新たなる日常へ⑥
リスタル視点です
あの黒い魔法少女……シュバルツには驚かされてばかりだ。
まさかわたしが魔獣と戦っているときに、上から降ってきたり、その魔獣の甲殻にヒビを入れて見せたり。ただ一番驚いたのは、魔獣との戦うことを二つ返事で承諾したことだ。魔獣との戦いは命懸けだ。もちろんそんなこと、昨日魔獣に襲われた彼女もわかっているはずだ。
それなのに彼女は二つ返事で承諾した。そればかりかシュバルツは率先して魔獣に攻撃を仕掛けにいった。まあ、猪突猛進過ぎて危うく魔獣に潰されるところだったけど。
それは置いといて、魔獣に一方的に襲われる体験は、魔法少女であったとしても耐えがたい恐怖を感じる。中にはそれが原因で魔法少女として再起不能になった者もいるほどだ。
だがシュバルツは魔獣に対してあまり恐怖を感じていないように見える。じゃなければあんな風に魔獣と戦えたりはしない。
それがどんなに異常なことか。彼女が魔法少女として覚醒したのは昨日のはずだ。昨日じゃなかったとしても、魔獣との初戦闘は確実に昨日である。それも負けて……わたしの到着が間に合っていなかったら、確実に死んでいた。
それなのにシュバルツは戦っている。魔獣と戦えている。
いくらわたしが魔獣の攻撃をすべて引き受けているからといって、その程度のことで恐怖を感じなくなるわけはないだろう。たった1日で克服したとでもいうのだろうか。
魔獣との攻防の合間にチラリとシュバルツを確認する。そして愕然としてしまった。なんと拳に魔力を纏わせず、自らの体を傷つけながら攻撃を繰り返しているのだ。
本来なら魔力を巡らせて強化を行う。一応魔法少女になって筋力や体力なんかは底上げされているが、魔力で補強してあげなければ、人の域を出ない程度の力しか出せない。それに魔獣に対しても有効なダメージを期待できない。
だから今シュバルツが行っていることは、ただ魔獣を殴って自分を傷つける行為に過ぎない。
わたしのいる位置まで骨が砕ける音が響いてくる。だけどシュバルツの表情は殴った瞬間だけ痛みのせいか歪んでいるが、腕を引き戻すころには元の無表情に戻っている。そしてまた殴り、表情を歪ませる。その繰り返しを行っている。
その様はあまりにも痛々しい。
もしかして魔力の込められていない攻撃は魔獣に対して効果がない、ということを知らないのだろうか。だからあんな自傷にも等しい攻撃を繰り返しているのではないか。
「拳に魔力を込めて! それじゃ自分の体を魔獣で傷つけてるだけ!!」
このままではいけないと思い、声をかける。だけど返ってきた言葉にまた愕然とした。シュバルツは魔力の使い方を知らないというのだ。
確かに魔法少女の中には魔力の扱いが下手なものもいる。だが下手なだけであって、まったく使えないというわけではない。だから恐らくはシュバルツも魔力の扱いが下手な部類なのだろう。
それに魔獣の上に落ちてきたとき、甲殻にヒビを入れていた。つまりはあの時は魔力がこもっていたのだ。多分無意識でやったのだろうけど、絶望的に下手というわけではないのだろう。少し時間はかかるだろうが、練習すれば使えるようになるだろう。
だが今そんな時間はない。目の前には強大な魔獣、そしてわたしとこの魔獣とでは相性が悪すぎる。
わたしの武器……魔導具は刀、斬ることに特化した剣だ。しかしわたしの魔法は、こんな魔導具を持っているのに、自身を強化したり刀の鋭さを増すようなものではない。ただそのような魔法を持っていたとしても、勝てたかどうかは怪しい。
硬い甲殻に刃は通らない。無理やり押し切ろうにも、刀では重さも長さも足りない。これが西洋の両手剣ならできただろう。
《飛斬》で遠距離から嵌めれば勝てないことはないだろうが、これを撃つにはタメが必要である。さらにこんなに野次馬が集まっている状況では、後ろに下がってしまったら野次馬に被害が出てしまう。そうならないようシュバルツに前衛を頼もうにも、魔力が扱えない、昨日目覚めたばかりの素人には荷が重い。
どうすればいい。
わたしの斬撃は甲殻の表面にうっすらとした傷をつけるだけ。それに対しシュバルツは無意識だったとはいっても、一度魔獣の甲殻にヒビを入れている。だからわたしの攻撃よりもシュバルツの攻撃の方が効果があるのだろう。
だがシュバルツは魔力が扱えず、あの時の状況を再現できない。まあ、これに関してはわたしがシュバルツの魔力に干渉すればどうにかできるだろう。
だができればやりたくはない。成功すれば御の字だが、失敗すればシュバルツを廃人にしてしまう。
わたしがこんな風に悩んでいる間もシュバルツは一心不乱に拳をふるい続けている。だけどやはり魔力は込められていない。
だけど急に魔獣の動きが変わった。さっきまではシュバルツを無視してわたしを押しつぶそうと、ハサミをふるっていた。しかし急にハサミの動きを緩め、尻尾を左右に揺り動かし、勢いをつけ始めた。
そのことに気付いたわたしは余裕をもって距離を――。
「……危ない!!」
シュバルツは殴ることに夢中で、魔獣の行動が変わっていることに気付いていなかった。このままでは魔獣の攻撃をもろに受けただろう。
それが見えたわたしは、反射的にシュバルツをかばってしまった。
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