51.準備期間
※長話回。
「あ、サクマちゃんだ!おかえり~!」
「サクマちゃん、おかえりなさい!」
「た、ただいま、です」
きゃいきゃいと上がる明るい声に、俺は小さく笑いながら返事を返した。
西支部の狩人組合から東地区の寄宿舎へと飛び帰り、いつものようにセキュリティ術式のチェックを終えてから扉を潜ると、受付カウンターにいる二人の小さな女の子が俺を出迎えてくれた。
「ペトルちゃん、フラウラちゃん、今日は受付のお手伝いですか?」
「「うん!お母さんのお手伝い!」」
そう言って、二人は眩しい笑顔を浮かべる。
寄宿舎を切り盛りするミテラさん夫婦の娘さんで、次女のペトルちゃんと三女のフラウラちゃんだ。
「ゾーンお兄ちゃんは調理場でおじいちゃんとお父さんのお手伝いしてるし、フルールお姉ちゃんだってお母さんのお手伝いをしてるんだもの。 アタシだってもう十一歳よ、何でもできるわ! ね、フラウラ!」
「ね~! ペトルお姉ちゃんもフラウラも、ちゃ~んとできるよ!」
新人狩人の寄宿舎を支えるミテラさん一家をざっくり説明すると、大黒柱のウィルさんに、祖父パプスさん、長女のフルールちゃん、次女のペトルちゃん、三女のフラウラちゃんの七人家族になる。
「あ、そうだ! サクマちゃんに渡してほしいってお手紙預かってるのよ!」
「手紙、ですか?」
ペトルちゃんはピョンと椅子から飛び降り、ごそごそとカウンター脇から何かを取り出した。 それは淡い乳白色の封筒だった。
「お城の騎士さまからのお手紙! 今朝、サクマちゃん達が出かけた後に騎士さまが来て、東支部の狩人組合でもサクマちゃんに会えなかったからって預かったのよ。 はい!」
高級そうな羊皮紙の手紙を受け取ると、封筒の表には俺の名が書かれてあった。
今日は午前からオネットさんと魔物狩りに出かけてしまっていたから、騎士はタイミング悪く入れ違いになってしまったのだろう。
カウンター脇にあるペーパーナイフを借り、封筒の蝋を切って中身の手紙に目を走らせた。
(…あ、やっぱ密偵関連のことか)
密偵事件についてのふんわりとした経過報告に、狩人組合へ箝口令に関してのふんわりした文面だった。 果てに、詳細を聞きたければ近日中にでも城へ来てくれとか、狩人組合の依頼について快諾してもらえたら非常に助かるとも書かれてある。
ふんわり、というあたりで察してほしい。 どの一文にも明確な単語は使われていないのだ。 事件にかかわった俺だからこそわかる文面で、詳しく書けないのは国家機密が関わっているからだろう。 そして、一文の最後にはカダム・ノブレ・ヴォルペの名前。
(依頼元は宰相様か…)
あの穏やかなフェイスで腹の内が読めない宰相様が脳裏をよぎる。 一国のTOPⅡからのお言葉だ。 依頼というよりは命令というルビが見えそうだ。
手紙から視線を外すと、瞳をきらっきらにさせているペトルちゃんとフラウラちゃんが見つめていた。 小さな彼女達に見せる内容でもないので、俺はいそいそと手紙を腰の鞄へとしまう。
「確かに受け取りました。 ありがとうございます、ペトルちゃん」
「ふふんっ、ちゃ~んとお仕事できるでしょ? サクマちゃんもお姉ちゃんみたいにお仕事できるようになるといいわね!」
えっへん!とばかりにペトルちゃんが自慢げに胸を張る。
見目年齢が十歳前後の俺はペトルちゃんより身長が数センチ程低い。 年下に見られるのは仕方がないだろう。 が、齢十一歳の児女に年下扱いされる中身三十五歳の俺。 なんのプレイだ。 そんな線の細い趣味は持ち合わせていないぞ。
「そうですね、ペトルちゃんを見習っておれも精進します」
「ふふん、サクマちゃんはアタシより年下だもの、困ったことがあったらアタシを頼ってよね!」
ここは素直に幼女を立てておくと、ペトルちゃんは頬っぺたを桃色に染めて満足そうに笑った。 その笑い方はミテラさんにどことなく似ている。
