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異世界での二度目の人生は孤独死を回避したい。  作者: 森山
第二章 旅は道連れ、世は情け  ドミナシオン編
14/62

14.ドミナシオン編

 

 昼食を挟んで空飛ぶラグマットで移動すること合計八時間、平原と森の境目の川べりにある岩の側で野宿二回目開催となった。


 三角型の隠蔽魔道具を中心に、燃える魔石を燃料に薪を囲って夕食タイム。今日の晩飯はフィエルさん特製の肉と野菜がたっぷり入ったスープを作ってくれることになった。

 フィエルさんが俺が浮島から持ってきた簡易包丁で手際よく野菜をカットし、それらを鍋に入れている。その横でオネットさんがエーベネの街で買ってたベーコンブロックを厚めにスライスしていた。

 二人の調理姿は慣れてるようで手元は軽やかだ。


「サクマの鞄からはなんでも出てくるわね、お鍋が出てきた時は笑っちゃった」

「鍋だけじゃなく浅鍋(フライパン)もありますよ」

「一家に一人、森人族の魔術士って感じだな。サクマがいると旅が楽になる」

「他には何が入ってるの? 盗賊を縛った縄もあったし…なんでも出てきそうね」


 くすくすとフィエルさんが笑ってらっしゃる。そんなフィエルさんにそっと水が入った筒状の水筒を渡した。見目より大量の水分量を収められてる魔道具の水筒だ。

 フィエルさんはにっこり笑いながら鍋に水を注いで塩やらハーブやらをひょいひょい入れいく。


「ありがとう、サクマ。 あとは火にかけて煮込むだけね、他にも何か作る? あ、これも魔道具ね。ほんとサクマは歩く魔道具屋だわ」

「私は汁物(スープ)だけで十分です。必要になりそうな物はありったけ鞄に詰めてきましたから」

「あたし肉食いたい。サクマってほんと慎重っていうかなんていうか…」

「備えあれば憂いなしって故郷の教えなんです」


 道具だけ貸し与えただけの俺はしばらく暇そうである。ならば、今のうちに確認できる事をやってしまおう。


「オネットさん、ナダフロスの花を見せてください」

「ああ、見たいってたな。ほら」


 オネットさんが鞄からひょいと陶器の瓶と布に包まれた紫色が鮮やかな花を取り出した。

 コルクの蓋を開けて中をのぞいてみると紫色の透明なトロミのある液体が見え、底には紫色の花びらが重なって沈んでいた。

 これが国境門の判定をすり抜けられるドミナシオン国家機密アイテム。


「あ、ほんとうに魔力が感じられませんね」

「だろ?ドミナシオン帝国領土の近場に雪が降る手前で咲く花だ。食えないし薬草にもならないが、他の花にはない特徴がある」


 ナダフロスの唯一の特徴、空気中の魔素を花弁へ集める習性があった。集めた魔力を逃さない為にか、紫色の花びらには魔力を通さないという特徴もあったのだ。


「誰が最初に気づいたかはわからないが…どっかの貴族の侍女がナダフロスの花びら集めて布を染めようとしたらしい」


 ナダフロス色に染まった布は淡い桃色に染まったそうだ。そして、残ったナダフロスの出汁を厨房に設置されてた魔道具へうっかり手を滑らせてかけてしまったという。


「水を浄化させる魔道具だったらしいが、自分の首よか高価な魔道具だ。侍女は慌てて魔道具が壊れてないか確かめたら、魔術文字が消えて魔道具が動かなくなった」

「消えた?…術式が破損…魔石にヒビがついたとかではなく?」

「ああ、消えてたらしい」


 その侍女は素直に主人に失態の報告と謝罪をしたそうだ。その主人が魔道具を確かめてみると、


「魔道具は普通に動いたんだ。正常に起動して何の問題もなくね。だが、侍女がわざわざ処分されるような嘘を言う理由も見当たらない」


 主人はそこで気づいた。ナダフロスの花には何かあると。


「何十年か掛けてできたのが、これ」


 オネットさんの指先がこつりと陶器を指した。


「ナダフロスの花を煮詰めた液体を魔道具、魔石に塗ると一時的に魔力を閉じ込めて見えなくする効果があるんだ」


