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異世界での二度目の人生は孤独死を回避したい。  作者: 森山
第二章 旅は道連れ、世は情け  ドミナシオン編
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15.ドミナシオン編

 

 性別勘違い混浴事件から一晩明け、俺達は再び南にある国境門へと移動を再開した。

 左手に見える森の奥にそびえたつカエルレルス山脈が大きく面前へと迫っている。


「サークマ、おーい」

「………」

「サクマ、果物食べる?」

「………」

「お前、割と根に持つ性質(たち)?毛も生えてないチンコ見られただけで不貞腐れるなよ」

「一言余計です!」


 俺の努力も虚しく会話ボイコット強制終了。

 すいすいと平原を滑るように空飛ぶラグマットは絶好調だ。それに乗ってる二人はもはやピクニックスタイルでリラックスモード。俺はラグマットを操縦する係。


「サクマ落ち着いて、ほらほら、あーん」

「っじじ自分でたべれますっ」

「えー、だってサクマ、魔道具操作で両手塞がってるでしょ?」

「うぐぅっ」

「フィー、甘やかしすぎ。あたしにもちょうだい」

「はいはい、オネにもしてあげる」


 フィエルさんがせっせと果物を食べやすいサイズにカットして俺へと差し出してくれた。

 俺の性別勘違い事件への詫びなのかフィエルさんがすごい甘やかしてくるのだ。正直対応に困る。断るのも無理そうだと察知し、そろりと口を開けると唇と舌先に甘さを含んだ果実が触れた。頬が熱くてたまらない。この年頃の女の子は年下の男の子にこういう対応するのが普通なのか?

 その差し出された果実に齧りつくとフィエルさんが俺の口元をじっと見て一言。


「…なんかだか今とってもイケナイ光景を見た気がするわ」

「っ?!んぐっ、げほっ!」


 盛大に咽せた。真顔で何をおっしゃってんだ。


「サクマ、その恥ずかしそうに目を伏せて食べる仕草を憲兵の前でやってみろよ。落とせるぞ」

「ななな何言ってるんですか!オネットさん!?」

「これがグッとくるってやつね」

「フィエルさん?!」


 納得とばかりにフィエルさんが力強く頷いていた。一体何の話しをしてんだ、おじさんついてけない。


「はー、その面して男とはな…。もっと男らしく喋れよ、サクマの口調は丁寧すぎる。「私」とか言ってるから余計にわからなくなるんじゃないか?「俺」とか「僕」とかにしとけよ」

「容姿の文句なら父に言ってくださ、へ、あ、ゥ、ウレ?う、ぉ、れ…おれ、おれの方が男らしいか?らしいだぞ?だぞよ?」

「全然ダメ」

「逆に違和感」

「………」


 どうしろというのか。


「その年頃だと男も女も見分けつかないしなぁ…髪短く切ってやろうか?多少は男っぽくなるだろ」

「わた、おれも短くしたい気持ちはありま…あるんだが、父の遺言で髪を切ってはダメだとあったんだゼ」

「なんだそれ、森人族の掟か?」

「実家だけの掟なんですだぞ」

「サクマ、無理して語尾を男っぽくしなくてもいいのよ…」


 フィエルさんに不憫そうに見られた。よし、今後のためにも練習しよう。


「男らしい会話が出来るよう練習をしまするぜ」

「下手くそ」

「愉快な口調になったわね」


 前途多難そうだった。

 そんな会話をしたり辺りを警戒したり地図を見ながら移動すること八時間。ホースの街を過ぎた先、夕暮色に染まった山脈の間にそびえたつ国境門へとたどり着いた。






 ※※※※※






「さて、聖女一行はいつ頃に国境門へいらっしゃるのでしょうねぇ」

「………」


 口を閉じることが出来ない男は、優雅に紅茶を啜りながら独り言を呟いていた。この男の声を聞くと耳鳴りや頭痛が酷くなる。不快だった。

 商人らや旅人の通過は日に午前と午後に三度行われる。その三度、すべて念入りに調べたが聖女の気配はなかった。

 この北門の厳重な検査を抜ける事など不可能。

 不可侵結界とは別の魔道具を置いているのだ。特定人物や魔石が発する微量の魔力を感知する魔道具。それらを掻い潜るのは安易ではない。それに、


「どんな浅知恵で通ろうとしてくるか楽しみですが、こちらは歓迎して差し上げる準備が万全に整ってます。五日もすれば帝都から増援も到着するでしょうし…あの野良犬と聖女のお顔が恐怖に歪むのを想像すると楽しくて震えてしまいますねぇ」

