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異世界での二度目の人生は孤独死を回避したい。  作者: 森山
閑話  裏の苦労人
49/62

47.想定外

※宰相視点の思案話です。

 


「……ふぅ…」


 ゆるりと椅子の背もたれに身を寄せ、私は指で眉間を押さえ込んだ。

 両目がジワリと熱いような気がする。 ふと、従者の動く気配がした。


「カダム様」

「…なんだ」

「次の会議までには四半刻ほど余裕がございます。 お疲れのご様子なので…このまま少し休憩なさられてはいかがでしょうか」

「……そうだな、朝から目の回るような忙しさだ」


 長年側で使えている従者の言葉だ。 何を企んでいるのかわからぬと言われている顔の私でも、疲れが出ているのだろう。

 朝からというよりは、ここ数か月は何かと忙しかった。 目も首も肩も、血流が悪くなるのは致し方がないか。


 元暗部の女と、聖女、正体不明の混血児の子供。 彼らが去った一室で、私は肩から息をゆっくりと吐き出した。



 私の望んだ通り、厄介な()()に集まった。



 しかも、密偵複数名と密偵の≪頭≫をも生け捕りにできた。 期待以上の成果、望ましい展開だった。


 ――なのに、私の期待を飛び越え、予想外な事が起こった。


(…やれやれ…頭の痛いことばかり…)


 浅く、深く息を吐いて顎に指を掛ける。


 何やら礼儀がどうのと子供が…コウ・サクマがズレたことを心配していた。 が、礼儀を重んじる昔と比べ、今のオルディナ王国は歴代の国王の尽力により随分と緩い。

 とはいえ、あの赤髪の物言いは刺々しく無礼なのは変わりないのだが。 不敬罪を与えようと思えば、与えられる言動はしている。

 元暗部の女、オネットはこちらに良いように使われない為にけん制のつもりでやっているのだろう。 そんな振る舞いをしてしまうほど、我々にも問題があったのは確か。 サクマを調べようと躍起になってしまい、下手なことを何度かしてしまっているのだから。

 心底嫌われてしまったのは悲しい事だ。 ドミナシオンの城から脱出させる為、色々な策を隠密に指示したのは私だというのに。

 まあ、あちらにわざわざ言うつもりもない。 こちらは下心あっての行動だったからだ。


(…しかし…どうにも…あの元暗部に威嚇される度、妙な()()()を覚える。 …あの赤毛と鋭い緑色の瞳をどこかで見たような…はて、なんだったか…)


 ともあれ、アレらにはまだ利用価値がある。 聖女の治癒の力も魅力的だが――何よりも、あのサクマだ。 今だ出自もわからない子供だが、その身に宿す膨大な魔力に、数々の魔術と知識、どれを取っても未知数で利用価値が高い。 このまま王都(てもと)にいてくれるのならば使いやすいのだが…。


(今はどう使おうか算段をつけている場合ではないか…。 予想外な展開のせいで次から次へとやることが増えた)


 予想外なこと。 ――ドミナシオン帝国の同盟と謝罪の話には、流石の私も驚いたものだ。


 と、室内に別の気配が表れた。


「カダム様」

「…何かあったか?」

「例の件で…」


 部屋の物陰から音もなく、するりと黒い人影が動く。

 黒い上下の衣服に、黒いお面の出で立ち。 私の裏の手足である隠密部隊の内の一人だ。

 部屋にいる騎士と従者に目配せをして退室を促すと、礼をして彼らは部屋を出ていった。 念の為、魔道具に施された秘匿の術式を起動すると、隠密の男は膝をついて話し始めた。


「襲撃の実行犯の密偵達は全て、リーウスとシーカーにより城の地下へ連行しました。 薬での尋問を開始しております。 それと、国境門、メルカートル、モンテボスケにて計十二人の密偵を捕縛、体に施された術式も確認しました」

「…ドミナシオンの情報に偽りはなかったか。 生きて捕らえられたか?」

「抜かりなく。 こちらの動きに気づき、自発的に術を発動させて自害しようとする者もいましたが、術式破壊で防ぎました」

「…慎重に尋問せよ。 知っている事を全て吐かせるまで生かせ」

「はっ」


 術式の位置は、先に捕まえた密偵達を見ても確定している。 あとは剣で傷をつけるなりして術式を防げばいいだけの話。


「…そうだな。シーカーとリーウス達の外回り組には、王宮内の使用人、騎士、高官、文官、貴族に至るまで注意深く監視をしろと伝えてくれ。…狩人組合や市井もだ。不審な動きをする者がいれば知らせろ」

「御意に」


 静かに頭を下げた隠密は、音もなく闇へと姿を溶かした。


(…ドミナシオンの言い分を信じれば密偵の残党はいないだろうが…。 密偵に国の情報を流した者はまだいるだろう。警戒するに越したことはない)


 情報漏洩の罪で宮廷に勤めている者も捕まえた。 その貴族の名にはうっすらと覚えがある。

 国王に忠誠を誓う≪現国王保守派≫でも、ドミナシオンへ報復せよという≪過激派≫でもない。

 昔の習わしや風習を復活させようと主張している≪回帰派≫一派の取り巻きであり、功績も失態もないような影の薄い者だった。


(…密偵達に顎で使われていたというのだから、情けないにも程がある)