「ええと…フィエルさんとオネットさんは部屋に帰ってますか?」
「あのお姉ちゃん達なら食堂の方で待ってるわよ! お腹ペコペコにしてるんじゃないかしら?」
「そうですか、わかりました。 二人ともお手伝い頑張ってくださいね」
「もっちろんよ! ね、フラウラ!」
「ね~! フラウラもがんばる~!」
ペトルちゃんとフラウラちゃんが元気に声を上げた。 存在自体が若さ塊というか、エネルギー波動が全開で眩しさに目が潰れてしまいそうだ。
いそいそと食堂へ向けて足を動かした途端、後ろから声が上がる。
「「サクマちゃん~! 今日の三つ編みかわいいね~!」」
「…ド、ドウモォ…アリガトウゴザイマスゥ…」
俺の背でフィエルさんが編んでくれたおさげがふわりと揺れた。
ミテラさん一家の女子たちには、時々こんな風に髪型を褒められる。 褒められた次の瞬間には、髪の毛を長く伸ばしたいだとか髪飾りが欲しいだとか、そんなガールズトークが続くのだ。 小さくても女の子はおしゃれに敏感らしい。
食堂フロアーへ向かうと、賑やかな声と食欲をそそる匂いが俺を包み込んだ。
若い狩人の男どもがワイワイと飲み食いをしている間を、ミテラさんと長女のフルールちゃんがテキパキと料理を運んでいる。
狩人の集団から離れた奥側のテーブルに、ヘーゼルナッツ色の頭と鮮やかな赤髪の頭が見えた。
「フィエルさん、オネットさん、ただいまです」
「おー、お帰り、サクマ」
「サクマ、お帰りなさい!」
オネットさんが片手を上げ、フィエルさんが笑顔で返事を返してくれた。 二人の笑顔を見ると、なんだかホッとする。
(…家じゃないのになんだか変な響きだよな。 おかえりなさいって)
若干の照れくささを隠しながら席に座ると、オネットさんが身を乗り出しながら声を潜めた。
「サクマ、西支部の用事は済んだのか?」
「はい、どうにか…」
「なんだ、その微妙な顔は」
「何かあったの?…そういえば、王宮から手紙がサクマに届いてるって聞いたけど…。 私達にも来たのよ、手紙。 内容は中身のない経過報告って感じで…。 あ、もしかして何か無茶なこと言われた…?」
フィエルさんは心配そうに顔を覗き込んできたので、俺は慌てて顔を横に振った。
「あ、いえ、問題があった訳じゃないんです。 どちらかと言うと良い話で……ええと…食事が終わってから話します。 ちょっとここでは人の目もありますし…」
きょろりと回りに視線を動かしてながら言った。 認識阻害の魔道具を使えば内容を知られることはないが、人が多い食堂で話すには落ち着かない。
「…わかったわ。 後でね」
「じゃあ、飯食っちまおうか」
そう言ってオネットさんがミテラさんを呼ぶと、すぐさま栄養満点そうな料理がテーブルに並んだ。
野菜たっぷりのスープに焼き立てのパン、牛型の魔物のお肉を贅沢に厚切りにしたステーキ料理だった。
「今日は豪勢に黒毛牛の魔物肉だよ~!」
「へえ、珍しいですね、魔物のお肉が並ぶのは」
「普通の牛や豚より値段が高いからな。 けど、今日は…」
「うちの旦那が偶然、牛の魔物を狩ってきてね! それで今日は豪勢に厚焼き肉さ!」
オネットさんの言葉の続きをミテラさんが続けた。 片手に水差しを持ち、もう片方にはコップが三つ。 リズミカルにコップを置いていくとミテラさんは自慢げに笑う。
「ここ何年も包丁ばっか握ってた旦那だけどね、狩人時代の腕は鈍ってなかったみたいでさ、魔物の首をざくっと吹っ飛ばしたんだよ! 惚れ直しちゃったわ!」
「…えっ、ここら近くに魔物が入って来たってことですか?」
何やら惚気話になりそうだったが、俺は思わず遮るように聞き返してしまった。
オルディナ王都はかなり広い。 何度も城壁を取り壊して建て替えるぐらいには大きくなっているらしいのだが、その過程で城壁は取り払われた。
