二話〜これまで〜
時刻は七時半。家から学校まで徒歩で半時間ほど掛かる。俺は、バスや電車は使わず、体力作りのためと歩きで向かうことにしている。
体力の作りのためと言ってはいるが、実際は定期券を浮かすためだが。
自転車通学もできるが、申請が必要で、入学時に面倒臭くてしなかったら、出し辛くなった。今更感がどうも拭えない。
ただ、今の俺には思考するのに丁度良かった。道中に、これまでのことを整理できるから。
俺は所謂タイムトラベラーだ。と言っても、別の時代から来て、この時代の俺を殺して成り代わっているとかではない。
なんと言えばいいか……意識だけ? 経験か? ああ、こっちの方がしっくり来るな。未来での経験を持った『俺が』過去の身体に入る、みたいな感じか。
未来で死んだら意識だけがタイムスリップして過去の俺に宿る。
どこぞの陳腐な物語みたいなふざけた話だが、それが俺の身に実際に起こっている現実であった。
始まりはユイの死だった。
交通事故だ。信号無視したダンプカーが部活帰りのユイを跳ねた。居眠り運転だったらしい。
検死の結果、即死だったと聞いた。
勿論、幼馴染みとはいえ、疎遠だった俺が一緒に帰っているわけもなかったが、知ったのは夕食の最中だった。
ユイの母親――菫おばさんと交流のあった母が連絡を受けた。
死に目には会えなかった。勇気が出なかったんだ。ただ、ぽっかり心に穴が開いたようだった。
高嶺の華だと諦めていたのにな。幼い頃の恋心を抱えたまま俺は高校生になって、彼女の死を知った。
何も手に付かなかった。勉強についていくための予習、復習も。好きなラノベを読むことも。バイトも。彼女の葬式にもいけなかった。
数日後、脱け殻になった俺は、車に跳ねられて死んだ。生きたいとも思えなかったから、車が迫ってきても恐怖は覚えなかった。
で、気付いたら自分の部屋で目を覚ましていた。
今日と同じ日付、時間に。
当然大きな混乱はあったし、母と父にもいろいろ聞いて困らせた気がする。
ただ、心配した母が俺を無理に休ませた。
そして……またユイが死んだ。
悲しみの度合いは前回と変わらなかった。魂が抜けて町を徘徊。同じように車に跳ねられてまた俺も死んだ。
二回目で思った。俺は死んだら過去に戻るんじゃないか? と。
これが超能力だとか、怪奇現象だとかは分からない。ただ、ユイが死ぬと何故か俺も死んで、ユイが死ぬその日の朝に戻る。
そう結論付けた。
三回目、俺はその日の――今日の放課後、ユイを引き止めて助ける。
すると、彼女は死ななかった。当然だ。死因はダンプカーに跳ねられることなんだから、それを回避したら彼女が死ぬことはない。
……でもな、そんなに甘くなかった。
翌日、彼女は朝の通学途中で建設中の高層マンションから降ってきた鉄骨の下敷きになって死んだんだ。
クレーンのワイヤーが切れたことが原因だそうだが、そんなことはどうでもいい。
彼女がまた死んだ。バカなと、こんなことがあるかと思った。
迷いはなかった。俺は学校の屋上から飛び降りた。
そしてまた│今日《四回目》を迎えた。
ダンプカー、鉄骨を回避した。一安心とは思えず、ユイと一緒に登校した。二度あることは三度あるだ。
戸惑っていた彼女だったが、昔に戻ったみたいだね、何て笑っていたっけな。
俺にも浮かれがあった。学校は二駅先だった。
電車通学の彼女に合わせ、俺も電車にした。何が起こるか分からないからだ。
警戒はしているつもりだった。……でも、彼女はまた死んだ。
誰かに背中を押し出され、誤って線路に転落……そのまま電車に……
クソッタレが! そう叫んだ記憶がある。
急停止を掛けながらも、いまだに動き続ける電車に突っ込んで自殺した。これが一番痛かったし、恐怖もあった。
