握る拳とその行方④
すみません遅れました
僕は桶の中につかりっぱなしになっているタオルを手に取る。そしてさっさと終わらせてしまおうとゴシゴシと、まずは腕をふき始める。
「……った!?」
だがふいた箇所が赤く染まっている。さらにはヒリヒリとした痛みすらも発している。
「え、どうして? いつもはこんなことにはならないのに」
タオルはどこにも変なところはない。水につける前はフワフワとした普通のタオルだった。じゃあ水がおかしいのだろうか。でもこの水も水道から注いだものだし、水道の水がおかしくなっていたらこの街全体が大騒ぎになるだろう。
タオルも水も違うなら原因は何なのだろうか。
「……………………僕自身?」
水もタオルも違うとなると、こうなる要員としてはもう僕しか残っていない。でもそうなるとますます訳が分からなくなる。だってこの前まで今日と同じようにやっていたけど、こんな風にならなかった。じゃあやっぱり原因は別にあるのだろうか。
もう一度タオルや水を確かめてみるがどこにもおかしな点は見つからない。そうなってくるとやはり原因は僕にあるのだろう。
「もしかして何か変な病気になった?」
それはかなりヤバい。僕は病院に行けるだけのお金を持っていないし、でもおばあちゃんに心配をかけたくはない。でもおばあちゃんに気付かれたら確実に病院に連れていかれるだろう。
でももしこれが命に関わる病気だったらどうしよう。どうしよう、どうしようどうしようどうしよう。なんで僕ばっかりこんな目に。
――コンコン
「ただいまぁ。鍵を開けてくれんか?」
おばあちゃんだ、おばあちゃんが帰ってきた。
不安に押しつぶされそうになっていた僕は一目散に扉を開け、おばあちゃんに飛びついた。おばあちゃんは驚いたようだったがやさしく受け止めてくれた。
「おやおや、どうしたんだ……」
ん? おばあちゃんは何か言いかけ突然押し黙った。そして僕を抱いたまま部屋の中に移動していった。
「おばあちゃんどうし」
「ダメじゃない女の子がそんな恰好で外に出ちゃ! おばあちゃんだったからよかったものを、もし知らない人だったどうなった思ってるの!!」
あ、そういえばいま服を着ていなかったんだ。おばあちゃんに叱られてようやく僕はそのことを思い出した。
「ごめんなさい」
「こちらこそごめんね、いきなり怒鳴ったりして。それでどうしたんだい?」
おばあちゃんに促され、赤くなった腕を見せる。
「いつも通り体拭いたのに何でか赤くなって……僕病気なのかな?」
「あらら、真っ赤になっているわね。大丈夫よ病気なんかじゃないから。力入れて拭いたでしょ」
「え、病気じゃないの」
「ふふふ、ただ赤く炎症しているだけよ」
おばあちゃんはおかしそうに笑っているが、僕はほんとに怖かったのだ。だから病気でなかったことに安堵し、床にへたり込んだ。
「女の子の肌は繊細なのにこんなに赤くなるまで強く拭いて」
おばあちゃんは桶の中のタオルを手に取った。そして床に座り込んでいる僕をよそに、僕の体を拭き始めた。突然のことで僕の体はビクッと跳ねるが、大丈夫と言い聞かせ何とか押さえつける。
「強く拭いた方が汚れが多く取れると思いがちだけど、そんなことしちゃダメよ。傷がついちゃうから。こうやってやさしく、滑らせるように……」
おばあちゃんは僕の体を拭いていく。やさしく、壊れ物を扱うかのように。その感覚はとても気持ちがよく、まるで極上のマッサージを受けているようだ。
だが同時に、変わったのはタオルでも水でもなく、僕自身であったと思い知らされた。女の子の肌は繊細、か。そうだよね、僕は今女の子なんだよね。なんで僕はこんな簡単な答えに気付かなかったんだろう。結局僕一人でできずにおばあちゃんに手伝ってもらってるし。
僕のそんな思いとは裏腹に僕の洗体は進む。おばあちゃんは腕を拭き終わったのかいったん手を離した。そしてなぜかもう一枚のタオルを水に濡らし僕に手渡した。
「おばあちゃんが背中を拭いてあげるから、前の方は自分で拭いてね。あまり力を入れずに、さっきやってあげたようにやれば痛くないから」
そう言うとおばあちゃんはさっさと背中の方に回っていって、背中を拭き始めた。その感触は二度目だが、極上である。だから僕が体を拭くことを忘れてその感触を堪能していたとしても仕方がないと思う。
「ほら手が止まってるよ」
でもなんやかんやがあったせいで気恥ずかしさが戻ってきてしまった。自分で拭くのは何というか……難易度が高い。
でもでもだからと言っておばあちゃんにやってもらうのも違うし、でも自分でやるのはちょっと……。
「まったくこの娘は。ほらおばあちゃんがやってあげるからね」
悩んでいる僕を見かねたのかおばあちゃんが体の前側を含めた他のところも拭き始めた。その間の僕は完全になされるがまま、固まっていた。だが固まっっていられたのも束の間、僕はすぐふにゃふにゃにとろけることになった。
僕の意識は時空の彼方へと吹っ飛ぶことになった。おばあちゃんのテクニック、すごい。
意識が戻ってきたときにはもう終わっており、服まで着せられていた。しかも布団の中にいた。おそらく意識を失った僕をおばあちゃんが寝せてくれたのだろう。
そのおばあちゃんはもう部屋に戻ってしまったのかいなかった。
窓の外ではまだ月が高い位置で輝いている。まだまだ夜中のまっさかりだ。だからもう一度布団をかぶり眠りについた。
おばあちゃん、おやすみなさい。
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