新たなる日常へ④
僕は3階建てのビルの屋上にいる。眼下にはリスタルとサソリのような魔獣が戦闘を繰り広げている。
本当はこんなところに上らずそのまま戦闘に参加したかったが、僕が来た時にはもう野次馬が集まっていた。そのせいで変身しようにも人目のない場所が見つからなかった。
それで探し回った結果、見つけたのがここってわけ。
それにしても、リスタルはなかなか苦戦しているようだ。何度も斬りかかっているが、そのことごとくを魔獣ははじき返している。そしてリスタルは直撃こそ喰らってはいないが、魔獣の攻撃を何度かかすっている。
このままじゃリスタルが負けちゃうかも。はやく行かないと。
「《着装》」
変身すると同時にビルから飛び降りる。普通ならこの高さから飛び降りれば、まず間違いなく大けがをするだろう。でもそんなこと僕の魔法の前ではどうってことない。そしてこの落下エネルギーを利用して魔獣に一撃入れる。
魔獣はリスタルに夢中でこちらに気付いていない。
このままぶち抜く!!
狙い余さず僕の拳は魔獣に衝突した。だが魔獣の甲殻は思っていた以上に堅い。魔獣は多少地面に沈み甲殻にひびは入ったが、それだけで大きなダメージが入ったようには見えない。
だけど僕はそれを確認するどころではなかった。
「……ったあああああああああああぃ!!!!?!?!?!」
僕は魔獣の上から転げ落ち、そのまま地面でのたうち回る。
やる前は治るから大丈夫って思ってたけど、やっぱり痛い。なにこれ、まるで生身の拳で分厚いコンクリートの壁を全力で殴ったみたい。
くっそ痛かったけど、そんなのもすぐに引いていく。
「あ、あなたは昨日の黒の魔法少女!」
やっぱり来ない方がよかったのだろうか。リスタルの表情が険しくなっていく。
「あの魔獣の甲殻にひびを入れた。わたしの刀じゃ傷一つ付かなかったのに」
それになんだか独り言をブツブツと言い始めた。それも魔獣を相手にしながら。だけどやっぱりリスタルの剣はことごとくが弾かれている。
とりあえず僕は野次馬に避難を促すかな。そのためにここまで来たんだし。
野次馬は魔獣を中心とした大きな囲みを作っている。ただ、お行儀よく囲みを形成している理由が、警察によってそこから中に入れなくなっているから。もしそれが無かったらもっと近くに来ていただろう。
普通に考えて危ないっていうのが分からないのかな。警察の人も声を荒らげて避難勧告しているのに、誰も従おうとしない。みんな一心不乱にスマホを手に写真や動画を撮っている。
何がそんなに面白いのだろうか。こんな死ぬか殺すかの戦闘の写真なんかを撮って。囲みの大半は『大侵攻』を経験した大人たちだ。あんな悲惨なことがあったのに、まだ魔獣の恐ろしさが分からないのだろうか。
「おい君、大丈夫かね? 見たところ魔法少女のようだが、顔色が優れないようだ」
バリケード代わりの警察に声をかけられた。囲みの維持をしなくてはいけないのに、僕を心配して近くまで来たようだ。
「君もこっちに来なさい。調子が悪い時まであんな恐ろしい魔獣と戦う必要なんてない」
なんてやさしい人なんだろう。でも僕はまだ引けない。できることがあるから。
「いえ、大丈夫です」
「そうかい? ならいいんだが」
警察が元の位置に戻るのを見送って、できることを始める。
「みなさーん、ここは危険です! 避難してくださーい!!」
だが誰も動かない。
「あの、ここは危険ですから避難を」
リスタルに向いていたカメラの一部がこちらに向いてきた。
「おい、あれって新しい魔法少女か?」
「そうじゃね、だって見たことないし」
「それじゃデビュー戦ってことじゃん、ついてるぅ~」
「あの子も可愛いな」
「俺あの子タイプかも」
なんで、どうして。魔獣の近くは危ないのに。どうして避難してくれないの。
「無駄よ。どんなに言ったってあの人たちは動かない。そもそも危険だとちゃんと感じれる人はこんなところには来ない」
そんな、そんなのおかしいよ。だって僕に話しかけてくれた警察の人、声震えてた。きっと怖いんだ。それなのに我慢して囲みを維持している。
「わたし達魔法少女は魔獣を迅速に倒さないといけない。一般人に被害が出る前に」
だから、とリスタルは続ける。
「正直公式のわたしが野良のあなたに言うのはおかしいと思うけど……お願い手伝って。わたしだけじゃあの魔獣を倒しきれない」
本当は野良に協力の要請なんかしたくはないのだろう。握りしめた拳がプルプルと震えている。
「あなたはあの魔獣の甲殻にひびを入れられた。ならあなたの攻撃なら通るかもしれない。だからお願い」
土下座するような勢いで頭を下げるリスタル。こんな風に頼み込んでいるのは、僕が野良だからだろう。野良はここで協力して魔獣を倒す義務なんかはない。
でも僕には断る理由はない。僕の力は誰を助けるための力。今にも泣き出しそうなリスタルを放っておくなんて、僕にはできない。
だからこそ僕が答えるべき返事は__。
「もちろん!」
この小説が面白いと感じましたら、ブクマ登録・感想等お願いします