握る拳とその行方⑧
商店街はこの外延部から中央よりに行ったところ、通称中間部にある。中間部はその名の通り中央と外延部との中間にあり、また中間層が住んでいる。そのため人口は最も多く、様々な商店が開かれている。
僕が行こうとしている商店街は比較的に外延部よりの場所にあるやつだ。
そこまでの道のりは遠いといえば遠いし、近いといえば近いともいえる微妙な距離がある。だいたいの人は自転車で行ったりするけど、僕はそんなものもっていないし徒歩である。
あ、そういえばおばあちゃんが持っていたような気が……。まあどっちでもいいか。たとえ持っていたとしても、僕自転車に乗れないんだし。
そんなことを考えながらズンズンと商店街に向けて歩を進める。が、その道中であることに気が付いた。道ですれ違う人達になんだか見られているような気がするのだ。中にはすれ違った後に振り向いて再び見たり、露骨なまでに視線を投げてくる者までいる。
なんでこんなに僕を見てくるの。どこかおかしいなところがあるのだろうか。
今着ている服を見てみるが、何もおかしなところは見当たらない。ならば傷跡が見えているのだろうかとも思ったが、上半身はサマーパーカーで隠されているし、足はニーソックスで隠れているから見えない。
分かんない…………わかんないよぉ。
僕を追い越そうとしていた白いワンボックスカーが、なぜか僕の隣に差し掛かったところで減速して、そして走り去っていった。ついに歩行者だけでなく車のドライバーからも見られるようになった。
やだ……やだぁ、見ないでッ!
心臓が痛いくらい早く鼓動し始め、呼吸が浅くなる。人に注目されることがたまらなく怖い。魔法少女の時は大丈夫だったのにどうして? もう克服できたと思っていたのに。
サマーパーカーについているフードを目深にかぶって走りだす。早くおばあちゃんのところに戻りたかった。だけどおばあちゃんから頼まれたお使いがある。それはちゃんとやり切らなくてはいけない。だってそれがおばあちゃんの役に立つことだから。
目を伏せ周りを見ないように、商店街に向け走る。でも視線が物質化してしまったかのように、見られているということが分かってしまう。気持ち悪い。
この場にへたり込んでしまいたい、アパートの部屋に帰ってしまいたい、そんな弱音を抑え込みひたすらに走る。
途中で何度か人にぶつかってしまうトラブルもあったが、何とか商店街まで来ることができた。だがなかなか醤油を買うことができない。昼近くの商店街、もちろん人がたくさんいる。
それはすなわち人の目が沢山あるということ。これに耐え切れるわけがない。さっきのさほど多くない歩行者だけでもギリギリだったのにこんな人数無理。
でも醤油は絶対買って帰らないといけない。だけど足がもう1歩も動かない。少しでも気を抜くとへたり込んでしまいそうだ。
「お嬢さんどうかしたの?」
「ひゃあ!」
下を向いてウジウジしていると、恰幅のいい初老の女性に話しかけられた。ただ僕がこの女性が近づいていたのにまったく気づいていなかったせいで、情けない声が出てしまった。
「あらごめんなさい。驚かせるつもりはなかったの。それでお嬢さん、何か困ってない?」
「……!?」
だけどここが限界だった。この女性は善意で話しかけてくれたのだろうが、それは今の僕にとっては毒でしかない。元々逃げ出してしまうギリギリの状態で何とかお使いをこなそうとしていたのだ。それなのに知らない人に話しかけられたりしたら……。
足から力が抜けその場にへたり込んでしまった。もうダメだ。足が震えて立ち上がれない。
「ちょっと貴女大丈夫?!」
女性が驚いたように大きな声を上げる。その声に反応して周りの人たちの視線が集まってくる。やめて、やめてよぉ。そんなに僕を見ないでよ。
視界が歪み、瞳が潤み始める。
もうとっくに限界は超えてしまっている。座ったまま後ずさるがすぐに壁にぶつかる。だが前は多くの人がいる。逃げ場がない。
突然目の前の女性に抱きかかえられた。え、何やだ。離してよ。
その腕から逃れようと暴れるが、逆にきつく締められてしまう。そしてそれが僕のパニックをさらに加速させる。その女性の腕の中で我武者羅に暴れ続けた。
そしてどうやって逃れたのか覚えていないのだが、いつの間にか僕は商店街から離れ、一人でトボトボと歩いていた。頭が妙にフワフワして何も考えられない。そんな頭でも一つ分かるのは、怖いものから逃れられたということだ。
でもお使いをこなすことができなかった。さらにはおばあちゃんから預かった醤油を買うお金もどこかに落としてしまったのか、どのポケットをひっくり返しても出てこない。
どうしよう。おばあちゃん絶対怒るよね。
アパートに戻るのが憂鬱になってきた。でもちゃんとお金落としたことをおばあちゃんに伝えないといけない。
目の前から白いワンボックスカーが来ている。轢かれてしまわないように道の脇に避け、車に道をゆず――。
え?
僕の隣に来たワンボックスカーの扉がガバリと開き、中から伸びてきた手によって中に引きずり込まれてしまった。
あれおかしいな。ちゃんとお使いをさせる予定だったのに?
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