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握る拳とその行方⑤

一方管理局では……

 日が傾き、夜になり、月が高い位置で輝き始めて幾時間、私はまだ管理局のデスクで残業をしている。


 昨日(正確にはもう一昨日か)のイノシシ型とトカゲ型の魔獣の報告書もできあがっていないというのに、昨日の今日でまた魔獣が出てきたせいでまた帰宅が遠のいた。さらにこの作業を片手で済ませなければならない。ほんとにいつ帰ることができるかなぁ。


 ただ現在1番の悩みの種はあの黒い魔法少女、シュバルツのことである。まだあまり情報は集まってはいないが、あの子には男の子が魔法少女になっているのではないか、という疑惑がある。さらにこれまでの2回の接触でかなり精神的に不安定なところを見せている。


 管理局の諜報部を使って彼女(彼?)の居場所を探してもらっているが、昨日の報告では学生証に記載されたアパートには帰っていないようだ。


 できれば管理局の総力を使って探したいのだけれど、無能な上層部は許可を出さないだろう。だから監督官という役職の及ぶ範囲でちまちまと探すしかない。上層部が無能でさえなければ、野良の魔法少女達を保護することは簡単なのに。


 そういえばこの「衛藤夢莉」という名前、どこかで聞いたことがあるような……。知り合いにはいないし、その子供だっただろうか。それとも昔助けた人の名前だったかな。


 名前に既視感を覚え記憶の海に沈もうとしていたら、突然無遠慮にオフィスの扉が開かれた。


 白衣をまとい髪を高い位置でお団子にまとめた知的な女性が、手に持った書類をヒラヒラさせながら入ってくる。


「お邪魔するわよ」

「ノックぐらいしてよ柏木ちゃん」


 このやり取りは何回目だろう。そんな風に思ってしまうくらいには何回も言ってきている。でも一回たりともノックをすることはなかった。


「極秘で研究室に持ってきた書類読んだけど、男が魔法少女になっているって本気で言ってるの? 今までの前提が根本的に崩れるのだけど」


 研究室というのは管理局に設置されている魔法研究部のことである。ちなみに彼女、柏木伊澄はそこの主任研究員である。


 そして彼女は世界に数えるだけしかいない、魔法学を専門としている研究者である。


「ええ、本気よ。その書類にも書いてたけど、状況証拠からはそうとしか思えない」

「それは分かるわ。でも魔法少女は少女しかなれない。これは絶対に揺るがないものだったはずよ」


 それは私だって驚いている。実際穂乃果ちゃんから言われなければ、その可能性すらも考えなかっただろう。


 なにせこの前提を提示したのは『始まりの魔法少女』を含めた第1世代の魔法少女に魔法をもたらした存在なのである。


「それなら第2世代には関係ないということなのかしら」


 第1世代と第2世代とでは、魔法のあり方はかなりの違いがある。第1世代は聖霊から魔法を与えられ魔法少女になった。それに対し第2世代は自ら魔法に覚醒して魔法少女になっている。


 このように第1と第2では根本的な成り立ちが違うのである。だから今回の件もその世代差が出ただけなのだろうか。


「そういえばその腕はどうしたの?」


 柏木ちゃんは珍しいものを見るような目で、私のギブスに吊られた腕を指さす。


 あー、やっぱり聞かれるよね。柏木ちゃんには本当のことを言っても大丈夫だけど、管理局の中じゃどこから上層部に漏れるか分からないしなぁ。


「ちょっと階段から落ちただけよ」


 このように上層部に対して言った言い訳を口で言いつつ、パソコンにザックリとした本当の理由を書き込み、柏木ちゃんが見たのを確認してすぐに消した。


「なるほど、飯田さんらしい」


 でも本当にあの時の私は不用意だったな。大抵の場合、野良をやっている娘たちは何かしらの理由を抱えている。


 それを考慮せずに接触しようとしたのだから当然の報いである。


「ハア、それにしても魔法少女ってどの娘もかわいいわね。新しいシュバルツって子もとびきりの美少女……いや美幼女だし」


 この世界でも有数の魔法学者にはとてつもない欠点がある。そしてそれが東京の本部ではなく、こんな地方の支部にいる理由でもある。


「あーもうほんとにかわいい。なにこの写真でも分かる色白な肌、大きくてクリクリした瞳、カラスの羽が濡れたような艶のある黒い髪。お人形さんみたい。それにワンサイドアップの髪型がさらにこの子の幼さを強調しててもう最高。ペロペロしたい。していいよね。リスタルちゃんにはさせてくれないし」


 柏木ちゃんは魔法少女が好きすぎるのだ。そしてこの北部九州支部には左遷された訳ではなく、自分の意思でやって来ている。……リスタルちゃんがとっても好みだったらしい。


 2人きりになるのは全力で阻止しているけど。


「リスタルちゃん以上にこの子はダメよ」


 これさえなければ優秀な学者なのに。天才と変人は紙一重とは誰の言葉だっただろうか。まさに柏木ちゃんにピッタリの言葉だと思う。


 なんにせよシュバルツちゃんを保護しない理由はさらに減った。当初は一時様子を見てからの判断をしようと思っていた。


 ほとんどの場合で魔法少女の力をまったく使わない、隠れになる可能性が高いからだ。特に魔獣に襲われた時に覚醒した娘にはその傾向が高い。


 そして隠れの魔法少女を無理やり引っ張り出すほど、私は非情ではない。


 でも魔法少女として魔獣と戦うのであれば話は別である。野良での活動は尋常でないほど危険である。


 魔獣退治の報酬は出ないし、ケガをしたとしてもそのままである。そして何よりも個人情報の保護が完璧にできない。管理局に属さずに活動することは身バレの危険が常に付きまとう。


 そして身バレしてしまった魔法少女の末路はどの前例をとっても悲惨である。


 だから絶対に保護しなくてはならない。魔法少女を護るために。

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