握る拳とその行方⑥
――僕は夢を見ている。
なぜかは分からないがこれが夢だと僕には認識できた。
周囲は一面真っ白で建物も植物もない。いや、それらすらも真っ白で僕には見えていないだけかもしれない。そう思うぐらいには真っ白で、この空間がどこまで続いているのかすらも分からない。
それから辺りを見回しているときに気付いたのだが、この真っ白な空間の中で一点だけ黒いシミのようなものがあった。それは規則正しく膨らんだり縮んだりして、まるで呼吸をしているようだ。
もう一度周りを見回すが、やはりあれしかこの空間に色のついたものはない。かなり不気味である。でも、だからこそあそこが何なのか気になる。それになんだかあの黒いシミに嫌な感じはしない。それどころか長年いっしょにいたかのような安心感や安堵感を感じる。
「近くまで行ってみようかな」
とりあえずそう決めて歩き始めたはいいものの、周囲が一面真っ白であそこまでの距離感がつかみづらい。さらに歩いても景色が変わらないため、前に進んでいるのかさえ分からなくなってくる。
あの黒いシミがだんだん大きくなっているから前に進んでいることは確かである。
前に進めば進むほどここに何もないことが実感できる。前に進んでいるか否かの目印にできるものは黒いシミしかない。
黙々と歩みを進めようやくたどり着いた。黒いシミの近くでは黒い靄のようなものが漂っている。
ふとシミの中に人影のようなものが見えた気がした。だけど靄が常に蠢いているせいでよく見ることができない。
だからもっと近づいて目を凝らしシミを見つめてみるとそれは――。
「女……の子?」
そう、女の子がシミの中で眠っているのだ。まるでシミが布団で、靄が毛布かのように、心地よさそうに眠っている。そして彼女の寝息に合わせて靄が動いていたため、遠くから見た時に大きくなったり縮んだりして見えていたようだ。
その少女は腰にかかるぐらい長い黒の髪、白磁のように白い肌、そして僕とそっくりな顔。その容姿は魔法少女に変身している時の僕のようだ。
これだけなら魔法少女になった時の僕を客観視しているような感覚に陥るが、しかし一箇所だけ違う部分がある。それは額から伸びた小さな角である。
それはカチューシャや髪飾りの類ではなく、正真正銘彼女から生えている。
あ、もう一箇所あった。胸が僕よりも大きい。僕の胸をミカンに例えるならば、彼女のはリンゴになるだろう。
いや、魔法少女の時は僕が気づいていないだけで、胸はあれぐらいになっていたのだろうか。いやいや、あんなに大きくなったらさすがに気づく……と思う。それに戦うときとか邪魔になりそうだし。
それは置いといて、彼女はなんなのだろうか。魔法少女としての僕かとも思ったけど、なんだか違うような気がする。
そうなってくるとますます彼女のことが分からなくなる。なぜ僕の夢に僕そっくりな誰かが登場しているのか、なぜ僕は彼女に安心感や安堵感を覚えているのか。知らない他人のはずなのに、どうして?
「君は……君はいったい誰なの?」
返事は当然帰ってこない。彼女は今も気持ちよさそうに寝息をたてながら、スヤスヤと眠っている。
うーん、どうしようかな。彼女のことは気になるけど、起きないと何も聞けないし。いっそ起こしてみる? でもほんとに気持ちよさそうに寝てるしなぁ。なんというか起こしづらい。起きるまで待つかな。
――――――…………
――――………
――……
何分が経っただろうか。待てども待てども彼女に起きる気配はない。今も気持ちよさそうに寝息をたてている。
突然彼女はむくりと上体を起こした。だけど完全には目は覚めていないようで、瞳はトロンと半目になっている。彼女は手の甲で目をこすり、グッと伸びをしてまた眠る体勢に入った。
「ってちょっと待って!」
慌てて彼女に声をかける。ここでまた眠られたらまた起きるまで待たなくてはならなくなる。それだけはもう勘弁してほしい。ここのは何もなくて暇を潰すのが難しいんだよ。
だが僕の努力も空しく彼女は再び眠ってしまった。
え、どうしよう。また待たなくちゃいけないの? それは……それはきつい。いつ起きるか分からないのをただジーっと待ち続けるのは大分きつい! これは起こしてもいいよね。
彼女の肩を揺さぶったり、声をかけてみるが何の成果もあげられない。
「あーもー、起きてよーー!!」
彼女はガバッと起きると僕の顔を潤んだ瞳で見つめ――。
「宿主うるさいッ!!!」
そう言うと怒ったかのように、再び眠りに入っていった。
そんなに起こされるの嫌だったんだ。でもほんとにどうしようかな。彼女が嫌がっている以上、起こすのはなしだし。
それにしても彼女が言った宿主って僕のことだよね。どういう意味で僕のことを宿主って言ったんだろう。
彼女の言ったことにあれこれ考えてみるが、何もわからない。そして彼女は眠っているから聞くこともできない。
そのまま、また彼女が起きるのを待つことにしたが、眠っている彼女を見ていると僕までだんだんと眠たくなってきた。このまま体を横にしたら安眠できそうだ。
何分か眠気と戦っていたが、結局勝つことはできず僕は体を横にした。
因みにリスタルはサクランボです
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