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プロローグ〜もう一度、何度でも〜

 突然だが、俺には幼馴染みがいる。

 背中半まで伸ばされた栗色のさらさらな髪。くりっと大きな目。通った鼻筋。身長は160少しくらい。身体の線は細いのに、ずっしり重そうな胸。きゅっとくびれた腰。引き締まった細くて長い手足。

 加えて、勉強ができて、スポーツ万能で、巷で噂になるレベルの美人で、人当たりがよくて男女に分け隔てなく人気がある。そんな幼馴染みだ。


 高校二年生の俺達は宇澤高校に通っている。

 結論から言えば、俺は彼女が好きだ。……たぶん片想いだろう。

 バイトの関係で筋肉質ではあると思うが、中肉中背、容姿もぱっとしない。成績が良いわけでも、スポーツが得意なわけでもない。友人も多いとは言えない。

 ゲームとラノベが趣味のキモオタ……何て呼ばれているのは、たまたま耳に入った陰口だけど、まぁ、そっちよりなのは認める。キモくはないはずだけど。


 そんな俺――藤佐田 隆之(ふじさだ たかし)と彼女――華道 唯果(かどう ゆいか)が幼馴染みなのは、同じ町で育ったことと、家が近いこと、それと近所には同年の子供がいなかったことが関係している。

 単純にまとめると、運が良かったってだけだ。


 幼稚園、小学校、中学校、高校と縁が続いている。高校は彼女がバスケの推薦で入るのを聞いて、必死こいて勉強して入れただけだけど。

 軽いストーカーだなぁ、何て当時を思い出すと自分で気持ち悪く思ってしまうが。


 今ではお淑やかな彼女だが、昔はヤンチャだった。

 木登りにボール遊び、かけっこ、虫取り、近くの河川で拾った枝に蛸糸と針を付けて簡易な釣竿を作って魚釣りもした。……餌がなかったから何も釣れなかったけど、それだけでなんか楽しかった。

 中学に上がると、クラスメイトの男子が結婚しちまえよ、とか女と仲の良い情けない奴みたいに茶化すもんだから、一緒にいるのが恥ずかしくなって、側を離れてどんどん疎遠になっていった。まぁ、ありがちな話だ。

 男女の幼馴染みなんてそんなもんだろ。


 中学一年の二学期に、彼女はバスケ部に入部してすぐに頭角を表して人気者に。

 俺は彼女が一緒にいないことに寂しさを覚えて二次元に。

 かわいい幼馴染みとあんなイチャイチャ、しかも、主人公はその好意にすら気づいていない鈍感っぷり、俺にそのポジション代われよ。

 と、思いながら幼馴染みに好かれる主人公に憧れるのだ。自分から距離を取ったくせに、情けない。彼女といるより断然情ない。


 話が逸れた。


 何が言いたいかっていうと、前述した通り単に俺はユイが好きだって話だ。

 会話のない今でもな……


 だからこそ、俺は今から彼女を………、華道唯果を………………、ユイを……………………殺すんだ。



 ここは県内一番の大学病院。

 ユイはその病院の一角、六畳ほどの個室で寝かされている。

 月夜の明かりに照らされている彼女に意識はない。点滴が射たれ、栄養剤が注入されている。

 自分で呼吸する力も、意思もないユイに呼吸器が取り付けられている。

 他にも色んな生命を維持するための装置や、危機を知らせる装置から管が伸びてユイに繋がれている。


 普段は親類以外の面会は謝絶されていて、本来俺がこの病室に入ることは許されない。

 では何故俺がここにいるのか? 忍び込んだ以外にない。

 看護師の見回りルート、時間、顔を向ける瞬間。全てを知っている(・・・・・)