城壁がない分魔物の侵入が危ぶまれ、国は南北東西に狩人組合の砦を立てて城壁の替わりにしたのだ。
「年に数回ぐらいかしら。 東支部の狩人の目を掻い潜って来ちゃう魔物がいるみたいでね、街を守る魔道具もオンボロになってきてるのかもしれないねぇ」
「それ、かなり危ないのでは…」
「ああ、ごめんね、現れたのは寄宿舎周辺じゃなくって、南東に広がる畑の端っこの端っこらしいから。 安心しておくれよ!」
「「女将~、追加で酒瓶三本~!」」
「あいよー!」
ミテラさんは俺の頭をやんわりと撫でて、狩人達のオーダーの声に反応して飛んでいった。
「…畑の端っこ…かぁ…」
オルディナ王都の南西、南東に向かって畑が広がってはいる。 だが、畑を越してしまえば人が暮らす住宅に近づくことになるのだから、もう少し対策をすればいいのに。 北海道だって熊が出たら大騒ぎになるのだ。 そのたびにニュースになり、銃で撃ち殺せば道外から可哀そうだとクレームが来るけど。 人が死んでしまったら一大事なのにな。
「……フィエルさん、魔物に気を付けてくださいね。 狩人組合が近いとはいえ、魔物と鉢合わせになれば…」
「そうね…魔物も年々増えてるっていうし…気をつけなきゃね」
「ん? あたしが帰りもフィーと一緒に行動するから、そこは安心していいぞ」
「ふふっ、オネが一緒なら安心ね! それに、サクマが貸してくれた魔道具もあるし!」
「ああ、これがあれば無敵だな」
フィエルさんとオネットさんはそう小声で笑う。 イケメン女子が一緒なら鬼に金棒レベルだろうな。
「んー!おいしい!」
「ん゛~、うんまっ。 これアタリ肉だ。 食いごたえあるなぁ」
「美味しいですね、魔物肉!」
手を合わせて食べ始めると魔物肉は柔らかくてジューシーな触感だった。 以前、黒猪の肉を食べたことはあるが、こちらはまさに味は牛肉。 じっくりと鉄の鍋で焼かれた肉は魔物独特の臭みもなく、ミディアム加減で柔らかい。
普通に考えて、魔物は元と正せば野生生物。 それらが高濃度の魔素の影響化で狂暴化、強化、巨大化して魔物となる訳で。 動いている魔物はなかなかにグロかったり凶悪なフォルムをしているのだが、解体して肉だけになればそれはもはや食材にしか見えなくなる。 人間の目と脳みそって都合よくできてるよな。
ともあれ、魔物肉は高級素材の部類になるので、一般家庭に並ぶような時は記念日や特別な日になるそうだ。
普通の家畜肉とは違い、美味で人気が高く栄養満点。 ほんのり魔力を帯びているから味に深みが出るという。 魔物食も奥が深そうだ。
(魔物肉は美味しいなぁ~、狩って売っても食べても美味しいんだからすごい)
厚いステーキを頬張りながらテーブルの迎えに座る二人の顔を眺めた。 フィエルさんもオネットさんも美味しそうに味わって食べている。
(…俺が魔物を狩って稼いだ五割、受け取ってもらえるだろうか)
彼女達のことだ。 目を真ん丸にして拒否りそうだなと思った。
夕食を終えて部屋へ戻り、依頼の事やお金のことをいつ切り出そうかと俺がモゴモゴしていると、オネットさんが片手を差し出してきた。
「サクマ、これ」
「へ?」
彼女の手の中には小銀貨三枚、銅貨八枚、小銅貨九十枚のお金が。
「…その三十八万九千オーロ、どうしたんですか」
「どうしたって、今日のお前の稼ぎだろうが」
「…あっ!」
しょうがない奴だなとばかりに、オネットさんに頬を突かれた。
「大半の魔物はお前が狩っただろ? あたしが狩った熊型の魔物の値段だけ……あ~、二十五万オーロだったかな。 その分だけ差し引いてる。 そろそろ雨期になるんだ、稼ぎも減るだろうから無駄使いせずに取っておけよ」
「は、はい…」
通貨を押し付けられた末、頭も撫でられた。 まるでお小遣いをもらう子供のようだ。 お小遣いっていう金額じゃないけど。
しかし、雨期という単語が気になった。 こっちにも梅雨の時期があるのか?
