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異世界での二度目の人生は孤独死を回避したい。  作者: 森山
第四章  スローライフにはまだ早い  就職活動編
39/62

37.就職活動編

 

「どれがいいかな、狩人なら…やはりこれだな!僕のお勧めの一品!」


 カボさんが得意げな顔で棚から一つの箱を取り出し、蓋を開けて中身を俺に見せてくれた。

 箱の中には真新しい双眼鏡が収められ、見目からして高価そうな雰囲気が出ている。


「持ってごらん」

「…いいんですか?買わないかもしれないですよ?」

「持つぐらいなら構わないさ」


 オルディナ王都の中心街。 様々な店が立ち並ぶ大通りの一角に、道具屋マルクト店という小さなお店がある。 そのお店こそカボさんが経営している自慢の道具屋だそうだ。

 双眼鏡なら自分の店にも置いてあるからぜひ見ていってくれ!と満面の笑みで言われ、荷馬車に乗ったまま来てしまった訳だが。

 素朴な外観のマルクト店内は綺麗で、女性が使う小物入れから職人用の無骨な工具、生活魔道具までと幅広い商品が置かれてある。


 さりげなく聞いてみたが、術式が施されてない加工前の魔石は商品として売ってないそうだ。

 カボさん曰く、加工前の魔石は国と狩人組合の間に資格を持った商人が入り、魔石の品質チェックとランク分けをして宮廷へ納品するのだという。

 そもそも国が認めた技師以外に、付与効果が施されていない素の魔石を買う一般国民はいない。 オルディナ国民的には魔石=高額換金用鉱石というイメージに近いそうだ。

 魔術を扱える人間も限られ、魔石への付与術式を施す技術も情報規制されているのだから仕方がないか。

 魔道具や魔石に関しても複雑な契約が絡み、商人側としては扱うには難しい部類になる。 それでもカボさんが魔道具や生活用魔石を店で扱っているのは、純粋に魔術に関心があるからだとか。


 カボさんのお店は商品ひとつひとつが見やすいように棚に展示され、値札の横に事細かな商品説明も書いてあった。 一品一品を大事に扱っている、そんな雰囲気が感じ取れるような店だった。


「…あ、この双眼鏡、軽いですね」

「だろう? 山人族の最新の技術らしいよ、従来の物より軽い作りになってるんだ」


 双眼鏡と言えばごっついフォルムでズッシリと重量があるイメージだ。 けど、見せてもらった物は見目のサイズと比べてとても軽く感じた。


「山人族の品は値が張る物ばかりだけど、これは他と比べればまだ安い部類に入るんだよ。 彼らが作る物は丈夫で長持ちで上級狩人達からも愛用されているし、一生一度の双眼鏡と呼ばれる程さ! これなら使う相手も大喜びだろうねぇ」

「…商売上手ですね」

「そう言ってもらえると僕も誇らしい」


 カボさんは商人らしく購買意欲を掻き立てるのが巧いようだ。

 狩人職の人が愛用してるなら、オネットさん的にも便利に思う箇所が合うかもしれない。 何より丈夫で長持ちで便利というのはポイントが高い。 コレしかないとさえ思えてくる。

 俺がまじまじと双眼鏡を眺めていると、カボさんの細い目がランランと輝きだした。


「それにこの色合い!この光沢! 深みのある黒紅色に細やかながら下品ではない装飾! 何より性能の良さがダントツなんだ! この双眼鏡の倍率は二十倍に対して対物鏡玉(レンズ)の有効径は四十ミリ、見掛け視界が六十四度、最短合焦距離が二メートル! 少々薄暗い場所でも鮮明に見えるんだよ、素晴らしいと思わないかい? この双眼鏡の製作者である山人族は名の知れた職人でね、それはもう洗礼された技術で! なのに、探求心と遊び心も忘れない素晴らしい匠さ!それで――」