「………」


 ズペイが満足げに側に置いている魔道具を眺める。この北門には魔力探知の魔道具の他、大型の魔道具を二つ設置してあるのだ。

 一つは帝国が作った魔術札の無効化の指示を出せる物。

 二つ目は、対象者を捕縛と足止め、隠し術式で洗脳術式を掛ける魔道具。 直接、肌に彫った洗脳術式に働きかけることも可能であり、入れ墨が無くとも一時的に思考を縛る事が可能なのだ。これに囚われて仕舞えば何人たりとも逆らえやしない。


「帝都の技術は素晴らしい! 今はまだ大陸外の種族に遅れをとっているでしょうが、いずれは他種族に追いつき覇権を手にするのは我がドミナシオン神聖皇帝国でしょう」

「………」


 頭の頭痛と耳鳴りが酷く感じ、そっと眉間を指で押さえた。

 ズペイはそれに気付かずペラペラと他種族への不満をもらしている。我々ドミナシオン、純人族は小さな大陸に囲われるだけで終わる筈のない人種なのだと。


(本当にそうだろうか)


 ドミナシオンは制限された中で長い時間をかけて魔術式に関する知識や技術、魔道具作成に死力を尽くしてきた。 だが、それは僅かな氷山の一角ほどでしかない。

 魔術式の技術は他大陸と比べれば未だ弱い筈、


(…?)


 ふと、首筋に何かが触れる感触がした。

 瞬時に周囲の気配を探るが、横でペラペラ喋る男以外この場には数人の憲兵しかいない。


(……風、か? )


 今いるのは北門を面前に控えた天蓋の中だ。入り口を通った者は数分前に警備を交代した憲兵の者しかいない。風を感じる事など無い筈。と、外からガチャガチャと甲冑の音と足音が聞こえてきた。


「ズペイ様、ドミニス様!エーベネからの報告がありました!」

「おやおや、やっときましたか。入りなさい」


 入り口の天幕を潜り、若い憲兵が敬礼をして入って来る。


「エーベネの街でお探しになられている三人組が、馬を買った話しや馬が奪われた話しはありませんでした。国境門への道やオースでも同じく見かけた者はまだないと」

「そうですか。ドミニス様、どう思われます?」

「……、……徒歩ならばここまで来るのに暫く掛かる筈。だが、街を脱出した時のような魔術札を使用している可能性もある。オースや周囲の監視を続けよ。商人らからも情報を常に聞き出せ。国境門の警戒を怠るな」

「はっ!」


 若い兵士は敬礼をして天蓋から足早に出て行った。ふわりと天蓋の布が大きく揺れる。…風でも強いのだろうか。


「…ふん。まったく手間のかかる聖女様です。さっさと孕ませて身重にさせてしまえばよかったのですよ」

「……」


 あの聖女、フィエル嬢は身体の成長を妨げる程、日々治癒の力を振るって魔力枯渇に苦しんでいた筈だ。

 二年前に帝都で見かけた事があったが、子を身籠もれるような健康体ではなかった。エーベネの街では年頃の娘らしい健全な姿に見えたが子を産ますために体調を整えさせられたのだろう。そのタイミングを逃さず、元暗部の女と共に城を抜け出したと言う所か。

 あの二人を捕まえることは安易い。たとえ、その身に刻まれている洗脳術式が無効化していたとしてもこちらには洗脳術式の魔道具がある。だが、


「…あの黒髪の少女…」


 黒髪の少女がわからない。魔術札を使わない魔術を使用したという話も聞く、もしかしたら…


「おやおや、ドミニス様。あの少女にしてやられたのが悔しくてたまらないのですか? あの少女のことは知りませんが…まとめて捕まえてしまえばいいのですよ。魔力が高ければ城の家畜にしてしまえばいい」

