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異世界での二度目の人生は孤独死を回避したい。  作者: 森山
第三章 亡命組でぶらり旅  検査と修理と短期観光編
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30.検査と修理と短期観光編

 

 オルディナ王国に到着した翌日。 九代目のラウルス・ヴァシス・オルディナ国王と謁見する為、亡命三人組は強制全身エステコースが決定した。 お決まりのお清め、禊タイムである。

 プロメイドさん達の手により頭っから足の指先まで俺はピカピカのツヤツヤな少年になった。 ただし心は疲労でグッタリだ。

 お貴族様服を再び着ようと腹を括ったその時、オネットさんとフィエルさんの二人がいないことにやっと気が付いた。


「…あの、フィエルさんとオネットさんは…?」

「二人なら着替える前に宮廷の医療部へ向かったわ。 彼女達の背に…ほら、術式が刻まれてるでしょ? 改めてその再検査」

「ああ…そうなんですか」


 黒と赤が印象的な礼服に身を包んだフラーウさんは困ったように微笑んだ。

 オネットさんとフィエルさんの背には今だドミナシオンで施された術式が残っている。 その術式の効力は失われている事は術式に詳しい人間が見ればすぐにわかる筈だ。 国王と会う前に念入りな再検査ということだろう。


「ラウルス陛下との謁見までは暫く掛かるから、その間に城内を案内してあげましょうか」

「へ、おれがうろうろしてもいいんですか?」

「いいのいいの、待ってるだけじゃ暇でしょ?それに謁見までまだ三時間はあるんだから暇つぶしぐらい許されるわよ」


 ご機嫌そうに案内するフラーウさんの背を素直に追いかけた。


 オルディナ王城は棚田のような段差がある三区画で分かれている。

 王族が住んでる第一区画には王座がある謁見の間や、執務室、重要な各部署がある王城の宮廷中央部。 そのほかにはゲストハウス区画にオルディナ王国の重要な施設もあったりとかなり広い。

 ぱっと見ではわからないが、文官から高官、貴族や警備の騎士、それらを支える使用人の数は多いらしい。 どこも硬派な雰囲気で、広い中庭には鮮やかな花が咲いていた。ロイヤルお貴族様も草木や花を眺めて癒されたりするのだろうか。


「夏にはもっとたくさんの花々が咲いて綺麗よ。 アニー姫殿下も毎年楽しみになさっているわ」

「姫殿下? 王族直系の…」

「そうよ、第三王女のアリェーニ姫殿下。 今は魔術のお勉強中でね、わたしが先生をしてるの」


 魔術の知識と技術を学び、宮廷技術となった時には更に次世代へ知識と技術を渡す役目を担うのだという。


「王族も魔術に関して学ぶんですね…。あ、フラーウさんも王族の血筋でしたっけ?」

「そうよ。直系の血筋ではないけど、親戚って所ねぇ」


 過去に交わされた契約により、王族の血筋の中で魔力値が高く適正がある者が術式について詳しく学ぶ。

 王族に王女が生まれると技師になる事が多いらしい。 王の直系にあたる王族の男性は王座や政の傍ら技師の資格も取れる特別枠だとか。

 王族の血筋ではなくとも、素質と魔力値が高ければ技師になれるが、道のりがかなり難関だという。

 大半の技師が王族の遠縁にあたる者たち成り立ち、資格を貰えば爵位を返上し、契約を結んで技師としての人生を歩むことになる。


「王族の血筋にはね、森人族の血が混ざってるの。 何世代かで随分とその血は薄くなってしまったけど…その理由もあって大陸外の種族に少し融通をしてもらえたりしてるのよ」