 カボさんの双眼鏡のあれこれトーク、果てには製作者の話にまで広がった。 この症状は身に覚えがある。


「…とりあえず、性能は素晴らしいという事はわかりました…」

「なあにまだまだ!すべてを語り切れていないよ!」

「(すまねぇな、坊主。 カボ様は商品のことをしゃべり始めると止まらねぇんだ…)」


 カウンター越しに熱弁するカボさんの後ろ、バックヤードからひょいと顔を出したオゾンさんがぼそりと呟いた。 商人らしいというか、道具オタクというべきなのか。


「おっと、これだけ紹介しては選ぶ事ができないねぇ。 他にもおすすめに一品があるんだ、見ていくだろうっ?」

「あ、ご遠慮しておきます」

「そんな!まだまだ素晴らしい商品があるんだよ!?」


 カボさんが興奮気味に頬を紅潮させている、説明したくてたまらないといった表情だった。

 好きな事を話すのは楽しいよな。 普段できない分、話始めたら止まらないよな、俺も友人相手にやってしまったことが何度かある。 へぇ、ほぉ、ふーん、で流されてたけど。

 友人相手に映画の背景美術について熱弁した時の友人はこんな気分だったのか…。


(オネットさんから予算額を聞いてなかったけど…五十四万六千オーロは流石に高い…けど、これが一番良さそうだよなぁ)


 子供の手だと大きめだが、オネットさんの手ならしっくりくるサイズだろう。 何より軽くて持ち歩きやすいし、のぞき込めば近場の物すら鮮明に見える。 手振れ防止機能もあるのだろう、視界にブレが生じないという高機能振りが俺にもわかる。

 双眼鏡自体に微かに魔術式付与効果された気配も感じるし、これも魔道具の部類に入るのだろう。


(いつもオネットさんにご飯食べさせてもらってるし…俺が買って押し付けてもいいよな)


 プレゼントとして送るには値段が高いだけに引かれないだろうか。 しかし、そこを考え出すと切りがないからやめておこう。 こういうのは思い切りが大事だ。


「カボさんおすすめのこれ、一つください」

「…はっ!――ありがとうございます、今お包み致しますのでしばらくお待ちください」


 わっくわくで語ってるカボさんの目の前に小銀貨五枚、銅貨四枚、小銅貨六十枚をそっと置いた。 きっちり五十四万六千オーロ。

 途端にカボさんは流れるような手つきで包装し始めた。 それは完全に店員の顔つきのソレである。


「運んでもらった上にとても良い買い物ができました、ありがとうございます」

「お客様にそう言っていただけるだけで私どもは満足でございます。 …まさか一番のお勧めを買ってくれるとは嬉しい限り!」


 綺麗に包装された箱を受け取ると、カボさんはとても満足気そうな顔でにかりと笑った。


「坊主、これから東地区に戻るんだろう?送っていってやろうか」


 奥の扉から重そうな箱をかけたオゾンさんが再びこちらへと顔を出したが、俺はちょっと間を置いて横に首を降った。


「いえ、お気持ちだけで十分です。 他にも少し見ていきたい所があるので。 オゾンさんもありがとうございました」

「ああ、気にせんでいいさ、また機会があったらここで何か買っていってくれよ」

「オゾン、年下とはいえお客様だ、もう少しその口調をどうにかしなさい」

「へっ、ん゛ん゛っ、ぜひともこのマルクト店を御贔屓に!」


 頭を掻きながら豪快に笑いだすオゾンさんを、やれやれといった表情でカボさんが頭を抱えている。 どうやらオゾンさんは接客は向いてなさそうだった。



 店を出ると大通りの雑踏が視界に広がる。

 行き交う人々の数も多く、大荷物を持ったり馬を先導したりしている姿は都会らしく活気にあふれていた。

 王都に到着してからというもの、落ち着いて中心街を見ることがなかったからどこを見ても物珍しく見える。

 俺は雑踏を避けるように道の端っこへ避難し、包装された箱を腰の鞄の中へとそっと収めた。


(…オネットさん、喜んでくれるといいけど)