 異世界不思議花というべきか。魔術式や魔道具とは関係ない天然の隠蔽方法。国境門の魔道具判定もすり抜けられるという事だろう。


「…これ、少し使ってもいいですか?検証して見たいです」

「城から出る時、オルディナ王国への手土産がてら嫌がらせにあるだけ持ってきたんだ。ある程度の量は使っても大丈夫だぞ」


 オネットさん逞しい。魔術式が刻まれた火の魔石を取り出してナダフロスの液体を表面に塗って見た。まるで溶け込むように液体が魔石へ吸い込まれ、効果はすぐに現れた。


「…わ、魔石の内部に刻まれた魔術式…綺麗に消えましたね。…魔石からの魔力も全く感じないです」

「だろ?ナダフロスの効果は二時間だけって話だ。その二時間内で魔道具に塗って国境門の判定を潜り抜けてるらしい。液体を染み込ませた布を巻くだけでも効果はあるらしいが、直接塗る方がいいんだと」

「他にも応用が効きそうですね。二時間だけという所が弱点でしょうか」

「ドミナシオン的にはその効果をどう持続させるかが課題になってる。あと、ナダフロスを塗った表面を水で落とせば効果は消えるぞ」


 淡々と説明されているが、全ての情報は国家機密のトップシークレット情報だろう。これ聞いたら人物は一体どうなるのだろうか。

 俺の思考を読んでか、オネットさんのグリーンの瞳がゆるりと細まった。


「この事を発見した侍女と貴族は秘密裏に消されたらしいぞ?ナダフロスの効果みたいに綺麗にな」

「…それは…二時間だけですか」

「一族丸ごと永久に消えたまんまだよ」


 なにそれホラー。

 ニヤニヤとするオネットさんを尻目に、ナダフロスの液体を塗った火の魔石へ魔力を通してみた。魔石は魔力に答えて小さな火を灯す。


「術式が消えて見えても、魔石の術式は問題なく発動するんですね」

「ナダフロスの配分を間違えると魔力が通らなくて一時的に使えなくなるらしいが、国境門の判定魔道具も形無しさ。とはいえ、コレを塗っても不可侵結界の中じゃ魔道具を使えないのは変わらない」


 利便性が高くて隠蔽に最適な物だ。


「ドミナシオン側もよく考え付きますね。小細工がうまいというかなんというか…そういえば、ドミナシオン帝都で魔術札は作られているんですよね?」

「うん?そうだ、領地から集められた魔力持ちで優秀な奴らが城に監禁されながら作ってるんだ」


 ブラック企業よか重い。

 オネットさんが胸元から一枚の板切れを見せてくれた。俺も鞄から同じものを取り出すと、製造元が同じだとわかる見た目だった。


「ああ、エーベネの街の道具屋で買ってたな、魔術札。買わなくたってサクマ自身作れるんだろ、なんだって高い金払って買ったんだ?」

「ちょっと気になることがあったので…素材も…使われてるインクも大体同じでしょうか」

「どこが気になるの?」


 肉の仕込みが終わったのか、フィエルさんがひょいと覗き込んできた。


「この魔術札、仕掛けがされてます」


 そう、店で見た時から違和感を感じていたのだ。

 長方形板の表面に綴られている魔術式だが木の板は二重に重なっている。その二重になっている板をナイフの刃先で剥がすと、中側に別の魔術式が施されてあった。


「…この隠された魔術式…ええと…?」

「これは…阻害術式ですね。表は目眩しの術式ですが…隠された部分に特定の魔力波…信号を受けると表面の術式を阻害する術式が仕組まれてますね」


 フィエルさんがむむっと魔術札を見つめてる横で、オネットさんが心底わからんという顔をしていた。魔術文字が組み合わさった魔術式はぱっと見はごちゃっとした記号だもんな。


「…多分、帝国産の魔術札を使って謀反を働く者への対策だと思うわ」

「対策…ドミナシオン領で内輪揉めとかあるんですか」

「そりゃあどこの国でもあるだろ。今まで何度か国家転覆を狙って動いてた奴らはいるさ」


 さも興味がなさそうにオネットさんがフィエルさんの膝に頭を乗せて寝転がった。

 あら~じゃなくて、羨まし、でもなくて仲良し!