「…雨期になるとなんで収入が減るんですか?」
「そりゃあ、雨で視界が悪くなる分、魔物と遭遇率も低くなるだろ? 大地にとっちゃ恵の雨だが、狩人にとっては厄介な季節だ」
鳴神月の上旬から七夜月上旬頃、雨が降る日が多くなると彼女は説明してくれた。 狩人にとっては雨で足元もぬかるんで武器も滑りやすくなる。 魔物との戦闘に危険度が増す時期だとか。
逆にそれを利用し、森や山に数週間も籠って魔物狩りで荒稼ぎなんてサバイバル上級狩人もいるらしいが。 中級、下級の狩人は長期休暇のようにのんびり過ごすのが恒例だという。
(…なるほどな。 なら、純魔石の依頼も丁度いいかもしれないな)
途端に脳みそがプラス思考に回り始める。 オネットさんが乗ってくれるかはわからないが、稼ぎの件や依頼について話すなら今しかないだろう。
「……オネットさん」
「うん?」
彼女から受け取ったお金を腰の鞄へ納め、俺は彼女の顔色を窺いながら話す。
「前に話した件ですが…おれが稼いだ金額の五割、受け取ってくれるっていう話を覚えてますか」
「……ああ、そういえばそういう話してたな」
「サクマが仕事したいって言いだした時にしてたわよね?」
オネットさんとフィエルさんは、それぞれ鞄から布やらタオルやらを出し始めている。 お風呂の準備をし始めた二人の背を見つめながら、俺は鞄からお目当ての通貨を取り出した。
「タダ飯ぐらいは嫌だって気にしてたもんな、サクマ」
「別にいいのにね」
くすりとフィエルさん達が笑う。
以前、彼女達と話し合いをした上で、俺が稼いだ額の五割を渡すと約束を交わしたのだ。 まあ、俺が職業詐称していた上での口約束だったけど。
「初魔物狩りで稼いだお金を訳あって今日受け取って来たんです。 その五割の金額、受け取ってもらえますか?」
「「……うん???」」
そこで二人の動きが止まった。 彼女達は思い出したのだろう、俺が皿洗いではなく狩人職を選んだことに。
「……サクマ、お前……?」
「え、え? あ、そっか、サクマは狩人になったって言ってたものね。 初狩りのお金を今日受け取って来たの?」
「…はい、ちょ~っと査定に時間がかかって今日になってしまったんですが…」
俺がぎこちない笑顔を向けると何かを察したのか、オネットさんがひくりと口の端を痙攣させたのが見えた。 その、お前何しでかしたのって目で見ないでほしいなぁ~!結構、傷つくぞ~!