 魔力値も高い王族の血筋だからこそ魔術の知識と技術を絶やさぬようにしているのだという。


「色々と厄介ごとが多そうですね」

「戦争から九百年たってもこうなんだもの。長寿種族とっては一、二世代前の話になるから…まだまだそのネタを引っ張られそうで困るわぁ」


 フラーウさんからため息が漏れた。

 森人族や竜人族は長寿種族なところもあり、人族がやらかした案件を親世代から詳しく話を聞いたりアレコレしろと言われてる可能性が高い。


「何か打開策があればいいんですが…」

「一度崩れた信頼を取り戻すには其れ相応苦労するものよ。 …そうねぇ、森人族や竜人族、山人族の三、四世代先…人族にとっては何十世代も先になるわね。 それぐらいの時間が経てばもしかしたら契約が緩和されるかも、なんて淡い期待を抱くしかないわ」


 何百年、下手したら千年先という途方も無い話だ。


「それよりもほら、あの建物が見える? オルディナ王国が誇る書庫よ」


 中庭を突っ切った先には城壁が見え、その城壁に沿うように立派な建物があった。


「あの中には様々な書籍があるの。古い時代のものから最近出た書籍も収めされているわ」

「!そうなんですか、すごいですね…!」


 異世界版、国立国会図書館という訳か。

 日本国内で出版された本やら雑誌、全てが集められているのが国立国会図書館だ。

 そこに俺の名義のコミックスが収められるのを夢見ていたが終ぞ叶わぬ夢となった。夢は夢のまま、ということなのだろう。


「うふふ、サクマ君、目がキラキラしてるわ、やっぱり本が好きなのね? 馬車移動の時はよく本を読んでたし、街中でも本を見かけると読みたそうにしてたものねぇ」

「は、はい…そうですね…本を読むことは好きです」


 バレていたようだ。 本って聞くとテンションが上がってしまう。


「あの書庫に入るのにも許可が必要なんだけど、わたしの上司にお願いしてみるわ」

「…いいんですか?おれ、その…大陸外からの者ですし…」

「いいのよ。代わりにと言ったら難だけど、協力してほしい事があるの」


 フラーウさんの指先が俺の肩にするりと触れた。

 妙にゾクリとする触り方で心臓が跳ね上がる。 エッチな触り方は禁止ですよ。


「き、協力ってなんですか?」

「術式を探知する魔道具の修理よ」


 フラーウさんの青紫色の瞳がきらりと輝いた気がした。


 彼女の話によると、森人族や山人族から譲り受けた検査用の小型版魔道具がいくつかあるのだという。

 メルカトールやオルディナの警備面で使われている魔道具で、殺傷能力や強力な術式を探知する魔道具らしい。

 つまり、魔道具の内部には強力な術式の情報も含まれているということになる。


「機密性が高い一部の魔道具にはわたしでも触れてはならない制約があるのよ」

「修理不可ってことですか?…ほんとうに面倒な制約事が多いですね」

「そうなの。 でも重要な魔道具でしょ? 山人族に修理を打診してるんだけど、忙しいみたいで先延ばしにされててね」


 国境門でも少し聞いた話だ。 多種族である森人族や山人族とは連絡できる間柄だが、返答に半年から下手をすると年単位で待たされる事もあるとか。 長寿種族ゆえに時間感覚が人族とズレているのかもしれないが…。


「おれに直せるのなら協力しますが…また契約書に署名しなきゃいけないのでは?」

「メルカトールでした契約の内容にもあった通り、サクマくんが第三者に魔術の情報を口外しないこと前提よ。 それさえ守ってくれれば新たに契約しなくても大丈夫。 契約内容が重複するだけだし…それに、サクマくんが結んだのは血の契約書よ? 破りたくても契約書の効果で破れない筈よ」

「ア、ハハ…ソーデスヨネー」


 契約書の効力がある無いは置いといて。

 修理ならば何度か経験はあるから可能だろう。それに書庫閲覧の権利はとても魅力的だ。 俺が知らない世界のことや歴史とか調べたい事もあるし、修理して許可が下りるのなら話に乗った方がいいだろう。