「…魔力持ちの待遇があんまりだと声を上げる者や、国家の体制そのものに疑問を持つ奴らはいるにはいる。けど、それらを抑え込む力は未だに皇帝派が強い。裏では反発する者は暗殺されることも多いな。 反国家の組織が潰されたとかそういう話もいくつかあった…、……」


そこでオネットさんが言葉を詰まらせた。


「…真意の程は知らんが、とある組織の旗頭がドミニス公爵の父親って話も一時期あった筈だ」

「ドミニス公爵…爵位があるほどの地位だったんですか?あの騎士って」

「王族に近い血筋だぞ。由緒ある貴族様ってやつだな。名の影響力も地位も十分、内政の手腕もかなり期待されてたって話だが…息子であるドミニスが魔力持ちだって事がバレた途端にドミニスは剣と鎧を着込んで騎士の真似事ばかりするようになったってさ」


 剣の腕も魔力にも恵まれていた彼は、気付けば帝国一番の騎士となっていた。


「ドミニスが影でなんて呼ばれてると思う? 従者の命令を聞く操り人形騎士ってね」


 程のいい見せしめなのかもな。と皮肉げにオネットさんが笑う。


「曲がりなりにも王家の血を引いてるドミニスやその親を殺すことは厭われたのかもしれない。…まあ、あいつは確実に洗脳系の魔術式で操られてるな」


 洗脳系の魔術式。

 その効果は強力なものだ。さも当たり前のように洗脳対象に命令を行わせる事が出来る。ただ、この洗脳系の魔術式は対象者に負担が掛かる筈だ。

 ドミニスには顕著に症状が出ているようだった。思考がどこかぼんやりと霧がかかったようになり、洗脳状態が続くと頭痛や耳鳴りが常にまとわりつく。長期に渡り使われ続ければ身体的にも悪い筈だ。

 側にいたペラペラよく喋るズペイという男が命令を下す本当の主人ということか。


「他の魔力持ちと変わらない奴隷だよ、そろそろ寿命で死ぬんじゃないかって話だったがな」

「寿命って…まだそんなに年にも見えませんが…」

「ドミニス、何歳に見えた?」


 ふと、オネットさんの声が低くなる。


「三十七か…三十代後半…ぐらいでしょうか」

「ハズレだ。二十二歳だよ、あの面だがな」

「に、二十二…?」


 なんて老け顔!俺よか若い……あ、それってフィエルさんが話していたのと同じか。


「魔力枯渇が続くとああいう風になるのよ。本当は黒髪なんでしょうけど、白髪混じりで灰色になって顔色も青白くて…」


 フィエルさんもどこか感情が抜けたように呟く。


「相当辛い筈よ。芯が強いのね、倒れることも震える事も絶対に人前では見せたことがない」

「………」


 重い。重すぎる。貴族でさえ使い潰されてるのか。

 と、オネットさんがスンスンと鼻を鳴らす仕草をした。気付けば肉が焼ける匂いと、スープの良い匂いが漂っている。


「…肉が焼けたかな。腹減った、飯にしよう。明日の為にも二人ともしっかり食っとけよ」

「お腹ペコペコ!お汁物、美味しく煮詰まったかしら」


 明日には国境門だというのに、オネットさんとフィエルさんは明るく喋る。だが、それ故に感情の裏側に隠された硬い決意を感じた。


(…覚悟、決めてるんだ)


 彼女達は捕まったらそれこそ最後なのだ。

 オネットさんは確実に極刑、フィエルさんは再び奴隷へと落とされる。

 

 生きようとしている。

  

 何が何でも生き延びようと必死にあがく覚悟を決めているのだ。


(俺だったら、心バッキバキになってる)


 苦痛がないよう一思いに殺してくれと請い願ってしまうかもしれない。こんな事、彼女達の前では言えやしないが。


(強いなぁ…)


 齢十代半ばの女の子だというのに。なんだか情けなくなってしまう。

 フィエルさんお手製、野菜と肉の旨味が詰まった具沢山の汁物はとても美味しかった。








「ええと…大きさは…足が伸ばせるぐらいで…これ、ぐらいで…いいかなっと…」


 夕食を終えてから早々に寝ようかという頃、俺はそろりと挙手をした。

 風呂に入りたい、と。

 浮島を出てから風呂に入っていなかった事を不意に思い出したのだ。一旦気になってしまうと何処までも気になってしまう。

 お風呂と言葉を発した瞬間、お風呂に入れるのかと問う二人からの熱い眼差しは若干腰が引けた。

 

