プロローグ
僕は炎に包まれ崩壊した街を全速力で逃げていた。どのくらいの距離がまだあるか確認するため、後ろを振り向く。するともう近くまで狼のような化け物が迫っていた。
焦った僕は少しでも距離を開けようと、曲がり角をそのままのスピードで曲がろうとした。が、舗装がはがれてできた穴に足を取られ、倒れてしまった。これを見逃す化け物ではなかった。化け物は大きく口を開き、飛び掛かってきた。
「だれか……助けて!」
誰も来ないと分かっていても、叫ばずにはいられなかった。誰も他人を助ける余裕なんてない。こいつ以外にも化け物はいて、みんな自分の身を守ることで精いっぱいなのだから。もし助けてくれる人がいるとしたらそれは、よっぽどなバカか、それとも――
「やらせない!」
戦う力を持っているものだけだ。
彼女は神話の女神のような衣装を身にまとい、槍を手に携え颯爽と現れた。そして彼女はあの化け物の頭を一瞬のうちに砕き、倒してしまった。そして不思議なことに、化け物の体が光の粒となり、宝石のような塊を残し消滅した。彼女はその石を回収したのち、こちらに振り返った。
「大丈夫? ケガない?」
「大丈夫、です」
「うそ、ほら膝擦り剥いてるじゃない」
彼女はどこからともなく取り出した絆創膏を貼ってくれた。
「ありがと」
「うふふ、いいのよ。そんな事よりもぼく、お母さんかお父さんは?」
さっきまで化け物に追われていた恐怖と、それから解放された安堵感で忘れていた。しかし聞かれたことによって、思い出した。思い出してしまった。
「パパとママはね……あの化け物にね……たべら……」
食べられちゃった、と言い終わる前に彼女に抱き締められた。
「ごめんね、言わなくていいよ」
さらに彼女は優しげな声色で言葉を重ねる。
「怖かったよね。でももう大丈夫だよ。お姉ちゃんが守ってあげるから」
その言葉のせいか、僕は彼女の胸でワンワンと泣いてしまった。その間も彼女は優しい言葉をかけてくるから、収まりがなかなか付かなかった。
涙が引き彼女の胸から顔を上げた。もう6歳にもなって、大泣きしてしまった事が恥ずかしく、恐る恐る彼女の顔を見上げた。だが彼女はなにか満足したような顔だった。
「うん、落ち着いたみたいだね。それじゃ向こうに自衛隊がいるから保護してもらって――って1人じゃ危ないか」
彼女は1人でぶつぶつ呟いた後、手をこちらに差しのばしてきた。
「安全な場所まで一緒に行こうか」
僕は彼女の手を握り、「うん」と頷いた。
周りからは化け物の唸り声や人の悲鳴がこだましている。さらに少し離れたビルの影からは、異形の巨人の姿が見え隠れする。彼女は明らかに戦う力を持っている。そんな彼女が僕なんかに構っていて大丈夫なのだろうか。
「大丈夫だよ。絶対に守ってあげるから」
不安が顔に出ていたのだろうか。彼女はこちらを見ずに、安心させるように言い放った。
「あの、でもほんとに大丈夫なの?」
「うん、お姉ちゃんの仲間はみんな強いから」
そこからはたわいもない話をしながら街の外側へと歩みを進めた。この話の中で知ったのだが、彼女は魔法少女とかいうものらしい。ちなみに名前はヴァルキュリア。それであの化け物――魔獣と彼女は呼んでいた――と戦っていたらしい。あ、ちなみに僕の名前は衛藤夢莉だ。
「え!? 恩返しがしたいって? いいよそんな、無理しなくても」
「でもしたいの!」
「うーーーん……それじゃあ強い男になって」
「強い男?」
「そう、ただ力が強いんじゃなくて、自分のためじゃなく誰かのために動ける、強い人に」
こんな無駄話ができるくらいには、魔獣とは遭遇しなかった。周りからは依然として様々な声が響いているというのに。これはやはり彼女……ヴァルキュリアお姉ちゃんと一緒にいるからなのだろう。このまま何事もなく逃げられるに違いない。
だがそんな希望も次の瞬間打ち砕かれた。
大きなビルの横を通り抜けようとしたその時、上の方から何かが降ってきた。それが何かなど確認する必要はない。まず間違いなく魔獣だ。
落ちてきた何かは、ゆっくりと自らが作った土煙の中から出てきた。そいつを一言で表すなら鬼。筋骨隆々な体、頭には巨大な角、そして手には棍棒のようなものを持っている。はるか頭上から向けられる眼光は鋭く、見る者をすくませる。
ヴァルキュリアお姉ちゃんは鬼を見るや否や、突然僕を抱え元来た道を引き返し始めた。しかもものすごいスピードで。だがお姉ちゃんの体に隠れて見えないが、後ろからドスドスと重たい足音が響いている。何よりも恐ろしいのが、だんだんとその足音が近づいているということだ。
お姉ちゃんの顔を見上げると、こちらを安心させるように微笑んでくれる。おそらくだがお姉ちゃんだけなら逃げ切れるだろう。僕を助けてくれた時は、光のように速かった。だから僕はもしかしたら捨てられるかもしれない、という不安に駆られお姉ちゃんにしっかりとしがみついていた。
だが不幸はこれだけに終わらない。
――ワォォォォォォォォォン
この鳴き声とともに、狼の群れが現れた。もちろんただの狼ではない。ほとんどの狼は少し前にお姉ちゃんが倒したやつと変わらない。だが1匹だけほかの狼と比べて二回りも大きく、さらに首が2つもある。
お姉ちゃんは慌ててブレーキをかけ、僕を後ろに隠し武器を構えた。
前方に鬼、後方に狼の群れ。いくらお姉ちゃんが強くとも、こんな数相手に勝てるわけがない。僕もここで死ぬんだ。パパとママみたいにあの魔獣たちに食べられてしまうんだ。僕の心が絶望に染まっていく。
「――大丈夫だよ。お姉ちゃんは強いから」
お姉ちゃんは魔獣の群れに突っ込んだ。勇猛果敢に戦い、1体、また1体と魔獣を倒していく。しかし常に僕から、つかず離れずの距離を保っている。そう常に僕を守れる距離で戦っているのだ。お姉ちゃん、すごい。
そんなお姉ちゃんに、狼が焦れたように一斉攻撃を行った。さすがのお姉ちゃんもこれはつらいらしく、なかなかさばけないでいる。
――その時、僕の体が大きな影にすっぽりと覆われた。
後ろを振り向くと鬼が棍棒を振り上げているところだった。
鬼の顔が一瞬嗤ったかのように、口角が上がった。そして棍棒が振り下ろされる。
「だめぇぇぇぇ!!」
しかし棍棒が僕をつぶすことにはならなかった。突如飛来した銀色の棒のようなものが、棍棒を砕き、そして鬼の堅牢な表皮すらも砕き、鬼を刺殺した。
だが僕はその時の衝撃をもろに受けてしまい、吹き飛ばされてしまい、そして棍棒のかけらがこちらに――。
痛い、痛いいたいイタイ! なにこれどうなってるの!?
胸からドクドクと血が流れだしている。そしてだんだんと意識が遠くなっていく。
あぁ僕……死んじゃうのかな。
「死んじゃダメ! 生きるのを諦めないで!!」
え? なんでお姉ちゃん、そんな泣きそうな顔してるの?
「……ッ!? よかった。もうすぐ自衛隊のところに着くからね。それまでの辛抱だよ」
そして僕の意識はまた闇に閉ざされていった。
書いたあとで文章力のなさに悶えています。