 本人には敵国の密偵と繋がっていた自覚がないのだから立ちが悪い。 だからこそ使い勝手が良かったのだろう。 派閥に有益な情報や地位をチラつかせ、内政の深い情報を喋らせていたのだとか。

 宮廷内の情報集めはどこの貴族も内々にやってはいる。 それを逆手にとり、我々の目を誤魔化していた訳だ。

 密偵の手口はかなり遠回りで慎重なものだった。

 本国からの命令と指示、術式も扱える密偵の頭は庶民に混ざって暮らし、諜報活動からは遠ざかる。 密偵の幹部の「耳」と呼ばれる手下たちが、知らぬ庶民や使用人、貴族を介して情報を集めるという図式だ。


 そして近年、彼らは大きく行動にでていた。


(…密偵の幹部を宮廷の召使にするなど…呆れ果てるばかりの失態だ)


 王都にいる密偵の幹部である九人の内の一人が、数年前から城の下級にあたる召使見習いとして宮中に出入りできるようになったのだ。 使用人として紹介したのが、今回捕まった貴族になる。


 もし、このまま野放しになっていたらどうなっていたか――考えるだけでもゾッとする。


(それらに気づくこともできず、防げれなかった我々にも落ち度があるのだがな…)


 隠密の大半は、オルディナ王国の民の血も引いていた。

 あちらの情報と部下の調べによると、密偵の頭はドミナシオンからの移民の子、三世にあたる血筋の者だった。 さらに他の密偵の幹部達も二世から三世、親族にあたる人物であり、妻や子に兄弟、または親を理由に密偵へとなった人々だ。

 三世だ四世だと言っているが、もはやオルディナ国民と言っていい程にドミナシオンの血筋は薄い。 彼らは用心深く周到に我々の目を欺き、教育という洗脳を駆使して何十年にも及ぶ手間暇をかけて密偵達を育てたのだ。


(……それが全て、聖女フィエルとコウ・サクマのおかげでと捕縛され、ドミナシオンの書状で一掃されたのだから、何が起こるかわからないものだ)


 顎を指で撫でながら、私は更に思考を巡らせる。


 帝国の皇帝の名で書状が届いたが、その書状を書かせたのがドミニス・ドゥクス・ファーナー公爵になる。


 ドミニス公爵の名だけは以前から知ってはいた。 主にオネットからの情報でだが。

 先ほど、オネットが漏らしていた言葉からも察するに、洗脳術式を施されていた人物の内の一人だった。 元は帝国の法に口を出し、謀反一派と烙印を押されて奴隷に身を落とした貴族。 なのに、


(…どういう訳か、今ではドミナシオンの革命の中心部にいるのだから、驚いたものだ)


 時期に死ぬのではないかと言われていたドミニス公爵が、だ。

 それが今ではドミナシオンの中枢を生き生きと掌握しているのだから、話が違うではないかと愚痴った程。


 (十中八九、コウ・サクマが関わっている)


 それを知らなかったと見えるオネットが、サクマが何かしたのだと気づいた。 次の瞬間、サクマの目が泳いだのを私は見た。

 オネットが気づいたことも、私が察したことも、あの子供はすぐに気づいただろう。 なかなかに人の顔色と空気を読むのが上手な子供のようだ。 ただ動揺が隠しきれていないのが甘い。


 報告によれば、サクマは国境門で術式を使って戦闘をしたのではとも聞く。 その時にドミニス公爵の洗脳術式を解いたのだろう。


(それだけではない。 なにか入れ知恵か、魔道具の一つや二つ、与えたのかもしれないな…)


 理由や経緯はどうであれ、サクマが手を貸したのは確実。 明かな契約違反だ。

 だが、それは血の契約を交わす前に行われた事、ゆえに違反にならなずじまい。 違反にはならないが、他国に手を貸した事を理由に着け込むこともできるだろうが…何分、証拠も証言もない。


(果てに、現皇帝を傀儡化とは…驚きを通り越して感嘆さえ覚える)


 隠密の報告によれば、現皇帝の言動は洗脳術式を施されている様子だという。

 洗脳術式を主に利用して倫理に反することをしてきた皇帝が、まんまと足を掬われた形になる。


 手元にある情報と隠密達からの情報を合わせて推察するに、あちらの皇族の後継者争いはまだ幼いことが理由にあるのだろう。

 現皇帝の血を引く子は覇権争いで暗殺、毒殺、兄弟同士での殺し合い、果てには皇帝に気に食わないと殺され、残っているのは第十一皇子の幼い乳飲み子と女の皇女数人だけ。 流石に乳飲み子を皇帝に仕立て上げるのには早すぎる。

 第十一皇子が数年後…五歳になれば、現皇帝は()()するだろう。


(……私なら()()動く。 ドミニス公爵自身が皇帝の座を奪うのも手だが…)


