全てが変わった日①
――ジリジリジリジリ
僕は目覚まし時計のけたたましい音で目が覚めた。今日の目覚めは、かなり悪い。なんだって10年前の、あの夢を今頃になってまた……。
因みにいうとあの夢にはまだ少し続きがある。僕はあの『大侵攻』と呼ばれる災害を大けがを負いながらも生き残ることができた。しかし両親が死んでしまった僕は、当たり前だが施設に入れられた。そして今は少し事情があって、高校進学を期に一人暮らしを始めた。
ふと時計が視界に入る。針は見事なまでに8時を指していた。高校までは1時間半ぐらいかかる。要するに、完全に寝坊である。
「やばッ、遅刻じゃん」
布団を片付け、急いで制服に着替える。そして台所兼洗面所で顔を洗う。
「やっぱり消えないな」
洗面所の鏡に映る僕。しかしそれは全身のいたるところにあざや傷跡のある体。その傷跡の中でも、胸にある×の形の傷跡が目立っている。
「っと、急がなきゃ」
カバンを持ち、家から飛び出る。ただし扉はゆっくり閉める。そうしないとこのおんぼろアパートの扉は壊れてしまう。ほかの所に住めばいいじゃん、と思う人もいるかもしれないが、お金がない・身寄りがない・保証人がいないこの僕に、部屋を貸してくれる業者はいない。だけど探せばいるもので、おばあちゃんが大家をしているこのアパートを借りることができた。しかも道楽経営らしく、家賃もタダでいい。さらに今、高校に通えているのはこのおばあちゃんのおかげだ。
「おはよう。今日も元気やねぇ」
「おはよ、ございます」
さっき言っていたおばあちゃんが、いつも通りアパートの塀に張られた張り紙をはがしていた。時間があるときはおばあちゃんのお手伝いをするが、今は時間がない。僕はおばあちゃんに挨拶と会釈をして、張り紙の内容を見ないように脇を通り抜けていった。
僕が住んでいる街は10年前の『大侵攻』の被害が最も大きかったところを、再開発し、再編した街である。学校の授業で昔の地図を見る機会があったが、今と違いとても細かく区切られていてよく昔の人は覚えられたな、なんて思った。
よし、次の角を曲がれば駅まであと一直線だ。いつかみたいにこけることなく、曲がり角をきれいに曲がる。
そこには街の風景に似合わない、イノシシがいた。そのイノシシは自動車並にでかく、さらに牙が左右合わせて4本も生えている。
なんだ、また魔獣か。
魔獣、10年以上前は噂レベルの与太話に過ぎなかった。だけどある時期を境にその出現数が増大した。確か7年くらい前に一時的にあまり出現しなくなって、政府が全滅宣言を出したのだが、今の状況を見てもらえばわかると思うが完全に誤報だった。今じゃもういて当たり前で、よっぽどな被害が出ない限りはニュースにもならない。
ん? なんで魔獣の近くにいるのにそんな余裕ぶっこいててられるのかって? すぐに魔法少女が来て処理してくれるからだ。
でもおかしいな。全然来ないぞ? それにあれ? 魔獣なんかこっち向いてない? なんでこっち向いて突進の準備してるの?
僕は身に危険を感じ、魔獣に背を向け走り逃げる。すぐに元来た曲がり角を曲がり狭い路地に入る。狭い道ならあいつ来れないよね。足を緩め後ろを確認してみると、先ほどまで僕が立っていた場所に魔獣が突進していた。だが魔獣は建物にぶつかる寸前に足を止め、こちらを向いた。そしてまたこちらに対し突進の準備を始める。
なんで、なんで僕をそんなに狙うの。確かテレビの魔獣特集じゃ、魔獣は魔力の塊であり、理性はなくただの破壊衝動のみで動いているって言ってたじゃん。あれ間違いだったの。とりあえず魔法少女が来てくれるまで逃げるしかない。
「うわぁぁぁぁぁぁ」
僕は情けない声を上げながら逃げまわった。まっすぐ走っているだけでは、あちらの方が足が速いため追い付かれてしまう。そうなれば僕は粗挽きミンチになってしまうだろう。しかしイノシシ型の魔獣はどうやら曲がる際はいちいち止まらなければ曲がれないらしい。それを利用して何度も何度も路地を曲がり続ける。それでもなお周りの建物にぶつかりながらも追ってくる。ほんとになんだよ、その執念。
曲がり続けているうちに、今自分がどこにいるのかがだんだんと分からなくなっていた。だけど確かめている暇はない。しかしその鬼ごっこも唐突に終焉を迎えた。曲がり角を曲がった先が、袋小路だった。
すぐに元来た道に戻ろうとするが、イノシシが道をふさいでおり不可能だ。
もう逃げ道がない。
そしてイノシシは2度3度地面をけり、突進を始める。僕とイノシシとの距離はそこまで離れていなかったが、不思議と撥ね飛ばされるまでの時間が長く感じた。だがだからといってどうしようもすることができない。
そしてついにイノシシによって僕は撥ね飛ばされ、そのまま背後の壁にたたきつけられた。まるで2トントラックにぶつかられたような衝撃だった。
イノシシと壁にサンドイッチされたせいか手足はあらぬ方へ曲がり、内臓をやられたのか血が喉を這いあがってくる。さらに腹には崩れた壁の鉄筋が刺さっている。
――ズクンッ
胸に謎の疼きを感じたが、すぐに激痛に上書きされた。
僕ここで死ぬのかな。
でもここで死ねたらもう、つらい思いをしなくても済む。
出血多量のためか視界が狭まる。それと同時に意識が朦朧とし始める。それに身を任せ目を閉じると、今までの経験がビデオの逆再生のように今から昔へと遡っていく。
これがうわさに聞く走馬灯か。
ほんとろくでもない15年間の人生だった。
でももう解放される。
走馬灯が10年前に到達した、その時だった。
『生きるのを諦めないで!!』
僕を救ってくれた、あの人の言葉。その言葉を呼び水に短い時間だったけれど、様々なあの人との思い出がよみがえる。
――ズクンッ
あの人に救われ、尊敬し、そして憧れた。あの人に救われた命を簡単には捨てられない。それにまだ、あの人との約束を果たせていない。
――ズクンッ
だから僕は、まだ死ねないッ!!
次話でTSします。あと2話連続投稿は今日だけです。