「………」


 ズペイがさも当然とばかりに鼻でニタニタと笑う。

 そう容易く物事が進めばいいが。ズキリと痛む頭を押さえズペイの独り言を聞き流した。






 ※※※※※






「…て、偵察から戻ってきました!…あれ、ここでしたっけ…」

「こっちだ、サクマ」

「ひぇ…っ」


 国境門から少し離れた森に仮拠拠点として身を潜めることにしたのだが。

 認識阻害マシマシの結界の境界線からはみ出たオネットさんの生首が浮かんでいる絵図はホラー過ぎてびびる。

 結界の中へ入ると、赤く燃える薪とフィエルさんとオネットさんの姿が視界に飛び込んできた。二人の姿を見て少しほっとする。

 おまけになんだかいい匂いが…あ、今日の夕食はホワイト系シチューですか。おいしそう。


「お疲れ様、サクマ。大丈夫だった?怪我はしてない?」

「問題ありません。持ってる認識阻害の魔道具で姿や気配を消すことができるので」


 国境門の側の森に身を潜めてから少し後、俺単独で国境門の様子を偵察しに行ってきたのだ。

 警備の数や配置を見回った後に敵陣のドミニス公爵とズペイが控えている天蓋へと侵入、対俺たち対策用の魔道具の術式も調べてきた。

 その時、ドミニス公爵の装備の術式も調べようとしてうっかり長い髪先が触れてしまったが、本人は視線を動かしただけで終わった。あの時は死ぬほどビビった。


「国境門の警備はどうだった?」

「憲兵や兵の数は五十名程、話によると数日後…五日には帝都から援軍がくるそうです」

「…突入するのは早い方がいいな。今日の深夜、いいか?フィー、サクマ」

「わた、おれも同意見です」

「移動が楽だったから体力は十分よ」


 薪を囲んで亡命作戦会議である。ついでとばかりに晩飯も同時進行。


「…そんな感じで魔道具で対策されてますね。 帝国産の魔術札を使えば無効化されるうえに近づけば魔道具でフィエルさんとオネットさんの魔力気配を探知されます。 あと、洗脳術式の効果がある魔道具もありました」