「大陸外に追い出されたくはありませんから口外なんて考えませんよ。 おれで良ければ修理します」

「嬉しい!サクマくんは頼もしいわねぇ! …やっぱり宮廷技師の件、真剣に考えてくれない?」

「あはは…それについては追々…」


 するりと俺の身体に長い腕が巻き付いた。ついでに背に大きなデカパイの感触。

 異性認識されていない故の距離感なのだろうがちょっとは考えてほしい、とは強く言えない俺。

 

 大きな書庫の隣に技師管理下の塔はあった。 塔へ続く門には兵が数人の警備があり、フラーウさんの後を歩いていた俺が門へ近づくと兵達が止めようとしてきた。


「宰相の許可は取ってあるわ、彼は通してあげて」

「「はっ」」


 フラーウさんが懐から一枚の書類と取り出すと、それを検めた兵達は素直に敬礼して身を引いた。


「…事前に許可をとってたんですか?」

「ええ、サクマくんなら承諾してくれると思ったから」


 フラーウさんが艶やかな唇が笑みを浮かべた。 うーん、手のひらで転がされている。


 五階はありそうな塔には入口が一つしか無いらしく、塔の側面には人が通れそうな窓も見えない。 厳重そうな作りだ。

 門をくぐると頑丈そうな扉が見え、その横には縦長い台が設置してあった。

 フラーウさんが懐から銀製のメダルのような物を台へかざした途端、魔術式が起動する気配がした。 多分、防犯系の術式だろう。


「警備が厳重ですね」

「この塔は魔術の情報が集まってる重要な場所だからね」


 彼女が持っている銀製のメダルにも魔石が付属されているようで、フラーウさんのみが使えるカードキーに似た物のようだ。 彼女の両腕は更に何かの動作をした。


「さあ、サクマくんもこの台に手を置いて魔力を込めて。 塔の防犯記録にサクマくんの魔力波が登録されて一時的に出入りできるようになるから」

「はい、わかりました」


 言われるまま台へ手を置くと台の魔術式が動きだし、入口の扉が音を立てて開いた。

 塔の中は意外にも広そうで、入口から入ったすぐの空間はエントランスフロアーのような雰囲気だ。 そこにはあまり使われてなさそうな机と数個の木箱が設置してあるが、何故か人の気配はない。


「…他の技師の方は? ここは宮廷技師の仕事場…なんですよね?」

「そうよ。 オルディナ王国にいる技師はわたし含めて六人。 技師資格を持ってる内の四人は本職が別にあってここには居ないの。 よく出入りするのはわたしと修行中の姫殿下、同僚の技師の一人ね。ほら、アレ」


 そう言ってフラーウさんは壁にある掲示板を指差した。

 掲示板には『エレガテイス:外回りで不在。行先→医療室』と走り書きの執筆と、その下には『アニー:二十五日間の自習。 お師匠様が帰還後に勉強再開。お師匠様へ、帰ってきたらお土産話楽しみにしてるわ』とも追伸らしきメッセージもあった。

 アニーという名はアリェーニ殿下の愛称だろう。


「五階はわたしの住居。三、四階には魔術関連の書庫と姫殿下の勉強室があって、二階には休憩所に仮眠室。一階は受け付け。 地下が仕事場よ」


 螺旋階段を下ると沢山の木箱が積まれてある部屋があった。 見たことがある魔道具も覗いている。 魔石の貯蓄もあるようだ。魔道具をよく見れば、使い古され動かなそうな物が多く見える。


「地下一階はご覧の通り、魔石や素材置き場と修理待ちの魔道具置き場ね」

「もしかして、壊れた魔道具の修理って…」

「二人でオルディナ王国すべての魔道具の修理を担当してるのよ」

「うわぁ…」


 これはブラックの香りがする。


「本職がある他の四人も手が空いてる時に手伝ってはくれるのよ? けど…その四人は特に忙しい人達だから…」

「はあ…それで人手が足りないってことですか」

「そーよぉ、実質わたしとエレガテイスの二人だけで修理に当たってるわ。 他の本職一本の技師達は他の街に転勤してるし、外界門のあるメルカートルや魔物の出現率が高い大森林のモンテボスケに技師を集中させてるしかない状況なのよねぇ」