 こういうのは本人が使ってみないとわからない事もあるが、なんだか口元が緩んでしまう。 人に贈り物をするのは何年振りだろうか。


(ついでにフィエルさんに差し入れでも買っていこう。 …ケット先生様にも土産を献上してご機嫌伺いしてみようかな…)


 好感度回復に必死な俺よ。


 懐から懐中時計を引っ張り出してみると、細い針は午前九時近くを指していた。 昼にはまだ時間に余裕がある。 少し寄り道ぐらいしても大丈夫だ。

 のんびりと歩き出せば、通りの店は服屋に靴屋、帽子屋、宝石屋と並んでいる。 ここら一帯はアパレル関連が多いようだ。 食べ物を売ってる店はどこら辺だろうか?


(たしか、大通りの近くに市場があるって聞いたな)


 近道になるかと考え、俺は深くも考えずに横道へと進んだ。

 人が多い通りとは違い、その裏道は薄暗く人の気配が極端に少なくなる。 建物の合間を縫うように右へ左へと進めば謎のガラクタが野ざらしになっていたり、パイプタバコを咥えた老人が煙を吐き出していたりと雰囲気が怪しげになっていった。


(…進む道、間違えたかぁ…?)


 チンピラとかガラが悪そうな集団が出てきそうだ。

 考えてみれば治安ってどこまでいいのだろうか? ほぼ誰かと一緒に行動しているから、どの程度警戒すればいいかわからない。 当たり前のように甘受していたが、日本のように裏道を通っても深夜にコンビニへ行っても、特殊な事例が無い限りは無事に帰ってこれるという治安の良さがあった。

 この世界が日本のそれと同じように考えてはダメなような気もする。


 戻るべきか進むべきか迷い始めた時、段差がある曲がり角の先から人の声が聞こえてきた。


「――いい加減気づいてくれない? あんたら目障りなんだよねぇ」


 ドスの効いている声だが――それは女性の声だった。


「モンテボスケでのご活躍の噂は兼ねがね聞いてるけどさぁ。 他の狩人達から疎まれてるって気づかない?」

「そうそう、こっちは稼ぎを横取りされてるんだ。 たまったもんじゃないよ」

「ねぇ、さっきから黙ってるけどちゃんと話聞いてんの?」


 会話の内容からして、ちょっと顔かしてくんない?から始まる体育館裏での場面のようだ。

 そっと曲がり角の先を覗き見ると、四人の女性たちが誰かを壁際に追い詰め取り囲んでいる。


「……聞いてる」


 幼い声と、チリン、という鈴の音が耳に届いた。


 立ちふさがっている女性たちはみな防具や武器を携えている。 出で立ちからして狩人職の人間だろう。

 その彼女達が壁際に追い詰めている人物、隙間から見えたのは子供の姿だった。

 十三歳前後のさらりとした黒髪に薄いエメラルドグリーン色の瞳。 へそ丸出しの黒い服に黄色の帯と赤い紐と鈴。 着物のような裾の長い腰布を引っ提げるという斬新なファッションセンスには見覚えがありすぎた。


(あの子…メルカートルで会った子だ…)


 見間違いもしない、メルカートルの港で俺のあんこ餅を全部持っていった女の子だ。

 その女の子相手に大人の女狩人達はぐちぐちと続ける。


「君の保護者だか兄だか知らないけど、連れの男にも言ってくれないかなぁ。 ここは人族の大陸なんだ、竜人族はさっさと出てってくれってさ」

「そーそー。 あたい達とは違って大陸外でも稼いで食べれるんだろ? なのに、なんでわざわざココで狩人やってんの? ねぇ、竜人族のお嬢ちゃん」


 竜人族だって!? あんこ餅かっさらった子が!?

