握る拳とその行方⑦
目が覚めると視界には見慣れた天井が広がっている。窓からサンサンと太陽の光が差し込んでいる。どうやら今日はお昼ぐらいまで寝過ごしてしまったようだ。
そういえば何か夢を見ていたような気がする。そしてその夢の中でとても気になることがあったような…………。うーん、何だったかな。思い出せないってことはそこまで大事なことじゃないってことなのかな。
さて、朝起きたらやらなくちゃいけないことがある。それは着替えだ。そう寝間着から普段着に着替えなくてはならない。でも僕はいまだに、この体になってから一人で着替えたことがない。いつも気づいたらおばあちゃんによって着替えさせられている。
僕がまだこの体に不慣れというのもあるが、いつまでも着替えさせてもらうわけにはいかない。おばあちゃんにも申し訳ないし。
だから今日こそは一人で着替えてみせる。
洋服はおばあちゃんから貰ったものがまだまだある。その中からなるべく地味で、あまり女の子って感じがしない服を選びだす。この条件で選び出した服は昨日と同じような、Tシャツとハーフパンツだった。
昨日はもたもたしていたから自分で着替えることができなかった。ならばサッと着替えればいいはずだ……たぶん。それに一気に着替えてしまえば、恥ずかしさを感じる前に着替え終わることができるはず。
こういう風に覚悟を固め、いざ着替え始める。
まずは寝間着の上のボタンを外さないといけないが、なぜかボタンが左側なせいで外しづらい。なんで男女でボタンがついてるほうが左右逆なの。
悪戦苦闘しながらもひとつひとつ着実に外していく。ひとつボタンを外すたび、だんだんと布に覆われた二つふくらみが露わになっていく。それを見ないようにして寝間着の上を脱ぎ足元に落とす。
そしてTシャツを手に取りいそいそと着ていく。よし、上半身は終わった。こうやれば何とかできそうだ。残りはズボンをはき替えるだけだ。このやり方なら大丈夫、こっちもちゃんとできる。きっとできる。
よし、と意気込み寝間着の下のゴム紐が入っている部分に指をかけ、スルスルと膝辺りまで寝間着のズボンをいったん下げる。そこから片足ずつ足を抜いていく。
だが片足を抜いてもう片足も抜こうとしたとき、少しバランスを崩してしまった。ピョンピョンと跳ねてバランスを取ろうと――。
ジャンプして着地したときに足の裏に布の感触がして、その次の瞬間ドスンとアパート中に音を響かせて床に倒れてしまった。さらにその際後頭部を強打した。
「……ッた~~」
運悪く足元に脱ぎ捨てていた寝間着を踏み、足を滑らせてしまったようだ。こんなことならちゃんとしてればよかった。
ズキズキと痛む頭を庇いながら起き上がり、残りの着替えをこなしていく。脱ぎかけていたズボンを完全に脱ぎ去り、ハーフパンツに足を通していく。この時の僕は頭を打った痛みのおかげで無心で着替え続けることができ、ちゃんと自分で着替えることができた。
さて着替えも終わったし、ここ最近できなかったおばあちゃんのお手伝いでもしようかな。そうと決まれば早くおばあちゃんのところに行こう。おばあちゃん手際いいからはやく行かないと手伝えることが無くなってしまう。
ささっと靴を履き意気揚々と外へ飛び出す。おばあちゃんはいつものようにアパート前の掃除をしている。よかった、まだ終わってない。
「おはよう、おばあちゃん! 僕も手伝う!!」
階段を転げ落ちるかのような勢いで下り、おばあちゃんの元に飛んでいく。
「おはよう。手伝ってくれるのかい?」
僕は大きく頷き、おばあちゃんから箒を受け取る。
「おばあちゃんは塀をやるから、落ち葉を掃いて」
「はーい」
そうおばあちゃんに頼まれたのだが、もうほとんどおばあちゃんが終わらせていて、まだ終わっていない場所はほとんどない。そのことを不満に思いつつも黙々と残り少ない落ち葉を掃いていく。
僕がこうになる前からそうだ。おばあちゃんは、ほとんど終わったことしかやらせてくれない。大変なことは全ておばあちゃんが1人でやってしまう。
チラリとおばあちゃんの方を見る。おばあちゃんは勝手に貼られたチラシや張り紙を剥がし、直接塀に書かれた落書きをたわしでこすっている。見るからに大変そうだ。僕の方が若いんだから大変な方は僕がするのにな。
まあ今までの経験上、そう申し出てもやんわりと断られるだけなんだけどね。
そんなことを思いつつやっていたら、気付けばもう落ち葉を全て掃き終わっていた。
「おばあちゃん。終わったよー」
「あら、早かったわね」
早いも何もおばあちゃんがほとんど終わらせていたから当たり前だ。僕がやったのは全体の1割にも及ばないと思う。
「他になにかない?」
「そうねぇ……おつかい頼もうかしら。ちょうど醤油が無くなってたの。商店街の場所わかる?」
商店街って確か隣の地区のあそこだよね。大丈夫、あそこなら道も分かるし、この時間なら人は多くない。
おばあちゃんから必要なものを貰いいざ出発、と思っていたが直前で止められた。
「これ着て行きなさい。あんまり体を人に見られたくないでしょ?」
そう言っておばあちゃんが黒いサマーパーカーを手渡された。傷跡が人に見られることが気になっていたからこれはありがたい。おばあちゃんにお礼を言って使わせてもらう。
「それからここ最近、女の子にイタズラする輩が出てきてるから気をつけるんだよ」
僕はテキトーに返事を返し、意気揚々とおつかいに出かけていく。
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