 絶滅危惧種の魔術士改め、技師達はオルディナ領の各領地へ分散させて魔道具の修理状況を調整しているようだった。

 しかし、次世代の教育もしているフラーウさんの負荷は相当大きい筈だ。タ、タイヘンダナ~。


 更に地下二階の部屋にはいくつかの作業台があり、壁には設計図や書類棚、修理途中の魔道具や魔石が入っている箱も詰まれていた。 ごちゃっとした雰囲気はまさしく職人の仕事部屋らしさがあった。


「修理してもらいたいのはコレ」


 フラーウさんは作業台の中央に置かれてあった複数の魔道具を俺に見せてくれた。

 その魔道具は俺の小さい両手でやっと握れる程の太さと六十cm程の長さがある棒状の形をしている。 手持ちでも持ち運べるような取っ手もついてあった。


「立って修理するよりも座った方が集中できるでしょ? はい、どうぞ」

「あ、はい、ありがとうございます」


 素直に背もたれのある椅子に着席して作業台の上の魔道具に手を伸ばす。

 棒状のボディをくるくると回し、継ぎ目を見つけて俺は魔道具の内部を覗き込んだ。

 魔石内部の術式に異常が無いか、破損はないかと一つ一つ丁寧に調べるとどれも小さな傷や術式の綻び、魔力切れといった比較的に簡単な部類の理由で動かなくなっていた。


(…魔石自体はまだ使えるな。 魔力補充をしたり術式の補強をするだけで良さそうだ)


 警備に関わる機密性の高い魔道具だとしても、使えなくなってしまえばただのガラクタ。 森人族も山人族も、人族に対して制約で縛るのならもっと迅速な対応すべきだろうに。


(契約を破るような事をしたら人族は極刑コースだって聞くし、そこまで厳しくするならもっとレスポンスを早くすべきじゃ…、……ん?)


 ふと、疑問が頭を過った。

 機密性の高い魔道具は宮廷技師でも触れてはならない制約。 だからこそ、本来は大陸外の種族に魔道具の修理を任せていると聞いた。

 フラーウさんの上司の許可が取れたとしても契約間のある森人族や山人族からは許可が下りたのだろうか? レスポンスが遅いと定評があるのに?


「…あの、フラーウさん?この魔道具、おれが直して本当にいいんですか」

「ん~?」


 ふと、フラーウさんが俺の足元で木箱の中身をごそごそと漁っている。 何を漁ってるのかわからないが、桃色の頭を見下ろしながら魔道具を指さした。


「この魔道具…宮廷技師でも勝手に直しては駄目なんですよね? 大陸外の…技師の資格もない第三者のおれが直していいものか…山人族の許可は取れたんですか? もし契約違反になったら大変じゃ…」


 がちゃり、俺の両足に冷たく重い何かが触れた。


「?…何を…?」

「あ、ぴったり。小さい物を用意してよかったわ」


 笑顔で見上げてきた彼女の手元には金属製の黒い物体が見えた。 その形状は一度見たことがある。 両足の可動域を狭める道具、鉄で出来た黒い塊――


「子供用の足枷なんてないから探すのに苦労したわぁ」


 俺の両足に鉄の枷を嵌め、フラーウさんはいつもどおりに微笑んでいた。


「――っなんっ、うっ」

「ダメよ、無理やり動いたら肌に傷がつくわ」


 慌てて立ち上がろうとすると、フラーウさんに上半身を椅子の背に押し付けられた。 肩を押さえつける手は意外に強く、抵抗する間も無く俺の両腕に重い枷がかけられる。

 じゃらじゃらと重い鎖がぶつかる音と肌に触れる枷の冷たさと重さに息が詰まった。


(これ、ガチだ。ガチの拘束具だな!?)