 知らんうちに人族以外の種族と出会ってた事実に思考が停止してしまう。

 思い返せば王都に竜人族が二人いるとかどうとか、フラーウさんが言っていたような…。


「………」

「あーあ、まぁたダンマリ? 別に危害を加えようって話じゃないんだよ」


 危害も何も、小さな子供を大人数で取り囲んでおいて言うセリフではない。 明らかに威圧してんだろうがよ。 ここは勇気を出して助けるべき場面なのでは。


(相手は腕っぷしが強そうな女狩人四人…腕で劣るというよりは口論で負けそうな…ええい、迷ってるなら飛び出せ、男を見せろ!)


 ぐっと両手を握りしめ、一歩前へ踏み出す。


「ち、ちょっとま――」

「あんたからあの男に伝えてほしいだけなんだよ、早く出てってくれって」

「……!」


 った!と、言い終えない内に女狩人の一人が女の子の肩を掴んだ。 瞬間、女の子が一変する。


「――触るな」


 ひゅん!と風が巻き起こったと思った瞬間、がらがらと何かが地面に落ちる音が響き渡った。


「…な…っ!?」

「アタイの服が!?」

「新調したばっかの防具が!」

「あーっ!お気に入りの下着が!」


 俺の目の前に突如として現れたのは複数の女体だった。 健康的に焼けた肌にパッツンパッツンのおっぱい、丸いお尻が丸見え、もとい。 女狩人全員がぽろりを飛び抜けすっぽんぽんの全裸になっていた。


「…言いたいことはそれだけ?」


 コン!と小気味いい音が耳に届く。

 気づけば、女の子の片手には身長よりも長い一振りの槍が握られている。 鋭い刃が僅かな日の光を受けて青白く輝いていた。

 たったワンアクションで、女狩人達の武器や衣服を真っ二つにしたのだろうか。 なんという早業。


「…くそっ、覚えておけよ!」

「これだから竜人族は!」

「お気に入りの下着の恨みー!」

「武器と防具高いのにー!!」


 素っ裸の女狩人達がテンプレートのような捨て台詞を言い放ち、衣服の残骸を抱えて脱兎の如く逃出す。

 裸族と化した女狩人達が駆け抜けていくのを茫然と見届けてしまう俺。 出番が微塵たりともなかった。


「?…君…?」

「あ、お、お久しぶり、です…おれのこと…覚えてますか? メルカートルであった…」


 振り向くと黒髪の女の子がこちらを見つめていた。 薄いエメラルドグリーンの瞳が少し驚いたように見開かれている。 突如、物陰から飛び出して呆然と突っ立ってるだけの俺を、この女の子は覚えているだろうか。

 桜色の小さな唇が動き、


「…アンコモチ…」

「……そ、そうです…そのあんこ餅です…」


 アプリとかソシャゲのユーザー名を考えるのが面倒だから食べ物の名前でいいや、みたいな雑なイメージで覚えられていた。


「お、…おれの名前はサクマ、です」

「…さ、くま?…サクマ…」

「はい。 えっと…怪我とかありませんか? なんだか…脅されてたみたいですが」

「…平気。 よくあること」


 よくあるの!?

 平気かどうかはわからないが、目の前の女の子の表情はぴくりとも変化がない。


「君は狩人で…竜人族、なんですか?」

「……、…ん」


 随分とゆっくりとした頷きだった。

 たしかに、サラサラな黒髪の合間にちらりと覗いた耳は少し尖っていた。 それは竜人族の身体的特徴にも当てはまる。

 淡いエメラルドグリーンの大きな瞳がじっとこちら見つめてきたが、なんだか眼光が真っ直ぐすぎて腰が引けてしまう。


「…テセラ」

「え?」

「ワタシの名、テセラ。キミじゃない」

「テセラ、ちゃん」

「ん」


 こくりと黒髪の少女、テセラちゃんが頷いた。 思わずちゃん呼びしてしまったが不快ではなさそうだ。

 そんなテセラちゃんは大きな瞳をそわりと動かした。


「サクマ、あんこ餅…ない?」


 その瞳は明らかに期待の眼差しだった。

 彼女の中で、俺の存在が確固たるあんこ餅おじさんになってると言う事実。


「………。今日は持ってないですね…」

「…そう…」


 テセラちゃんの期待していた瞳の色が落ち込んだように見えた。

 そんな顔されても!? そもそもあのあんこ餅はメルカートルの港でしか買えない甘味だろうし!?