「くそ…なら、帝国から奪ってきた魔術札は使えないな…」


 オネットさんが悔しげに魔術札の板切れを懐と鞄からごそごそと取り出して薪に放りなげはじめた。あちらこちらに二十枚はしこんであったように見える。


「…たくさん盗んで来たんですね…いったいその量を身体のどこに仕込んでるんですか…」

「そりゃな、いざって時の魔術札だから身体のあちこちに仕込んでる。ナイフも沢山あるぞ」


 ほら、とばかりにごろごろと小さなナイフが出てくる出てくる。 ちょっとした武器屋のようだ。


「しかし洗脳術式の魔道具がやっかいだな…身体にある入れ墨の術式を無効化してはいるが、魔道具事態が拘束系の効果もあるならどう対処すればいいか…」

「それについてはわた、おれにいい考えがあるので」

「いい考え?」


 フィエルさんがシチューを皿に注ぎ込みながら首をかしげる。暖かい湯気と匂いにお腹がなりそうだ。


「それについては後で話しますね。…まずは、当初の作戦ってどんなのを考えてたんですか?」

「うん?国境門突破の作戦か?」

「はい、お二人だけでどう国境門を越えようと考えてたのか聞かせてください」


 オネットさんがおもむろに片手を上げて上腕二頭筋付近をぱしんと叩いた。


「憲兵を片っ端からこの腕でぶっ飛ばすだろ。次にこの強化術式で北門をぶっ壊して南門まで突っ走る!」

「………」


 脳筋作戦じゃねぇか。


「オルディナ側の協力者さんはなんと」

「まぁそれしかないなら仕方ないね、ぐらいな反応だった」

「…はぁ」


 それお手上げっていうサインなのでは。


「荷物に隠れるとか商人に紛れるとか色々考えたが、どうしたって検査で疑われてバレるし、魔道具で確実に正体はバレるだろ。 後はもうごり押しの力技しかないじゃないか」

「わ、おれもそういう作戦は嫌いではありませんが…そうですね」


 穏便にやれるなら穏便に越したことはないが、ガンガン行こうぜ!なら致し方がない。全火力でやるしかなかろう。


「では、おれが考えた作戦とオネットさんの作戦を合体させてしまいましょう」


 俺はそう言いながらオネットさんとフィエルさんの面前へ鞄から取り出したそれらを広げて見せた。


 浮島でこさえた大量の使い捨て魔術札総数三百枚と、地味だがお洒落なイヤーカフと指輪。そして、ちょっと小粒より大き目な純魔石を数個。


「サクマ、これって…?」

「うわ、えげつない量の魔術札…」


 オネットさんとフィエルさんが反応もそれぞれに感嘆の声を上げる。


「備えあれば憂いなしって言葉、前に言いましたよね」


 大丈夫だと伝わるように笑顔で言い放った。


「この際だから派手に暴れましょうか」


 懸命に足掻いている彼女達の門出だ。ちょっと大き目な花火を打ち上げても罰はあたらないだろう。






 ※※※※※






「敵襲ーー!敵襲ーー!!正面、敵襲あり!!」


 誰もが寝静まる深夜三時。警戒音の鐘が鳴ると同時に揺れが襲った。


「何事です?!今の揺れはなんですか!」

「…敵襲だ、国境門へ向かう」


 北門の側にある監視塔の上官の一室、仮眠室から飛び出た寝間着姿のズペイを置き去りにして国境門手前の広場へと向かった。いつ襲撃があってもいいように剣と防具は身につけている。

 炎に淡く照らされた広場には警備の者が三十名ほど集まりつつあった。いつもとは違う緊張感が辺りを包んでいる。ざわざわと兵達の囁き声は動揺しているかのような雰囲気だった。


「ドミニス様、敵は三名女子供。ですが…かなりの数の魔術札で次々と憲兵達を眠らせているらしいのです」

「…そうか」


 暗部の野良犬とフィエル嬢の戦力は高が知れている。

 オネットといったか、あの女に盗まれた魔術札は三十枚程だと報告があった。城を抜け出した際に十枚使われた報告もあった筈。

 この北門周辺は帝都で作られた魔術札を無効化、または使用できないようにする魔道具は起動してある。その魔道具の術式効果が出ていないということは帝国産の魔術札ではないということ。


「動揺するな、動揺は隙を作るだけだ。 術式にかかった者は叩き起こせないのか?」

「そ、それが…叩いても殴っても起きないらしいのです」

「その場限りの催眠術式ではないな。魔術札を優先して破損、破壊して術式を防げと憲兵全てに伝達しろ」

「はっ!」


 ビシリと敬礼をして若い兵が走り去る。すでに何十名かの兵が眠りこけているのだろう。前線から離脱したらしい者達が眠っている兵を担いで隅へと追いやっている。

 あの者達がどれほど魔術札を所持しているのかはわからないが、もしかしたらこちらの兵の大半を一時的に潰せる手数があるやもしれない。


(…エーベネでも思ったが、やはり、)


 あの黒髪の少女は危険だ。優先してどうにかせねば北門を突破されかねない。






 ※※※※※






「十一、十二、十三…十四…十五っ」


 国境門へと大股で進み始めて十分程、襲いかかってくる憲兵達を片っ端からお手製の魔術札で眠らせていった。

 只今、十五名がぐっすり睡眠タイムとなっている。どうしたって七時間は起きやしない催眠術式(強)だ。


「サクマ、こっちは五人目!」

「こっちは六…七人っ!」


 後ろと左横を任せているフィエルさんの声と、後ろと右横担当のオネットさんからも報告が飛んでくる。二人とも俺が作った魔術札を使いこなせているようだった。


「敵対勢力の残りの数は二十八人と、騎士と従者もどき、ですねっ」


 出だしの快調ぶりに思考が奪われたのか、横から剣を振り上げ兵が襲いかかってきたことに反応が遅れた。と、俺と兵の間に赤い影が割り込む。


「サクマ、あんま急いで前に出るな。兵の動きが変わった」

「は、はいっ」


 オネットさんが兵の剣を弾いてくれた。

 たしかに魔術札を持った手元を狙って来たような気がする。反撃されたらたまったものではないと、即座に襲ってきた兵も催眠術式で強制ぐっすり快眠へとご案内した。

 魔術札自体を剣で切りつけられようがこちらの札の在庫は十分にある。


(浮島で作っていてよかった!)


 強迫観念も時々いい仕事をしてくれる。

 もう前方には国境門の北門が見えていた。国境門はシンプルな作りだ。大きな門を囲うように円状に広場があり大きな通路が正面へと伸び、その両側に立つのは大きな監視塔二つと高さがある外壁。