「これが初日の稼ぎの五割です」
スッと俺は彼女達に向かってお金を差し出した。 銀貨十枚と、銅貨七枚、小銅貨五十五枚。
本来なら小金貨一枚渡すべきかと考えたのだが、明らかにデカい通貨なので使いやすい銀貨にした。俺の無駄な気遣い。
「……………」
「……………」
案の定フィエルさんとオネットさんはフリーズしてしまった。
「――…ご、五割…?」
「……はい」
「これで…? だって…銀貨十枚…一千万オーロ…!?」
沈黙することたっぷり五秒。 オネットさんとフィエルさんは震える声で聞いてきた。
「…二千十五万一千オーロを稼いだので。 …その五割、千七万五千五百オーロきっちりです」
「「にっ…!?!」」
小動物みたいな鳴き声を上げて二人はまた固まった。
「…一応…これ、証拠です」
通貨をそっとベッドの側にある棚の上へ置き、鞄から魔物の買い取り金額が詳細にかかれた書類を取り出して、彼女達に見えるように差し出す。 二人はのろのろと書類を眺めて一言。
「…うっわ…純魔石の金額えっぐ…バリバリの上級狩人が森籠りで稼いだ数ヶ月分の額じゃん…」
「わあ、なあに?この魔物の名前…聞いたこともない…」
フィエルさんは目を真ん丸に。 オネットさんは苦虫を潰したかのような顔をした。
「この純魔石の値段…サクマ…まさかどっかの魔素溜まりに行ったのか?」
「はい、東の森…セグレートっていう森の奥に行きました」
「知らん所で遠くまで……そりゃこの金額にもなるか…。 …どうりで赤魔石の値段が暴落する訳だ。 お前が元凶かよ~」
「んぶぇ」
ぶにりとオネットさんに頬を引っ張られた。 が、少し間を置いて彼女の口から小さくため息が漏れる。
「……こんな大金を受け取れっていうのか? たしかに、あたしらは五割受け取るとは言ったけど…まさか、こんな額だなんて…」
「ええ、流石に…多すぎる。 こんな大金受け取れないわ」
そ う 言 う と 思 っ た !
フィエルさんもオネットさんも困ったように眉毛が八の字になってしまっている。 そんな顔をさせたい訳じゃないのだが…。 正直、俺自身もここまで一気に稼げたのは予想外だったのだ。
新人狩人の平均年収を優に超える額。 二人とも真面目な気質だからこそ、この額をほいほい受け取ってもらうことは難しいだろうとは予想できた。
「…なら、今まで支払ってた食費や宿代とかを支払わせてください。 せっかく稼げるようになったんですから、一緒に暮らしている以上は月にかかる生活費や今後の貯蓄もおれに手伝わせてくださいね」
俺の当初の目的は、一日ぼんやりと過ごすメンタルに悪い生活スタイルの改善と、甘やかされてはタダ飯を食らうヒモ生活から脱却したい!そんな考えから起こした行動だったのだ。
致し方が無くお金を乗せた両手を引っ込め、俺はいそいそと鞄から羊皮紙とペンとインクを取り出た。 引っ張り出した紙に、今まで掛かっただろう食費代と宿代を計算して紙に書きまとめていく。
月あたりにかかる三人分の食費や宿代は新人狩人割のおかげで十二万オーロぐらい。
現状はオネットさんが主力で稼ぎ、フィエルさんが生活費の支払いや貯蓄の管理をしている。
だが、オネットさんは日に七十万前後を狩りで稼ぐこともあるが連日とはいかないのだ。 何せ魔物相手だ。 遭遇しない日も勿論ある訳で、当面の月収目標額は三百万~五百万と彼女は言っていた。
フィエルさんは医務室の助手兼見習いで、固定で月収二十万程。 財布と心に余裕が生まれる収入額だよな。 そこに俺も加われば三ヶ月後にはかなりの額が溜まるだろう。
ただ、俺があまりにも高額な金額を渡せば彼女達は遠慮してしまうのは確実。 なので、平均的な新人狩人の設定で貯蓄にどれぐらい入れるかを紙に書きこんでいった。
まあ、例の純魔石の依頼を受けたらぶっ飛んだ収入額になるかもしれないが。
これでどうだ!と数字を出して二人に見せつけると、緑色の瞳と青い瞳をぱちくりと瞬きをする。
「…あ~…これぐらいだったら駆け出し狩人って感じの額だな…。 …つか、今までかかったお金よく正確に覚えてんな……サクマ、お前あんまり細かい事ばかり心配してると禿げるぞ」
「!? はっ、ハゲてませんよ!?」
「サクマの髪は細くて白いから、おでこの生え際がちょっと薄く見えるだけだもんね。 …けど、生活費入れてもらえるのはとっても助かるけど…もうちょっと甘えたっていいのにぃ…」
「!!? うっ、薄く見え…!? …あ、いえ、フィエルさんはおれをダメ男に育てたいんですか…っ!」
俺の頭髪事情は追々真剣に考えるとして。 ダメ男製造機はあかんぞ。 それに金銭問題は友情や夫婦中、果ては上司部下、友人関係を爆速で破綻に導くきっかけにもなるのだ。 そこはきっちりしておきたい。