でも、彼女の死よりは耐えられる気がした。
で、五度目だ。
ダンプカー、鉄骨、電車。警戒を怠らなかった。全部回避した。
一日、ユイを見ていた。もう油断はしない。そう……思った。
二日目の夜。ユイの家が燃え、おじさん、おばさんと一緒に彼女は死んだ。
放火らしい。
ああ、油断だ。家に付けば大丈夫だと思った。でも、ダメなんだ。どうしても彼女は死ぬ。そして、俺は彼女のいない世界では生きられない。
だから、自分の胸に包丁を突き立てて自殺した。
六度目だ。
もう驚かないし、油断もない。
ああ、思い出した。これぐらいからかもしれない。家族が俺の具合を確かめ始めたのは。
心配を掛けてごめん。そう心の中で謝って、それでも笑えなくて、眉間に皺が寄って、どう回避するかって考えて、どうにもならなそうで。
それでも、やっぱりユイには生きていて欲しかった。
六度目から、俺はユイの傍を離れなくなった。
夜を通して放火犯を捕まえた。
ユイが旅行先で崖から土砂崩れに巻き込まれた。
九度目。ユイが海で溺れた。
十一度目。強盗に。
十四度目。あおり運転で一家もろとも。
十九度目。ストーカーに刺されて。……ストーカーは男子バスケ部のイケメンエースだった。振られた腹いせらしい。
二十八度目。……学校の不良連中に犯されて。
四十六度目。……ヤクザに拉致されて。
このヤクザは不良連中と繋がりがあった。薬のバイヤーなんかもさせてたらしいし、汚れ仕事も……
便利な道具が警察に捕まったから腹いせなんだとか。組長のハゲデブに聞いた。
ヤクザで最後だった。どう足掻いても、ユイが拉致されるんだ。
散々嬲られ、薬付けにされる。そして海外に売られるんだ。日本で処理した場合、ちょっとした拍子に発見されてことが大きくなるから。
拉致された後に救出すると、ユイは高確率で灰人になっている。
そして三月一日、正気に戻って発狂。それから全身を痙攣させて泡を吹いて……死ぬ。
彼女は自分の身に起きたことに耐えられないんだ。だから、そうなる前に救いたかった。
でも、ヤクザは巧妙で、ずる賢く、人の隙に敏感だった。
記憶だけが、経験だけが戻る俺は身体を鍛えても意味はない。アクション俳優のようにヒロインをカッコよく救えない。
裏社会の組織に、余りに無力すぎた。
神様ってのがいるなら、なんでユイには死ぬ運命しか待っていないのか。俺はなんでタイムスリップ何てするのか聞きたい。
そう定めた神がいるのなら、殺してやりたい。
数えるのも億劫だが、今は二百七十四度目。
もう限界だった。どうにかなりそうだった。
いや、とっくにぶっ壊れてるか。自分の好きな女を殺してるんだもんな。
とうに俺はおかしくなってるんだ。
でもさ、苦しんで死ぬ姿は見たくなかったんだ。
必ず、三月一日にユイは目を覚まし、三時間くらい悶絶して死ぬんだ。あんまりだろう、それは。
それだけ酷い扱いを受けたってことなんだと思う。
今日の行動を考えないといけない。
流れを大きく変えると、不足の事態が起きることは経験積みだ。日々の細かな行動では変化はないが、ユイを救うタイミングが重要だった。
例えば、最初のダンプカーは直前でないとダメだった。学校で引き留めたりしても、その信号で必ずダンプカーが迫ってくるんだ。どの時間でもだ。
一緒に行動して、少し道を変えたりしないといけなかった。
不足の事態は俺の行動を鈍らせ、判断を間違えることもある。その度に繰り返し、最適解を見つけないとならない。
時間が掛かる。だから、前回見つけた最適解を辿り、次の死へ進む。でも、それだと何も変えられない。
……怖がってられない、か。
なら…………