 前人生ではそっち系のオモチャを生で拝んだこともなければ身に着けたこともない。が、これがリアルガチ拘束具だと俺は理解した。

 拘束具初体験で動揺している隙にフラーウさんは枷の鎖を椅子へと巻き付け、あっという間に俺の身体は完全に動かなくなってしまった。 なんだよこの状況?


「…あー…もしかしなくても、魔道具の修理って嘘ですか。おれをここに誘い込む為の」

「その通りよ。…ごめんなさいね」


 少し困ったように微笑むだけで、フラーウさんは拘束具を外してはくれなかった。


「本当はね、この魔道具の修理はわたしでもできるの。 完全に触れないのは国境の結界魔道具の核と外界門の魔道具だけ。 探知魔道具とはいえ、日常的に使う魔道具をわざわざ森人や山人に直してもらうのは面倒で手間がかかるでしょ? もちろん、重要な情報が詰まってるのは事実だから修理するにも面倒な規約があるんだけど」

「…おれに何をしたいんです」


 手足にある拘束具をどうにかしたくて身体を揺らすと、細長い指先が悪戯はダメよと咎めるように俺の太ももに触れた。


「こうでもしないと調べられないのよ、サクマくんの身体」


 調べる? 国境門でやったような調査ってことか?


「…おれの身体…まだ調べ足りないっていうんですか」

「実はね、国境門からこのオルディナ王国にくるまで機会を窺って試そうとしてたのよ。 けど、朝から夜まで貴方はオネットちゃんとフィエルちゃんとべったりだし…」


 俺の太ももに触れる指先がゆるゆると上へあがってくる。 そのくすぐったい感触にぞわりと体が震えた。


「スルスの宿舎でやっと一人部屋に泊まってくれたから意気込んでたのに。サクマくんは本を読んでなかなか寝ないから困ってたのよ?」

「…………」


 知られてたー! 実はスルスの宿舎で一人寝が出来なくて本読んで夜更かししてたの知られてたー!フラーウさんも監視してたのかよー!


「結局、強引に今日に決行したって訳ね」

「そこまでして…術式で調べたいんですか…」

「術式で調べようとしてもキエト隊員はダメだったって報告は聞いてるわ。 これでも私の鑑定術式はオルディナ王国でも一二を争う腕前なのよ。 だけど、メルカートルで術式をサクマくんに使った時…」

「へっ」


そんな気配しませんでしたけど!?


「うふふ、気づかれないように()()してたもの」


 そう言って、フラーウさんは机に置いてあった小さな認識阻害の魔道具を指さした。

 認識阻害の魔道具があれば魔力気配を消すことは容易い。 だが、術式同士がぶつかった時の衝撃をどう誤魔化したんだ? どれだけ見目を誤魔化そうとしたって触れられたぐらいの感覚はする筈で――あ。

 思い返せば、フラーウさんと二人っきりの時はべたべたと身体を触られたり、妙に距離感が近かった覚えがあった。 あからさまなボディタッチで俺の気を逸らして誤魔化していたのかもしれない。

 デカパイ背中に押し付けられてドキドキしてる場合じゃなかった!おっぱいは悪くないけど!俺のバカ!大馬鹿野郎!


「けど、結局はキエテ隊員と同じように、私の鑑定術式でもサクマくんの身体には効果が無かったの。 …その理由も追々詳しく知りたいわねぇ?」

「…あ~…う~、ちょっと考え直してみませんか…」


 俺用に正しく術式を組んでないから弾かれてしまうんですよとは言えず、俺は冷や汗をかくばかり。


「こ、こんな対応されるのは心外です。 無抵抗の男児をこんな風に縛り上げて検査するのは不当ではありませんか? …それとも、こんな対応をするのがオルディナ国王、引いては臣下の総意と受け取っていいんですか」

