握る拳とその行方②
昼食が終わった後もいっときおばあちゃんの部屋にいたけど、どうしても嘘をついている居心地の悪さから、今の自分の部屋に戻った。
だが自分の部屋に戻ったからといっても何かやることがあるわけでもないし、何か暇を潰せるようなものもこの部屋にはない。あるのは本当に最低限の家具だけである。
何かしようにも何もできない。またおばあちゃんの部屋に戻るのもなんか違うし、それならばどこかに行こうか。でももうすぐ日が暮れる。さらにはどこにも行く場所がない。
つまるところ暇なのである。
益体もなく床に寝転がる。ふとズボンのポケットに固い感触を感じた。
「ん? なんだろ」
無造作に手を突っ込み取り出してみれば、それは宝石のような結晶であった。僕みたいな貧乏人が宝石を持っているわけがないので、十中八九あの時の魔核であろう。
「そういえばリスタルに渡し忘れてちゃったな」
この結晶は僕が魔獣を倒した証であるが、僕が持っていても(リスタルの説明によると)扱いに困るものである。今度会った時にでも渡そうかな。
ただこれを見ていると同時に魔獣を倒した後の、管理局の職員の人の腕を砕いてしまったことも思い出してしまう。あの時の感触は数時間たった今でも手に残っている。
衝動的にやってしまったこととはいっても、冷静に考えれば悪いのは完全に僕だ。魔法少女の力は魔獣を倒すため……いや違う、魔獣から誰かを守るための力なのに、僕はその力で誰かを傷つけてしまった。
「僕は強い男にならなくちゃいけないのに」
男……はもう無理かもしれない。だけどヴァルキュリアお姉ちゃんとの約束を、誰かのためだけに力を使える人にならなくちゃいけないのに。今の僕でいう力は魔法少女の力、この力は絶対に誰かを助けるために使わなきゃいけない、なのにあの時の僕はこの力を自分のために使い人を傷つけてしまった。
傷つけられる痛さは誰よりもよく知っている。
傷つけられる悲しみも誰よりもよく知っている。
僕はあいつらとは違うと願ってきた。あんなキタナイ連中のようにはなりたくないと思ってきた。なのにこれじゃあ、あいつらと同じじゃないか。例えそれが衝動的なものだったとしても、誰かを傷つけるために拳をふるうなんて……あいつらと同じじゃないか。
これではヴァルキュリアお姉ちゃんとの約束を守ることなんてできない。僕は……僕はどうしたらいいんだろう。もう僕が生きている意味なんてそれしかないのに、それすらも守れないなんて…………。
「もうイヤだな」
ふと闇色に染まった窓の外が目に入る。ノロノロと窓に近づいていき、窓を開ける。もう夏間近ということもあって、生暖かい風がここぞとばかりになだれ込んでくる。それに若干の不快感を感じながらも、外をボーっと眺める。
空には月と星が我こそが一番と競い合うかのように輝いている。そこには昼間うるさいくらいに飛び回っていた鳥はいない。
だが静寂には包まれてはいない。日が暮れたとはいってもまだ夜にしては早い時間である。仕事帰りのサラリーマンや家に急いで帰る高校生、飲み屋に繰り出していくオヤジ達と未だににぎやかである。
「ここから飛び降りたら、楽になれるかな」
あの星空に向かって足を踏み出して、地面に真っ赤な花を咲かせる。そうすればもう痛い思いも、怖い思いもする必要はなくなるのかな。
なんてことを時々思ってしまう。実際に実行する勇気もなければ、誰の助けにもならないところで死ねない。僕はヴァルキュリアお姉ちゃんとの約束を果たすまで、生きていなくてはならない。
それがどんなにつらくても、どんなに諦めたくなっても、僕は生きなければならない。生きて誰かの役に立たなければならない。それが僕が今生きている理由だから。
それはともかく、今度あの職員の人に会えたなら、今日のことを謝らないといけない。僕がやったことがそれだけで許されるとは思えない。でも、それでも謝らないといけない。あれは完全に僕が悪いから。それに謝らないと、どんなことをされるのか分からない。
心に不安という暗雲が立ち込め始める。どうして僕はあの時、謝らずに逃げてしまったのだろう。そんな事をすれば後が怖いことは、今まで何度も経験してきただろう。なのにどうして……。
その時、部屋に扉をノックする音が響く。誰だろうと一瞬思ったが、僕の部屋を訪ねてくる人は一人しかいない。
「夜ご飯はどうするかい?」
おばあちゃんのしがれているが、張りのある声が扉越しに聞こえる。夜ご飯のお誘いのようだが、そこまでお腹は空いていない。お昼を食べてからそれなりに時間は経っているはずなのにな。
「うーん……いらない。食欲ない」
「あら、そう?」
あれなんか落胆したような声、もしかしてもう作ってたのかな。あー、それなら悪い事しちゃったな。でもお腹すいてないのは本当だし。
「もしかして具合が悪いとかではないわよね?」
なんか本格的な心配をし始めた。
「大丈夫、そんなんじゃないから」
「なら良かった。じゃあまたあとでね」
そう言うとおばあちゃんの足音が遠ざかって行った。
ただおばあちゃんの言葉の中に気になることが一つある。『あと』って何があるの?
次回、「お風呂?回」デュエルスタンバイ!
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