 やめてくれ、無表情のまま悲しそうな顔をしないでくれ、あーもー。


「お…おれ、これから市場に行くんです。テセラちゃんは市場の場所わかりますか? そこまで案内してくれたら何か美味しいものあげます」

「!…くれるの?」

「報酬みたいなものです」

「報酬…」


 ぼそりと呟いたあと、テセラちゃんの瞳がきょろりと左右に動く。 なんだか何かを迷っているようだった。

 この子、危機管理能力とか大丈夫かなぁ…。 飴あげるからついておいでとか言ったらひょいひょいついていきそうで心配。 でも、長い槍で不審者を真っ二つにする戦闘力はありそう。


「…わかった。案内する」


 そう言うと、テセラちゃんの片手に握られていた長い槍がパッと消える。 よく見ると彼女の片手には指輪が光っていて、一目でそれが魔道具だとわかった。 多分、≪空間拡張≫が施されている指輪だろう。 武器の出し入れに使っているのかもしれない。


「サクマ、市場はこっち」

「え、あっ、待ってください、わわっ、」


 テセラちゃんは俺の手を掴み、グングンと細い道を歩き出した。 俺は引っ張られるようにテセラちゃんの後をついていくだけ。

 俺とテセラちゃんとの身長差は十センチと少しぐらいだろうに、彼女の掴む力はとても強い。 さっきの目にも留まらぬ動きといい、竜人族のポテンシャルの高さが垣間見える。






「…サクマ、足遅い。なんで?」

「はあっはぁっ、テセラっ、ちゃんがっ、早いんですっ!」


 手を強く引っ張られて数分程、できる限りの全速力で裏道を駆け抜け、俺達は人通りが多い市場へとたどり着いた。

 行き交う人々の流れは多く、大通りとは少し違った雰囲気であちらこちらから値切る声やら呼び声やらとお祭りのような賑やかさだ。

 しっかし、あの速度で走って息切れしないとかマジかよ、竜人は体力お化けか!?

 ぜぇはぁと肩で息をする俺をまじまじと見つめ、テセラちゃんが不思議そうに首をかしげた。


「こう、すれば…サクマも早く走れる」

「はぁ、はぁっ、竜人族のようなっ、身体能力はっ、ないんですってっ」

「簡単なのに…」


 くいっくいっと、テセラちゃんが片足を曲げたり伸ばしたりしてみせた。 もしかしたら俺に早く走るコツを教えてるのかもしれないが、それだけじゃこれっぽっちもわからない。


「…はぁ~、で、も…無事に、たどり着きました…ありがとうございます」

「ん」


 こくりと小さくテセラちゃんが頷く。 じっと見つめてくる淡いエメラルドグリーンの瞳に、言葉数が少ない口調。 言動のすべてが見目よりも幼く感じさせた。

 そんなテセラちゃんの目は、早く甘い物をよこせと言わんばかりに期待の色を帯びている。

 案内してくれたし、ちゃんとご期待に応えよう。


「えーと…テセラちゃんはどんな甘いものが食べたいですか?」

「…アンコモチ」

「あー、うーん、ここには売ってないんじゃないかと…」

「………。……甘いもの」


 あんこ餅の一件で甘味中毒者になってしまったのだろうか…。

 辺りをきょろりと見渡せば、露店には果物や野菜が多く、赤、黄、緑の鮮やかな色の洪水が目に流れ込んでくる。

 色の洪水の間、果物が並ぶ端に木の板で書かれた文字が目に入った。その板には、旅の非常食に!奥さんや娘さんへのお土産に甘い焼き菓子を!と書かれてある。 近くの棚や籠には数種類の焼き菓子が並んで置かれてあった。