 忍び込むのは容易い。それに、今は一月の半。病室は兎も角、院内も結構な寒さだ。早足になり、見回りも少しおざなりだ。


 目を閉じるユイの頬をそっと撫でる。

 彼女の自慢だったふっくらもち肌の頬は痩せこけていて、若々しさを感じられない少しかさついた肌触り。まだ青さの残る打撲痕が痛々しい。

 唇も真っ青に色褪せ、身体には所々に包帯が巻かれている。

 彼女が入院して一月半。残虐な事件に巻き込まれた彼女の身体には、クソッたれ共の付けた傷痕が多く残っている。

 その中でも異質なのはピンクの病院服に隠れた両腕。包帯の下にある注射痕だろうな。

 医師の話によれば、海外から密入されたドラッグらしい。効能は……覚えきれなかった。覚える気さえ起きないとも言えるな。

 媚薬のような作用だとか、幻覚、幻聴があるとか、痛みを感じなくするだとか、思考が途絶するだとか。

 しかも、質の悪いことに依存性が極めて高いということで、危険視されているらしい。


 女としてだけでなく、人としての尊厳も奪われ、果てには海外に売り払われそうだった彼女を間一髪……いや、それは正しくないな。

 予定調和だ。救えないと分かった俺は手薄になる瞬間を知っていて(・・・・・)、そこを狙って彼女を救い出した。

 彼女が拐われた瞬間に、俺は無駄だと理解して、救えるチャンスのみに一点集中を掛けた。


「……始めるか」


 まず、ナースセンターに患者の危機を知らせる装置のコードを切断する。

 次に、ユイをこの世に繋ぐ呼吸器を取り外す。

 …………これで、彼女はもう生きられない。七分五十三秒後に、死ぬ。


「ユイ、好きだ」


 こんなときにしか、自分の気持ちを現せられない俺は、なんとヘタレだろうか。

 苦い思いと自嘲をない交ぜにして、彼女の青くかさついた唇に、自分の唇を重ねる。その時が来るまで……


 ぽつりと、ユイの目尻に雫が落ちる。


(まだ、泣けるもんなんだな)


 それが自分の涙であることは理解している。

 ()()()()()()()()()()で涙が出る。

 心はとっくに壊れている。でも、やっぱりこの瞬間だけは堪えられない。


 やがて、ピッピッピッと脈を計っていた電子音が緩やかに、止まる。ピーーーーと横一線になった心電図を眺め、長かった口付けを漸く終える。


「じゃあな、ユイ。今度は(・・・)救ってみせるから」


 最後に触れる程度に唇を額に落として病室を出る。


 巡回ルートを把握している俺は、容易く屋上まで辿り着く。

 ドアを開けると、ビョウッと寒風が髪を撫で、体温を奪っていく。


「寒いな」


 時季が時季だ、当然だな。


「……」


 迷いもなく、俺は屋上の縁まで歩いていく。

 落下防止のためか、コンクリートで固められた腰より少し高い位置にある縁に上り、振り返る。


「待ってろ、ユイっ! 俺は諦めないからなっ!!」


 強く、強く。天に届けと、│過去・・に届けと想いを乗せて叫び、コンクリートを蹴って宙に身を投げる。


 四階ほどの高さ。下はアスファルト。落ちれば……死だ。

 恐怖はない。あるのは胸に秘めた固い決意だけだ。

 浮遊感は十数秒。強い衝撃と目が眩むような熱を覚え、次に強烈な痛みが襲ってくる。

 ズキンズキンと地面と接触した場所が、脈を打つような熱を持つ。そこから俺の熱が奪われていくようで、身体が冷たくなっていくように思えた。


 視界はもう霞み、音も遠い。

 天に見える月が綺麗だ。そこに元気だったユウの面影を見て“必ず”と決意を更に固める。


 経験(・・)から言って、もう数秒で俺の意識は落ちる。そうすれば、すぐに死ねるだろう。


 そう思考して、視界は徐々に暗くなり、思考も散漫になっていくのが分かった。


 切れ掛の蛍光灯のように明滅を繰り返し…………


 …………


 ……

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