 薪から離れていない場所、岩の反対側にお風呂を作ろうと俺はせこせこと準備をしている。

 認識阻害の結界内に収まる位置だし問題ないだろう。 見張りの心配が無いよう、さらに広範囲の探知術式も常に発動するように改造した。

 魔物や何者か近づけば即座にわかるようにしたから夜もしっかり寝れる。


「深さは…これぐらいでいいか…よし、短縮術式で…」


 えいやと線を引いた地面に短縮術式で浅い穴を開ける。

 もしかしたらオネットさんとフィエルさんは一緒に入るかもしれないと大きめに広げた。

 大きい風呂はいいものだ。修羅場明けの風呂はゆったり入って身体の疲れを解していた時もある。肩凝りやら疲労やらを解消する海外の入浴剤を使う事にハマってた事もあった。いい値段してたから長続きしなかったが。


「穴の側面を…加工…よし、滑らかになったな。次に…水の魔石でたっぷりと…」


 穴を掘ってお湯を流し込むだけ、などはしない。

 湯船の端を少し盛り上げ、さらに穴の表面を滑らかに術式で加工してから水をたっぷり注いで短縮術式で温めた。うん、大体四十度か三十九度ほどだろう。


「周りも掛け湯が川に流れるように加工して…それから、桶に注ぐ用の魔石で無限お湯の術式も施すっと。真っ暗っていうのも危ないから魔石に照明の魔術式刻んで…と」


 所要時間数分、湯気がなんとも暖かい露天風呂の完成である。

 川も近場に見えて景観もよく、魔石から輝く光に照らされてお湯が輝いて見えた。椅子代わりの丁度いい岩もあるし合格点だろう。

 見目地面に穴を開けただけのように見えるのが癪だが致し方がない。出来れば入浴剤とかあれば最高なのに。


「フィエルさん、オネットさん、露天風呂出来ましたよ。お先にどうぞ」


 岩場を登り薪側へと歩むと、オネットさんとフィエルさんが鞄をゴソゴソとしていた。こちらを向く顔がなんとも輝いている。やはり女の子と言うべきか、お風呂に入れる事が嬉しいらしい。


「あっ、準備してるから。サクマ、先に入ってて!」

「え、ですが…」

「気にすんなって。作ったのはサクマだ、一番風呂したって恨まないぞ」

「は、はい…わかりました…」


 何かあったら声かけてくださいね、と言い残し即席露天風呂へと舞い戻る。

 お風呂を楽しみにしている女の子を差し置いて一番風呂を頂いていいのだろうか…いや、フィエルさんとオネットさんはゆっくり入りたい派なのかも知れない。ならばちゃっちゃと入ってしまおうか。


 ゴソゴソと鞄からおしゃれな瓶と石鹸を引っ張り出して岩陰にブーツや手袋、一式もろとも服を脱ぎ捨てて全裸となる。首から下げた魔道具が浮いていようが構わない。

 即座に湯船へダイブ!はせず、手足から先にお湯をかけて全身を軽く流した。手早く頭と体を洗いお湯で泡を流し落とす。湯船に浸かる時間を少しでも稼ぐためだ。

 全身を丁寧かつ手早く洗い、全身をお湯の中へと沈めて一息。


「~~~っ、はぁ……足伸ばせるって素晴らしい…」


 お湯の温度は俺好みだ。俺の小さいボディサイズならすっぽり肩まで浸かるし足も伸ばせる。うん、いい仕事した。


「…気持ちいい…」


 あまりの気持ち良さに寝そう。湯船で寝るのは危険というか、気絶と似たようなものだとどこかで聞いたが。


「多分、今日の野宿がゆっくり出来る最後の日、かな…」


 明日寝て起きて八時間移動が終わる頃に国境門へとたどり着く。

 門近くに行けば突入する為に色々と準備をしなければならない。北門の警備の様子も見なければならないだろうし慌ただしい日になるはずだ。

 難所である一つは北門のズペイが用意しているであろう魔道具の対策。 隠蔽やら洗脳術式を駆使している国だ。確実に小細工はしてくるだろう。

 そして、あちら側の最大の武器が、


「洗脳済みのドミニス公爵、か」


 帝国一番の剣の使い手であり、魔道具の武器を所持している騎士もどき。

 彼の戦力は如何程かはわからないが、エーベネでの剣さばきを見ると相当強いのだろうと思う。洗脳されて身体が魔力枯渇で蝕まれていようが、長身に見える身体は貧弱には見えず強靭に見えた。