 全体は常に憲兵が監視の目を光らせられるシンプルな作りだ、それゆえに隠れる場所が無いのは一目瞭然。たしかにこれだとごり押しの力技しかないだろう。


「オネっ!サクマっ!」

「!」


 フィエルさんの声と同時に何かが弾かれる音が響く。俺を包むように光の壁が現れていた。

 床を見ると数本の矢が転がっている、外壁の上から弓兵が飛ばしてきたのだろう。それをフィエルさんが防御系の魔術札で防いでくれたのだ。


「助かりました、魔力残量は大丈夫ですか?」

「治癒と比べると魔術札は魔力消費が軽いから平気よ、それに魔石もあるから」


 フィエルさんとオネットさんには魔力枯渇にならないよう、事前に魔力バフの魔石を渡している。こういう時の魔力補助の魔石はとても便利だ。


「外壁の弓兵、始末してくる」


 オネットさんがそう言うと軽々と外壁へ駆け上がっていった。 強化術式を発動させているのだろうが身体能力高すぎ忍者かよ。

 フィエルさんは俺の三人で正面からの憲兵を次々と眠らせ、その眠った兵達の上を跨ぎながら門へと歩みを進めた。

 途中、外壁の弓兵をすべて眠らせたオネットさんが上から降ってきて、回転斬りをする様に五人の兵をまとめて眠らせるという派手な立ち振る舞いを見せてくれた。オネットさんは主人公属性だな。

 時間にして十五分だろうか、立ち向かって来る兵を次々と眠らせて大きな北門前の広場へとたどり着いた。

 大きな門の手前には兵が十名と、ひょろりとした男が一人。


「おやおや、随分とお早いご到着で。正面から堂々といらっしゃるとは驚きましたよ」


 ネッチョリ口調のヒョロリとした男、ズペイが北門の横に待ち構えていた。寸前まで寝ていたのかもしれない、ちょっと寝癖がついている。

 そのズペイの横にはいくつかの大型魔道具が見えた。偵察の時に見た物だ。そして、


「…そう容易く通す訳にもいかない」


 門の前に立ちふさがっているのは鎧に身をつつんだドミニス公爵様だ。 その立ち姿は強者の風格が漂っている。顔色相変わらず悪そうだけど。


「黙って見逃して貰えたら嬉しいんだけどな」

「戯言を。野良犬如きが」


 睡眠を邪魔されたのが苛立たせたのか、ズペイはご機嫌が悪そうにオネットさんの煽りを流しきれずに舌打ちを漏らす。

 そんなズペイは気持ちの悪い営業スマイルでフィエルさんに笑いかけた。


「フィエル様、いい加減に大人しく従っていただきますよ。これが何の魔道具かお分かりでしょう?」


 ズペイが脇に設置してある魔道具へと腕を伸ばす。

 偵察の時にもみた洗脳術式の魔道具だ。効果が正しく発揮されれば俺やフィエルさん、オネットさんを動けなくできる程の効力はある。


「…大掛かりな魔道具だな。わざわざ帝都にある物よりも強力な物を作らせたのか?」

「かなりの予算と手間を掛けて皇帝が奴隷に作らせたんですよ。 凄いでしょう! 貴女方のように洗脳術式を無効化する者たちも従順にさせられるということです」

「…用意周到なことで」


 フィエルさんとオネットさん、自力で洗脳術式の入れ墨を無効化しているということは帝都に筒抜けだったということか。


「それだけ貴女の「魔力」は必要とされているということですよ。なので、国の財産である「聖女」と「ナダフロス」を逃がすことなどできないのです。さあ、わたくしの命に従ってもらいましょうか」


