説教
その日の夕食は、元いた場所でいうカエルのグリルだった。パサパサとした肉に水分多めのソースがよくあっていた。木々は風のせいでミシミシ音を立てている。ミーナも私も桂も静かに食べていた。私はいつ話を切り出すか悩んだ。しかし夕食が終われば三人揃う事は明日までない。ここを逃せば永遠に話は進まないような気がする。果たしてどうしたものか。
「…お口に合わなかったですか?」
余程まずい顔をしていたのだろう。桂がそう聞いてきた。しかしこれはいいタイミングだ。清水の舞台からーここには清水の舞台なんてものはないのだがー飛び降りる覚悟で私は話を切り出した。
「…死刑執行の件はやはりちょっと…自分には無理かなあと…。」
媚びたような目で桂を見る。彼はやはりそうかという顔でこちらを見ると微笑みを作った。
「そりゃあそうですよ。貴方まで巻き込まれる理由はない。安心して下さい、私が貴方の為に他の仕事か学校を見つけてきますよ。」
「…ふーん。」
ミーナの方はこう言ったきり眉ひとつ動かさなかった。ただこちらを見る目は鷹のように鋭かった。
その後特に話も盛り上がらず、寝る時間となった。私がベットに入るとミーナは珍しく起きていた。何かあるな、と本能的に思った。
「平川さんね、ちょっといいかしら。」
「は、はあ。」
ミーナの声は氷のように冷たく、刃物のように切れ味があった。普段のミーナの声は柔らかい布団のようないい声なのだが、こちらはこちらで素晴らしい。しかしそんな呑気な事を言っている場合ではなかった。これは完全に説教をするときに出す声である。
「桂ね、この一週間貴方の職場を探してたのよ。だいたい100件くらい探したんじゃないかしら。それで結果はどうだったと思う?」
「…ゼ、ゼロとかですかね…。」
「そういう事。腹さん、貴方の事は嫌いじゃないけど、ウチは見ての通りお金がないの。貴方を放り出すわけにはいかないし。ねえ平川さん、死刑執行人はそんなに嫌?」
「正直に言うと、自分が誰かの命の終わりを決めていいのか、そんなことが出来るほど偉いのか、そう言うことを考えてしまいます。」
「難しい事考えるのね。たかだか罪人じゃない。そんなに死について思うことがあるの?」
「…私、母を目の前で殺されてるんですよね。借金取りともみ合いになって弾みで。その時の曲がってはいけない方向に曲がった首を思い出すと、やっぱりいろいろ思うところがあるんですよ。」
「やっぱりその辺り魔女と人は話が合わないわね。魔女って人より生きるし、死んだものを生き返らせることができる魔法もあるみたいだし。何より私、貴方の大事なお母さんと罪人を一緒くたにするのは良くないと思うんだけど。」
「まあそうなんですけどね。でもどうしても心の何処かで抵抗感があるっていうか。やっぱり死は怖いし、その怖いのをいくら罪人でも他人に押し付けるのはあんまりいい事だとは思いません。」
「ふーん、貴方結構色々考えていたのね、この一週間。単なるお馬鹿さんかと思っていたわ。まあでも働いてもらわねば我々は三人ともその死に向かっていくしかなくなるのですけどね。」
「ははは。人を殺さない代わりに自分たちが死ぬなんて滑稽ですね。」
「はははじゃあないわよ。ねえ平川さん、明日一緒にもう一度だけ死刑執行を見に行かない?私貴方に死刑執行をやってもらわないと困るからこれだけは粘り強く交渉していくわよ。」
私は迷った。しかしミーナの甘えたような瞳に吸い込まれると同時に私の唇はハイという言葉を発していた。
「まあ、ハイといった以上行きますけどなんでミーナさんはそこまで死刑執行人にこだわるのですか?」
「死刑執行人は給料がいいのよ。何せ普通の人の給料が80ラペなのに死刑執行人ときたら130ラペも貰えるんですもの。二人合わせて260ラペも貰えたら生活も楽だわ。」
案外この幼女、リアリストである。魔女のくせに。
こうして、翌日私はあの広場に来ていた。