四話〜俺は成功するまで何度も繰り返す〜
――キーンコーンカーンコーン キーンコーンカーンコーン
本日最後の授業が終わり、二度目のチャイムが鳴った。
時報のように一時間置きに鳴るチャイムだ。帰宅を促すものでもある。
「……ユイも部活を終えた時間だな」
壁掛けの時計を見れば時刻は五時半過ぎ。放課後になって俺は図書室で時間を潰していた。
最初の日のユイの行動は全部覚えている。
体育館に併設されているシャワー室で汗を流し、自動販売機でソフトドリンクを飲んで六時前に帰宅の途に着く。
俺もそれに合わせて動く。毎回同じだ。
読んでいた本を片し、ゆっくり下駄箱に向かう。
接触はダメだ。このタイミングでは、ユイは俺を受け入れなかった。一緒に帰る機会を失い、俺の見えないところで彼女は死ぬ。
それは看過できない。それだけは許せないんだ。
帰り支度を済ませ、ユイが正門を出た数秒後に下駄箱を抜けて、小走りで彼女の背中を十数メートル先に捉えられる位置に着く。
これで気付かれない。
今回行うのは、一度もしたことのない行動だ。上手く行えるかはタイミングと位置、速度が重要だろう。集中しないと……。
………………
…………
……
失敗した。少し遅かった。俺とユイが一緒に死んでしまった。……もう一度だ。
前回と同じ工程。けれど、タイミングは早く。
………………
…………
……
ダメだ。早すぎて俺だけが死んでしまった。初めての展開だが、多分ユイにはろくな未来が待っていない。それだけは分かる。
俺の死を見て発狂するのか、助けた先で別の死が待っているのか。分からないが、未来は明るくない。
もう一度だ。
………………
…………
……
ダメだ。位置が悪かった。ユイに気付かれてしまった。俺の視界から姿を消した瞬間……彼女は車に跳ねられた。
もう一度。
………………
…………
……
またダメだった。どう飛び込めば……。
もう一度。
………………
…………
……
今度こそ……そう意気込むのは何度目だろうか? 分からない。でも、なんとなくではあるけど、確信みたいな予感があった。
これが成功すれば、ユイを救える。俺は……解放されると。
結局は自分のためでもある。もう限界だと、何度も思いながらも繰り返せたのは解放されたかったからだ。
こんな苦しみから、痛みから、解き放たれたかった。
そのためには、俺だけが、ユイだけが助かってもダメなんだ。きっと、何かを支払わないといけない。だけど、命じゃダメなんだ。
もっと何か別の大切な物を代替わりにしないと。ユイも、俺も救われないんだ。
先にユイが見える。交差点の信号を渡っている。
左から突っ込んでくるダンプカー。その先には当然のようにユイがいて、運転手は当然のように眠っている。
何度も何度も何度も何度も見た光景だ。
初期位置。駆け出すタイミング。走る速度。腕を伸ばす角度。ダンプカーにぶつける身体の部位。全てを揃える。
何度も何度も何度も何度も何度も何度も! 検証を重ねた結果を、成果を、最善を、運を、出すっ!!
ユイの身体を背後から抱きすくめ、ダンプカーに背を向ける。
止まってはいけない。サッカーのゴールキーパーが、シュートボールに飛び込むような形だ。
ユイの足が地面から浮く。俺の鎖骨辺にある頭が驚きからか跳ね上がって見上げてくる。
抱きつく形は向かい合わせだ。位置を変えるのに、ユイがダンプカーを見ている瞬間が最適になる。
背中からだとユイはまず助からないからな。
――どうして
そんな声が聞こえた気がした。
極限の集中力のなせる技か、引き延ばされた時間。音は遠く、景色はゆっくり流れる。
ダンプカー接触まで一秒もない。それまでに微調整をしないと。
右腕はユイの左腕から背中を通って右腕を押さえる。強く、離れないように、アザが残るほどに。
左腕は首を支えて左側頭部に手を添える。強く押さえると、衝撃が伝わりすぎて脳がシェイクされてしまうらしいからな。
そして仕上げに……。
――大丈夫、俺が守る
伝えられたかどうかは分からない。言葉にできたのか、音になったのか、自分でも判別できなかった。
ただ、ユイの見開かれた眼だけが強く網膜に焼き付いていた。
ドン!!
耳朶を震わす衝撃音。次いで広がる背面部の痛みとキーーンという耳鳴り。ゆっくりだった景色は尚も遅延さを緩めないまま、俺とユイの身体を押し流す。
ダンプカーから逸れるように調整した衝突位置は上手く決まり、車の前面から歩道の方へ飛ばされた。
そのままだと、コントロールを失ったダンプカーは先のビルに突っ込み、確実にぺしゃんこにされる。生還率ゼロパーセントだ。だから逸れる必要があった。
身を固くするユイを見る。地面が迫っているのも見えた。心苦しいが、彼女を下にして、最初に地面と接触するように調整する。
打ちどころは頭だ。何度も試した。いける。今度こそ!
ドッ!!
ユイは強かに頭を打ち付け、俺は彼女を連れていかないように手放す。タイミングが合えば、上手く置くようにできるはずだ。
目論見通り、ユイは激突した地面に横たわっている。それを見届けて、俺の身体は反転。遠かった音も近くなり、ゆっくりだった景色も元に戻る。
一度アスファルトを跳ね、もう一度落下。背中から滑るようにしてようやく止まった。
痛みで飛びそうな意識を捕まえて、視線だけを動かして状況を確認する。
周りが騒がしい。人通りがなかった訳でもないし、民家もある。凄い音だったろうから、結構な人が気付いたはずだ。
キーーンと耳奥で高鳴りがして上手く聞こえないが、多分救急車を呼んだりだとかしてくれているんだろうな。
ユイの方を見れば、人が群がっていくのが見えた。安否の確認だろうか? 成功、してるといいな。
じわりじわりと熱が抜けていくのが分かる。擦った背中か、それとも頭を打ち付けたのか。全身が痛くて判別はできない。
もう、いい、よな? 休みたい。沼に引きづり込むような眠気に抗わず、俺は意識を手放した。