「…わかった、わかった。 その子供扱いだけはやめろっていう熱意だけはわかったよ。 高額は受け取れないけど、サクマも貯蓄に手助けしてもらえたら助かる」
「ふふっ、サクマがいると逆に私達が甘えちゃいそうになるわね」
フィエルさんとオネットさんはのほほんと喋る。 個人的に甘えてもらっても全然構わないんですよ、なんて言っても、彼女達はそれを良しとしないだろう。
「…そうだな。 数ヶ月働けば、どこにでも行けて立派な家を建てるぐらい金も溜まるだろ。 …ただ、すぐに新天地へ引っ越し、なんてできないよな? フィーの魔術の試験が来年にあるだろ、それまで王都から動けなくなるだろうから…」
「あ、そっか。 せっかくケット先生に教えてもらえてるから…来年の合格もぎとるまで王都で勉強できたら私はありがたいけど…それでもいい? オネ、サクマ」
フィエルさんがちょっと申し訳なさそうに俺とオネットさんを見つめて来た。 フィエルさんのその顔は、オネットさんも俺も弱い。
「あたしは構わないよ。 頭の痛い密偵問題も解決したことだし、焦らずゆっくり稼げばいいさ」
「あ、おれも大丈夫です。 それに、おれも王都でまだ調べ事もあるので…そっちの方は時間がかかりそうなんです」
「…そっか! よかった…! 魔術資格は来年受けるとして。 今年中に薬学資格、医療資格もぎとるわ! 色々と仕事に便利そうなの!」
ぱあっとフィエルさんの表情が明るくなる。 資格あるなしで出来る仕事の幅やら給料の額が広がるんだとか。 フィエルさんも色々と考えているようだ。
「――さて、雨期で稼ぎが少なくなるというオネットさんに朗報が」
きりりとした声で告げると、オネットさんの瞳が訝し気に細まった。
「…なんだその口調。 …飯前に行ってた相談したいって話か?」
「そうです。 実は狩人組合を通して俺に依頼が来てまして…純魔石についてなんですけど。 …その依頼、オネットさんも参加しませんか?」
「…う。 金の匂いもするけど、やっかいそうな匂いもするな…」
その嗅覚の鋭さ、素晴らしいと思います。
「依頼元はカダム宰相様からなんです」
「…うわ…あたし、あの宰相苦手…」
「サクマ。 宰相様の依頼って、難しいもの?」
「あ、いえ! そんなに難しい訳じゃないんですが…かなり重要度が高そうというか…断ったら色々面倒そうな雰囲気もありまして」
組合で聞いた話をざっくりと説明すると、オネットさんがニマっと笑った。
「なーるほどな、魔術が得意なサクマにしかできない依頼だな。 ちょーっと悩むフリしてほどほどに報酬を搾り取ってやれ」
「えっ、搾り取るって…心証悪いんじゃ…?」
「そんな弱腰じゃ舐められて損するぞ」
オネットさん曰く、こちらに利のある依頼ならガンガン受けて報酬の値上げ交渉をすべきだとも。
「純魔石の重要度が高いのはドミナシオンでも同じだったものね。 何しろ、純魔石は生活魔道具から武器、防具…それに町や城の警備にも使われるほど需要が高いものだから」
国の防衛や国民の生活につながる依頼だ。 悪いようにはしないだろうともフィエルさんは言った。
「…けどなぁ。 逆にあたしが参加しても足手まといになるんじゃないか? 魔素溜まりなんて環境じゃろくに動けなくなるだろうし…サクマはそこら辺どうやったんだ?」
「魔術でパパッと、です」
ぶっちゃけ俺のボディは魔素に影響されないので、魔術のおかげってことにしておく。
「…はぁ~、魔術ってほんと便利だな…。 …で? あたしは何を手伝えばいいんだ?」
「ええと、正直、純魔石の回収が一番大変そうなんです。 純魔石自体が大きいですし、数も多いので…オネットさんが協力してくれるなら心強いかと。 あ、魔術でも魔素を防げますが、魔素対策用の魔道具を俺が作りましょうか? そうすればオネットさんも自由に動けるようになりますよ」
魔道具を俺が自主的に作れば便利だろうと考え着く。 作るのなら純魔石を引っこ抜く道具も必要だよな。 何がどうすれば便利になるかと考え始めたら、アレやコレやと作りたくなってきた。
「魔道具を作るには王宮側に申請を通してからになるので、実際に動けるのは一、二週間後になるかもしれませんが…」
「…たしかに雨期も来るしな…稼げる時に稼いだ方が得策か…。 ――よし、その儲け話あたしも乗った!」
オネットさんが片手を上げて俺とハイタッチ。 よしよし、いい風向きになってきたぞ。
「じゃ、さっそく明日にでも西支部へ行って正式に依頼を受けましょうか」
「わかった。 報酬の値上げ交渉ならあたしに任せろ」
オネットさんの瞳は爛々とする。 やはり、どちらかというと自身で稼ぐ方が楽しいようだった。
「……むう、サクマもオネも二人一緒で楽しそう……」
「「!」」
隣のフィエルさんの声がぼそりと聞こえる。 あ、この顔は拗ねている顔だ…!