(彼をどう抑えて南門へとたどり着けるか)


 不可侵領域に踏み込めば魔道具や魔術、魔術札は一切使用できなくなる。

 彼自身は不可侵領域には立ち入らないらしいが。洗脳の魔術式をかけられているからこその命令だろう。

 だからこそ、不可侵領域へ入ればこちらのものだ。

 追っ手をかいくぐり、南門へと二人を逃すことが最優先事項。俺はいざとなれば転移装置でものの数秒で浮島に帰れるのだから。


(俺ができること。ドミナシオン側の魔道具の対策と、ドミニスをオネットさんとフィエルさんから引き離すこと)


 重要なのはこの二点。

 ぱちゃりとお湯の中で両足を抱え込む。長い白銀の髪がお湯の中で揺らめいた。

 気になることがある、洗脳魔術式のことだ。


「…洗脳魔術式…どんな仕組みで維持を…?」


 魔道具ならば話が早い。その術式が刻まれている魔道具を壊せばいいのだ。そうすればドミニスの足止めにはなる筈。


「うん?洗脳魔術式が気になるか?」

「ええまあ、どんなものなのか気になっ、な?」

「な?」

「?!?」


 後ろを振り向くとオネットさんがいた。何故にいる。なんで入ってくんの?!


「っ、っ!」

「なんだ、声は掛けたぞ? お前、考えてる時とか魔道具いじってる時は集中し過ぎて無防備だな」

「わっ、すごい!大っきい露天風呂ね!」

「っ?!っ!?」


 フィエルさんも乱入してきた。なにがおこった!?


「フィー、サクマが石鹸持ってるぞ」

「え、ほんと?使ってもいい?サクマ」

「…っ、…っ!」

「いいってさ。使え使え」


 違う!そうじゃない! いつから混浴露天風呂になったんだ!

 見ちゃいない。見てはいないけど、ちらっと淡い照明に照らされた二人の裸体が湯気の向こうに見えたが見えてない、見ちゃったけど見えてないから!