「あら、随分とこましゃくれた言い方ね」


 小さいチワワを愛でるかのように彼女の指先が太ももから際どい下半身へ上がり、胸元から首筋へ到達する。

 その指先はゆるゆると俺の首元の肌をなぞった。 くすぐったいからやめてくださいおねがいします。


「いいえ、オルディナ国王は…陛下とは関係ないわ。 これはわたし個人の考えで勝手にやろうとしていることよ。…わたしはね、サクマくんの身体に興味があるの」


 覗きこんでくる青紫色の瞳がらんらんと輝いている。

 SMプレイよろしく椅子に縛り上げられ、デカパイの綺麗なお姉さんに迫られているこの状況。 そんな状況下で意味深な言葉を投げかけられた日には脳内大混乱である。

 身体に興味があるってスケベな言葉に聞こえてしまうのはアレですか、俺が糞童貞だからですかそうですね。

 って、なんで俺の胸元を全開にするんですか。 あ、鎖骨をくすぐらないでください胸元に指を這わせないでください!? 検査って成人向けエロ漫画みたいなえっちな検査!?


「だから、ね?」

「……っ」


 フラーウさんが取りだした物を直視し、俺はごくりと息を飲みこんだ。

 鉛筆よりも太い棒状の物。 それはガラス製の透明な容器で中には液体が入っている。

 形は少し違うが、注射器そのものだった。


「わたしは別の検査方法を試したいの」

「っ、あ、」


 と、思った時にはすでに俺の首に針が刺さっていた。 ぐぇ、それなんのお薬!?


「サクマくんは目を閉じて、次に目が覚めた時には全部終わってるから安心して」

「…っ、う…」


 ぐぐぐと容器の中の透明な液体が、針を通して俺の身体の中へと入ってくる。

 じわりじわりと液体が浸透していき、言葉にできない感覚が身体を駆け巡る。 注射されて数十秒、ぐらりとした唐突な眠気が俺を襲った。


(睡眠系の薬って、エロ漫画、展開、かよ…)


 まさか異世界で、成人向けエロ漫画ご用達アイテムを味わう事になるとは思っても見なかった――が。


「………」

「………」


 針をぶっさされて数分。 フラーウさんはじっくりと俺を観察したまま動かなかった。俺も半眼のまま一向に眠らなかった。何故だ。

 お互い見つめ合いながら五分が経過しようとしていた。


「………眠くない?」

「………注射され直後は眠いかもってなったんですが…」

「ちょーっとだけ瞳をとじてみない?」

「………、……。…ダメですね」

「あらぁ?…おかしいわねぇ、分量間違えたかしらぁ?」


 フラーウさんが調合したんかい。


「サクマくんは竜人の血も混ざってるって聞いたから、竜人族にも効く成分を配合したんだけど…」

「…………」


 忘れてた。

 俺の人外ボディーは竜人族仕様のデバフ耐性特化型だった。

 竜人族の特性が下地に生かされている人外ボディーは正しい俺用の術式を組み上げない限り、強化術式でも弱体化術式でも、毒でも薬でも菌でも害も効果も影響のない仕様なのだ。


「…困ったわねぇ…意識が無い状態でみっちり調べたかったのに…」

「ここで諦めるという選択もありますよ…?」

「…いいえ、この機会を逃したら一生調べられないわ! このまま強行しましょう!…ちょ~~っと気持ち悪くなるかもしれないけど我慢してね?」

「!??」

「うふふ、そんなかわいい顔で怯えないで? …変な性癖に目覚めそう」


 ひぇ…。


「…やだぁ冗談よ、冗談?」


 その疑問形で語尾が上がるのはなんでですかねぇ。


 意識が無い状態で何をされていたのか。意識のある俺をどう調理しようというのか。

 悲しいかな、フラーウさんは諦める様子はなかった。


(…普通と違うって…人外だってバレたら俺、どうなるんだ…)


 黒猪のように解体コースになったらどうしよう。








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