の息がかかるほどに密着している恐怖のせいで気が狂いそうである。やだ離してよぉ。


「さっきはよくもやってくれたな、おい。魔法少女のクセにイッパンジンに手を出しやがって! 俺たちがてめぇにおしおきしてやるぜ。だから堕ちろ! 堕ちたらたっぷり〇ってやるからなあ!!」


 僕の中の理性という名の手綱がプツンと音を立ててちぎれる音が聞こえた気がした。


――――…………

――………

――……


 どうしてこうなってしまったのだろう。目の前には4人の男が、手足があらぬ方に折れ曲がり、口から血の泡を吹き出している。コイツらはもちろん僕を襲った男たちである。


 男たちをこうしたのは誰に聞くまでもなく僕である。よく覚えていないが、籠手や服に赤い血が付着している。それに拳にはやっぱり何か……いや、肉や骨を砕く感触が残っている。


 そしてこれを魔法少女の力でやってしまった。魔法少女の力を誰かを傷つけるために使ってしまった。


 この力は誰かを助けるための力、決して傷つけるためのものじゃない。それなのに僕はいくら襲われそうになったとはいえ、感情に任せ拳を振るった。


 これではヴァルキュリアお姉ちゃんとの約束を守ることができない。この力は自分のためのものじゃない、誰かのためのもの。この拳が向くべきは魔獣であって人ではない。


 これは仕方の無いことだった。ああするしか助かる道はなかった。だからこれは例外だ。


 様々な言い訳が心の中をグルグルと回っている。それに身を任せたらどれだけ楽になれるだろうか。でもそんなことは許されない。


 ヴァルキュリアお姉ちゃんとの約束は絶対に破ってはいけないもの。でも破ってしまった。僕はこれからどうしたらいいのだろう。


 先ほどまでの男たちに対する恐怖は残っているが、それよりもヴァルキュリアお姉ちゃんとの約束を破ってしまった絶望感が遥かに強い。


『続いてのニュースです。フクオカ東区の外縁地区において魔獣が発生しました。近隣の住民は急いで避難してください。繰り返します……』


 男たちの乗っていた車は電柱との衝突事故を起こしているが、まだ電気系統は生きていたのかラジオが流れている。


 その知らせは正に砂漠を彷徨う旅人の前に現れたオアシスのごとく。


 魔獣?


 そうだ、僕は魔法少女なんだ。それなら魔獣を倒さないと。だってそれがお姉ちゃんとの約束なんだから。


 だから魔獣を倒さないと、だね。

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[一言] あ、壊れた(知ってた)
[一言] うん。知ってた( ˆᴗˆ )
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