 そのまま直視など出来なくて抱えてる自分の膝小僧を睨みつ続けた。シミひとつない綺麗な膝小僧。ちがう、そうじゃない。

 口からパクパクと声にならない声が漏れるだけ。心臓は変な速度で鼓動を響かせていた。

 すぐ側には年頃の若い娘さん二人が全裸入浴。俺も全裸。気持ちいいだの、足を伸ばせられるお風呂大好きとかおっしゃっている。なんなんだこの状況。


「ほら、見ろ」

「ひっ?!」


 何を見ろと?!思わず悲鳴を上げてしまう。

 硬直したままでいると目の前のお湯がばしゃりと跳ね上がり、すらりとした片足が視界に飛び込んできた。

 お湯を弾く素足、そのふくらはぎには黒々とした魔術式があった。

 入れ墨だ、入れ墨をするように直接肌に魔術式が彫られてある。この術式は、


「き、強化…術式…?」

「アタリ。両手両足に強化術式があるんだ。ドミナシオンの暗部に拾われた時、適正があったのか知らんが無理やり彫られた」

「…無理やりって、」


 なんて乱暴な。エーベネの街でオネットさんから術式の魔力を感じたが、やはり強化の術式の魔力だったのか。


「ま、コレに関しては有難い施しだけどな。 便利だし何度もコレのお陰で助かった。この強化の魔術式を彫られた時に洗脳術式も細工されたんだ、ほら、背中のコレだ」

「な」


 あまりの事に絶句。 思わず視線を向けた先、オネットさんのしなやかな背が見えた。首から肩甲骨へと伸びるように黒々とした入れ墨がその背にある。洗脳の魔術式だ。だが、


「…その洗脳術式、機能してない…?」

「そ、フィーが小細工してくれたんだ。大怪我して死にそうな時にな」

「治癒の能力で傷を治すついでに少しね」


 フィエルさんがオネットさんの背を優しげに触れた。オネットさんの背をよく見ればあちらこちらに古そうな傷がいくつか見える。


「大変だったのよ、大きな怪我だった」

「あの時は流石に死ぬかと思ったね。フィーが女神様に見えたよ」

「残念、疲弊した聖女様でした」

「ははっ、あの時と比べたらフィーは綺麗になったもんな」

「ほんと?オネにそう言ってもらえたら嬉しいわ」

「………」


 全裸の女の子がきゃっきゃっうふふする絵面は大変に眩いばかりだがなんでこうなったのたすけて。出たいけど出れない。股間両手で隠して行けるか?俺一歩も動けない。ふと、視界にはいったフィエルさんの背にも黒々とした入れ墨があった。


「……っ、」


 そうか、魔力持ちの子供に逆らわないよう洗脳術式の入れ墨を入れさせているんだ。ちらりと視界に入ったフィエルさんの洗脳術式もぱっと見、効果があるように見える。が、よくよく見れば魔術文字の一部を改変して偽装されているのがわかる。

 人体への直筆魔術式だが、術式の肌を直接切れば無効化する。だが、無効化するだけではバレてしまうから術式が生きているかのよう偽造しているのだろう。なんて、


(賢い、強くて賢い子たちだ)


 なんだか無性に鼻にきた。ぐっと眉間に力を入れて縮こまってなんとかやり過ごす。おじさんそういうのほんと無理。


「おい、サクマ、何縮こまってんだ?()()()なんだから恥ずかしがるなよ」

「??!??!」

「サクマ、首筋まで真っ赤になってるわ」

「っ、ち、ちちがっ」


 勘違いしてらっしゃった!違う!俺男!男の子!!


「は?乳?フィーの胸は育ち過ぎだけど」

「オネ、一言余計よ。もうほんとやめて!気にしてるんだから!」

「大きいと邪魔そうだもんな、男どもはフィーの胸見て鼻の下伸ばすし」

「………」


 ほんとすみません。


「オネぐらいの大きさが丁度いいわ、服だってサイズに困らなさそう」

「ははっ、あたしは男物の服でも着れるしな!ん、サクマの胸はぺったんこだな。まさかとは思うが、その歳で胸の大きさでも気にしてるのか?」

「!!否!否!女否定!」

「ああ?何片言になってんだ」


 咄嗟に弁明をし始める俺。慌てすぎて言語が崩壊している。


「気にしてるんなら揉んでやろうか?大きくなるって話だぞ。ほら」

「ぅひぇっ?!」


 何を勘違いしてらっしゃるのか、オネットさんが後ろから羽交い締めにしては俺の無い胸を両手でフニフニしてきた。

 なんの羞恥プレイだ!俺の背中に丁度いいサイズって話の胸がっ、生乳が当たってますけど!?

 慌てて両足を閉じて小さな息子さんを見せないようにした、いや、見せるべきなのか? 猥褻罪に引っかかる!?


「拒否!拒否っ!胸不要っ!否!」

「暴れんなって。うわ、ほっそい身体してんな。もっとしっかり食っとけよ、胸も大きくならないぞ」

※※※※※※※(だから違うって)※※※※※※(言ってんだろ)※※※※※(男だってば)!!≫

「ああ?何言ってるかわからん」


 あまりの事に日本語が飛び出してしまう。違う違う!そうじゃない!


「オネ、私の世話焼いてる時みたいになってるわよ。ほら、あんまりサクマをからかわないであげ」

「私!性別!男!女否定!!」

「へ?」

「はあ?」


 ぴたりと二人の動きが止まった。オネットさんの両腕から逃れられなくて、羽交い締めされたまま。


「わた、私、性別…男…男です、男性っ!女違う!」


 思わずぐすりと鼻がなってしまう。内股で抑えてる息子さん(小)のポジショニングが悪いから早く解放してほしい。と、オネットさんとフィエルさんがぱちゃりとお湯を揺らせて動いた気配。


「………」

「………」

「っ?!ぎゃぁぁあっ?!」


 二人同時に一男児の股間を直視するのは如何なものかと思うんですがそれは?!

 無様な俺の叫び声は認識阻害の結界によって掻き消えていった。











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