 日本の店頭で売られているような華やかなスイーツ類ではないが、手作り感あふれるシンプルなお菓子でおいしそうだ。


「ここの焼き菓子おいしそうですね。…これにしましょうか?」

「…、…甘いもの?」

「どれも甘い物に該当するので…。うーん、…じゃあ、おれが選んでも?」

「ん」


 テセラちゃんがまたこくりと小さく頷く。 その姿はなんだか、


(妹が小さかった頃を思い出すな…)


 父親違いの七歳下の妹。 小さい頃の妹は、たまにしか会えない俺に懐いてくれた事もあった。

 学生とはいえ黙々と絵を描き続ける不気味な男だと再婚相手の旦那が知った時、影で言っていた言葉が、


 『ろくでもない人間と接触させるなんて、娘に悪い影響を与えかねない』


 そのあたりだったか。 顔を合わせる回数が少なくなるにつれ、妹の態度は冷たい物になっていった。


(別に、ショックじゃないけど)


 半分血が繋がっていようと苗字()が違うということは、()()()()()()なのだと理解した。

 とうの昔に終わった事だ。なのに、時々不意に思い出す。


「胡桃入り焼き菓子(クッキー)二度焼きパン(ビスケット)。こっちは果実の砂糖煮(カップ)入り焼き菓子(ケーキ)。 こっちは林檎の包み焼き(アップルパイ)ですね」

「…甘い?」

「こっちはサクサクで、これは柔らかくてどちらも甘くておいしいですよ」

「…甘い…たくさん…」


 売られている焼き菓子は値段が少しお高い。 やはりバターや砂糖を使ってるからだろうか。

 テセラちゃんは俺の説明をキラキラとした眼差しで見つめて聞いていた。 仕草も中身もなんだか五歳ぐらいの小さい子供みたいだ。

 しかし、甘い物と言っても色々種類があるし彼女の好みがわからない。 良さそうな焼き菓子を一種類ずつ買った方がいいだろうか。


「二度焼きパン、揚げ丸焼き菓子、甘焼パンを一つずつ、林檎の包み焼を二つ、胡桃の焼き菓子三つ、ください。 それぞれ別々に包装してもらえると助かります」

「こっちとこれとそれと…全部で八千百四十オーロだよ!はあい、きっちり丁度ね、毎度あり!…こんなに沢山買ってお土産かい? 二人とも小さいのにえらいわね、姉妹かしら?」

「あー、お土産なのは当たってますが…えーと…姉妹ではありません…」

「じゃあ、お友達?」


 露店の綺麗なお姉さんに笑顔で聞かれてしまい、思わず言葉が詰まってしまう。 見目からしたら歳の近い姉妹…もとい、姉と弟に見えるのだろうが。 あははと誤魔化しながら笑っていたら、隣のテセラちゃんが首を傾げていた。


「ワタシと…サクマ、…ともだち?」

「…、…うん。 だと、おもいます」

「…ともだち…」


 甘い物をせびられている関係とは言えず、差し当たりのない友達枠にしといた。

 そんな俺の心情をよそに、テセラちゃんはポケーっと友達というワードを呟いている。

 この子大丈夫かな? もしかして友達ってワード地雷だったか?