 ドミニス公爵が皇帝の座に座る気配はないとも報告を受けている。 ドミニス公爵はあくまで静かに、裏側から国の変革を固める動きをしているらしい。

 同盟の件や今までの無礼を謝罪をするため、いずれは愚行を()()している現皇帝と、その家臣の首も撥ねる所存だとも文にはあった。 ただ、次世代の若者や後継者達だけは国の為に生かしてほしいとも懇願している。

 何が何でも国を持ちなおそうという固い意思を感じた。 ドミニス公爵は随分と思い切りのいい男なのだろう。


(…いずれ、交渉の場で顔を合わす時があるやもしれないが…なんにせよ、やっとまともな話ができる相手が出て来たという訳だ)


 ぐるぐると思考を巡らせていると、一室の扉を叩く音が聞こえた。 先ほど退出させた側使いの従者だ。


「カダム様、お休みのところ失礼します。 今しがた使いが来まして…国王陛下がお呼びでございます」

「わかった、すぐに行く。 …まったく、四半刻も休憩させてくれないとはな。 集まっている皆の様子は?」

「宮廷内に密偵と繋がっている者がいたことに動揺している者が大半のようです。 …ただ、烈火の盾に至っては大変お怒りのご様子らしく…」

「彼のことだ、髪色のように顔を真っ赤にして怒るだろうな」


 椅子から立ち上がり、私は息を吸い込んで前を見据えた。


「…今一度、国王陛下のご意識をお聞きしよう。 そのあとは…頭の固いジジイ共と舌戦をせねばな」


 国王陛下のご意思が固まれば、権力やら派閥やらを配慮しつつ、高官、文官、果ては使用人にまで根回しやら気配りやらとしなければならない。 宰相補佐の息子にも走り回ってもらうことにしよう。


(ドミナシオン程ではないにしろ、こちらも内政は暫く騒がしくなる…。 同時に戦争抜きの交渉もだ。 同盟の件が公表されれば民にも動揺が走る。 …ああ、それに…身内で戦争戦争と鼻息が荒い者をどうにかせねばなるまい。 もはや風向きは変わったのだから)



 ――私は、やっかいなドミナシオンを国ごと潰そうと考えていた。



 国王陛下のお命を狙い、果てには第二王子に御身に酷い怪我まで。

 その主犯はどう考えても帝国だというのに、証拠がないと罪を認めず、侮辱だのなんだのと言い逃れをし続けて我々を見下し続けた。

 いつまでたっても己の所業を省みず、民を高い税で苦しめ、頭の悪い外交ばかりしていた皇帝とその家臣。


 前皇帝や現皇帝の思考ならば、いつ他種族に戦争を仕掛けるかわからない恐怖もあった。 それほどに危うい国だった。

 放置していればいずれ、竜人族や獣人族、森人族の戦力の違いを見せつけられることになりかねない。 他種族との戦争がおこれば南も巻き込まれるのは確実。 道連れに大陸ごと抹消しかねない危険性があった。

 特に、森人族は容赦なく人族を丸ごと切り捨てるだろう。あの種族は人族に対して冷淡だ。


 ならばと、北を切り捨てることを念頭に考えを巡らせた。


 古の契約により、オルディナ国が他国に戦争を仕掛けることは自滅に等しい行為。 それらの問題を解決する方法は唯一、()()()()のみ。


 向こうは、高慢で短気、何かと侮辱だ不敬だと喚く血の気が多い奴らだ。 それを逆手に取ればいいだけの話。

 彼ら曰く、我々オルディナ民は他種族にこびへつらう、恥知らずで混ざりものの血で汚れた人族だと言う。 その歪み切った思想が爆発すればこちらのもの。

 向こうから戦争を仕掛けられれば、こちらは防衛、反撃しても仕方がない大義名分ができる。 それが契約違反にならない唯一の方法だった。


 私は戦争に向けて、数年におよぶ下ごしらえを静かにしてきた。

 軍への予算を捻出し、血の気の多い貴族や騎士たちを焚きつけ、 騎士や兵力の底上げを念入りに神経を削った。 …その根回しで主上と反発しあう事も多々あったが、それは仕方のない事だった。

 あとは、国王陛下のお気持ちを固めるのみ。


 そんな折、聖女から亡命の願いが届いた。


 聖女をこちら側の領に招けば、戦争の引き金にも他にも利用が効くと考えたのだが、結果がこの有様。

 国王陛下の帝国への遺恨も、聖女が王子の怪我を治した事で削がれてしまったようだった。


(…欲張りすぎたのだろうな、私は)


 途中まではこちらの思い描く筋道が出来ていたのに、ここぞという場面でコウ・サクマにひっくり返された!


(ここまで計画を潰されると、笑いしか出てこないものだ) 


 くつりと口の端が上がる。


 当てが外れたならば、すっぱりと諦めて切り替えよう。 ドミナシオンが大人しくなるというのならば、その方向性で最大限利用するまで。


 全てはオルディナ国、国王陛下、ひいては民の為。


 そのためならば、私は最善の策を巡らそう。











ブクマや評価、誤字報告、とても嬉しいです。

ありがとうございます!


※お知らせ

話数貯めの為&多忙の為に暫く更新が不定期になります。

よろしくお願いします!

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