「私だけ月収少ないし…二人一緒にお仕事楽しそう……」
「え、いや、フィエルさんのお仕事もお勉強も大事だと思いますよ…!?」
「そうそう、こういう危なっかしい仕事は任せておけって、な、フィー?」
「むぅうぅ…やっぱり私も狩人職にすればよかったかしら…」
「「それは駄目 (です)」」
「もー!二人ともそればっかり!」
ぷくりと両頬を膨らませるフィエルさんに、オネットさんが焦ったように俺の方へ視線を落とした。
「……サクマ、お前、今日は女子風呂に入らないか?」
「はあっ!?」
「!!」
唐突に何言ってんだ、このイケメン女子!? あ、フィエルさんの青い瞳が期待に耀いたのが見えたぞ。 なんで今がチャンス!みたいな顔してんですか、フィエルさん!?
「そういえば、今日から女子棟の狩人全員、遠出していないってミテラさんが言ってたわね…!」
「………はあ……」
だからって何故、俺が女子風呂に入らねばならぬのか。
「いないんだったら堂々と女子風呂に入れるだろ? 久々に一緒に入ったらどうだ、な、サクマ?」
「 嫌 で す 」
にこ~~とオネットさんが笑う。 この笑顔は生贄になれと言わんばかりの笑顔。 俺も拒否の微笑み返すが次の瞬間にはフィエルさんに羽交い絞めにされていた。
「サクマ!一緒に!お風呂入ろう!!お姉ちゃんが頭洗ってあげる!!」
「!!? なんでそんなに必死なんですかっフィエルさっあっ!? ちょ、ここで脱がさないでくださ、ま゛っ!?脱がせるの早くないですか!? 下っ着っを引っ張らなん゛あ゛あ゛っ!!?」
「がんばれ~、あと一枚だぞ~」
「だっ、誰を応援してんですか、オネットさん!!?」
「…フィーに決まってるよな」
「ほらほらっ、両手は上に~!」
「おれの味方がいないぃぃ!!!」
その後、俺は問答無用で女子風呂に拉致られた。
「ああ~…久々にお姉ちゃんしてるって感じだわ」
「生き生きしてるな~、フィー」
「えへへっ、やっぱりお風呂は一緒に入る方が楽しいじゃない?」
フィエルさんはとっても満足そうな笑顔だった。 すっかりご機嫌は直ったらしい。
俺はフィエルさんの優し気な手で全身を洗われながら虚無を見つめていた。 目のやり場に困るから、である。 免疫ができたとしても俺のメンタルはやはり男なのでどうしたって目がな、泳ぐよな。
てか、お姉ちゃんしてるってなんだ? 乙女心はおっさんにはわからん…。
「サークマ、真顔になってんぞ。 そいや、ちん毛は生えたか~? ……まだつるっつるだな」
「あ、ほんとだ~」
「…………」
男児の股間を凝視すんなよ。