 暫くすると、両手にあふれるほどの包装された焼き菓子を渡された。 落とさないように可愛げな布袋を三つおまけしてくれるというサービス付き。 ありがたく使わせてもらおう。

 買った焼き菓子を一種類ずつ袋に入れれば焼き菓子ギフトセットの完成。 今か今かと待っているテセラちゃんへ手渡した。


「案内してくれた報酬っていうのも堅苦しいので、手土産にどうぞ」

「こんなに沢山…いいの?」

「はい、友達とか家族と一緒に食べてください」

「…ともだち…かぞく…」


 ふと、テセラちゃんが迷子になった子供のような顔になった。 現代でも異世界だとしてもそうだが、家族や友達がいるという前提で話してしまったらダメな生い立ちの人間もいることを失念していた。 例えば俺とかだな。


「い、いつも一緒にいる人とか…テセラちゃんの大切な人と一緒にってことです」

「…一緒…、大切……マスター…」

「マスター?」


 喫茶店とかにいるマスターかな?

 疑問に首を傾げていると、テセラちゃんが焼き菓子詰め合わせセットの袋から胡桃クッキー一枚を取り出し、一つ俺の口へと押し当てた。


「サクマ、ともだち」


 変わらず、テセラちゃんの表情はピクリとも動かないけど、彼女の淡いエメラルドグリーンの瞳は柔らかく輝いた気がした。


「……。…ふぁい」

「ん、ざくざく、甘い」


 押し当てられたクッキーを素直に噛むと、胡桃のコリコリっとした感触と、香ばしい香りにほんのりとした甘さが口に広がった。 固めなクッキーだけどうまい。

 テセラちゃんも一枚口に放り込んでバリバリ咀嚼している。 口に合ったのかどうかはわからないが、満足そうな顔にも見えた。


「!…マスター」

「…テセラちゃん?あっ」


 何かに気づいたテセラちゃんは呼びかけに答えず、焼き菓子セットを両手に抱えて駆け出してしまった。


 彼女が向かう先、雑踏に混じってやたらと目立つ男が立っていた。

 遠目でもわかるほど頭一つ分飛び出た高長身に、がっしりとした両腕と体躯。 ブルネットの髪につり目がちな男は不思議そうにテセラちゃんを見つめている。

 テセラちゃんの言うマスターが、あの男だろうか? たしか竜人族の男がいると女狩人も言っていたし。

 よくよく見れば、ブルネットの髪から覗いている耳はテセラちゃんと同じように尖っている。

 その保護者らしき男にテセラちゃんは何か説明しているようで、焼き菓子と俺のほうを指さし、男は小さな指先に誘導されてこちらへ視線を動かした。


(――あ、)


 その男と視線が合った途端、妙な感覚が体を駆け巡った。

 何故か視線が合った男も驚いているようで、ライトブラウンとダークグリーン色が混ざった不思議な光彩の瞳は大きく見開かれている。


(なんだ…?)


 テセラちゃんと出会った時にも感じた時に似ていた。

 胸の辺りが妙にざわつくのだ。

 視線が合った男のぽかんとした表情が、ちょっと引くぐらいの満面の笑顔に変わっていく。 まるでおかしくてたまらないとばかりに。


(…まさか…)


 もしかして――俺が人外だと気づいた、とか?

 今まで人族としか会ったことが無い。 ほかの種族、森人族や山人族、竜人族と出会った時にどうなるかを想像していなかった。 テセラちゃんは大丈夫のようだったが…、竜人族の大人はどうなのだろう。

 まずいだろうかと弱腰になりかけた時、数メートル先の男が一歩こちらへと近づき、――ぴたりと止まった。

 友人か知人なのか判断できないが、数人の男達に呼び止められ、竜人族の男とテセラちゃんは市場の奥へと進んでいく。

 ふと、吊り上がった鮮やかなヘーゼル色の瞳がチラリとこちらを一度だけ見つめ、雑踏の奥へと消えていった。


(…今、なんか言ったか…?)


 こちらを振り返った瞬間、男の口元が動いていた。 声は聞こえなかったけど、言っていた事がぼんやりとだが推測できる。


『またね、 』


 そう、言っていた気がした。


(…よくわんからんし…気をつけよう…)


 結論、関わらない方が身のためである。


 俺はいそいそと軽食用の食べ物や紅茶と嗜好品を吟味し、東地区の狩人組合へと飛んで戻った。









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