 ズペイが魔道具を起動し洗脳術式が展開する。

 目には見えない魔力が急速に俺達を包み込むのを肌で感じた。


「!」

「ぅ!」

「…っ!」


 フィエルさん、オネットさん、俺の三人が同時に身体を揺らし、地面へ膝をついてしまう。途端、ズペイが両手を叩いて喜んでいる声が耳に届いた。


「おお、流石最新式ですね!素晴らしい効果です!」


 周りの憲兵達の緊張もゆるまり、ズペイのご機嫌は一気に回復したようだった。

 にたにたと満面の笑みでフィエルさんへと手を伸ばそうとする。


「さあ、フィエル様、こちらへ…」

「フィーに触るんじゃねぇよ、屑が」

「なっ!?ぎゃっ!?」


 ズペイの指先がフィエルさんへと触れる間際、オネットさんが短剣でズペイの指を指輪ごと断ち切った。


「……っ」


 同時にドミニスが頭を押さえ、踏鞴を踏む。

 洗脳術式の大本であるズペイの指輪が破壊されたことで彼自身の洗脳術式が切れかけているのだろう。


「指が!わたくしの指がっ…!な、何故!洗脳術式は…!」

「残念だったな、効かねぇんだよ」

「ぐがっ!」


 ドヤ顔でオネットさんが短剣片手にズペイを蹴り上げ、片手を抱きかかえながらもがき苦しむズペイ。手ぇ痛そう。


「ズペイ様!」

「ズペイ様、今お助け…!」

「しなくていいです、おやすみなさい」


 周りにいる兵達がズペイを助けようと動き出す瞬間、俺が即座に魔術札で一気に眠らせた。

 ばたばたと地面に大の字で眠り始める憲兵達。やー、魔術札便利だね。

 そんなスヤスヤ憲兵達が眠り倒している中心で、オネットさんに蹴り上げられたズぺイが地面をのたうちまわって喘いでいた。


「ううっ、何故、何故…!ま、魔道具は…たしかに…!」

「…こちらには、洗脳術式を無効化する魔道具があるので」


 それも大賢者と歌われたクデウさんお手製の魔道具だ。

 浮島から俺が持ってきていた変装道具のアクセサリー。

 その術式効果一覧は以下の通り、《魔力感知遮断》、《認識阻害》、《全身迷彩》、《聴覚妨害》、《嗅覚遮断》、《探知阻害》、《拘束無効化》、《洗脳無効化》、《魅了耐性》、《幻惑無効化》である。

 そう、洗脳無効化の効果を利用したのだ。

 俺自身にも、オネットさんにイヤーカフを。フィエルさんには指輪の魔道具を渡してある。これのおかげで洗脳術式をばっちり無効化した訳で。 まあ元々俺自身には魔道具がなくても弱体化(デバフ)に強い体質だから問題ないのである。


「あとは呆けてるドミニスと負傷のズペイだけだな。…これでいいか? サクマ」


 オネットさんとフィエルさんがこちらを見つめて問う。その表情はどこか心配そうにしているように感じた。


「はい、もう大丈夫です。 お二人に協力してもらってすべての兵は無力化しましたし、ズペイさんの指輪も指ごと破壊してもらいました。…なので、お二人は()()南門へ向かってください」


 魔道具を貸す際にお願いをしていたのだ。兵の数を減らすこと。ズペイの洗脳術式が施された指輪を破壊すること。そして、


「…サクマ、本当に一人で大丈夫?」

「はい、おれには野暮用があるので。それを済ませたらすぐに南門へ向かいます」


 そういって二人の背を門へと押出すと、大きな北門がオネットさんの強化術式で開け放たれた。

 門の先に見えるのは不可侵領域、治外法権たる土地だ。

 事前に、俺や二人にが持っている魔道具の魔術式すべてにナダフロスの花の液を塗って対策している。


「サクマ!南門で待ってるからね!」

「用事済ませてさっさと来いよ!」

「はい。では、後程」


 そう片手を上げて笑顔で暗闇の草原を二人の背が走っていくのを見送った。


「ド、ドミニス!はやく!止めるのです!聖女がオルディナへ逃げてしまう!兵は!?誰か…!!」

「……っ」


 ズペイが地面を這いずって喚き散らしている。だが、兵は一人残らず眠いっていて誰もいない。ドミニス以外には。

 そのドミニス自身も術式が混濁しているのか頭を押さえてよろめいているだけだった。それに苛立ったズペイがまだ壊していない魔道具へと近づき、洗脳術式を使おうと発動させる。


「ドミニス!このノロマめ! 早く追うんだ!不可侵結界内でも、南門を潜る前に捕まえて力ずくで引き戻せばまだ…!」

「それは無理ですよ。ドミニスさんが不可侵結界に一歩でも入れば洗脳術式が解けてしまいますよ? まあ、誰一人追わせませんが」


 そう言い放ち、俺は即座に短縮術式を展開させた。


【破壊】※※【強固】※【壁】※【再構築】※※


 指先から魔力が放たれ、空中に光り輝く魔術文字が現れる。

 物の数秒で轟音を響かせて外壁や門が崩れ落ちた。そして、不可侵結界への侵入を妨げるかのように分厚い壁が出現する。入口ひとつもないただの壁だ。


「…なっ!?短縮術式…!?あ、あんな小さな子供が「魔術士」とでも…!」


 ズペイが愕然と俺を見つめた。ドミニスも頭を押さえながらもこちらを見つめている。


「…大規模な短縮術式を容易く行える程の魔力量…、…このゲシェンク大陸の者では…貴様、人族ではないな…」

「アタリです。 彼女達が南門までたどり着くまでの数分間、お相手願います。ドミニス公爵様」


 俺の野暮用は、()にあるのだから。














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