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広場にて

地を揺らすような熱狂で、私は目覚めた。

喉を潰すような叫び声、煌めく汗、波のようにうねる体、投げられる石や砂のようなもの…。

見覚えのない街は、どことなく嫌な臭いが漂っていた。昔飼っていた犬のフンのような臭いだ。

人々は私を蹴飛ばし、押し、かき分け前へ前へ進んでいた。何かを喋っているが、外国語なのか全く聞き取れない。そういえば周りの人間は皆、彫りが深くギリシャ彫刻のようだ。勿論、あそこまで芸術的ではないが。

私は周りを眺めた。どうやらどこかの広場のようだ。私が座っているベンチの近くに石像のようなものがある。鳩が食べ物のカスを求め彷徨っている。老けた老婆が見慣れない食べ物を売っている。そこそこ儲かっているようだ。

何故日の本の平凡な女子高生がこんなところにいるのか、という疑問はとりあえず捨てた方がいいだろう。何せ、ここからなにが起こるか分からない。巨人に頭からムシャムシャ食われるかもしれないし、言いがかりをつけられて気づいたら死刑になっているかもしれない。

人々の熱狂の中心を見てみると、男女が1組縛られて座らされていた。その隣には如何にも兵隊ですよという格好の男達がじっと男女を眺めていた。まあ全て想像に過ぎないので実際は分からないが。どうやら人々が投げている石や砂の矛先はこの男女らしい。となると相当な嫌われ者か、はたまた罪人か。まあ演劇グループの芝居という線も捨てきれないが。

そんな光景を眺めながら、私は今までの行動を振り返っていた。今朝は7時に起き、朝食と歯磨きを終え7時半に家を出た。駅に向かう途中、ふと何かに吸い込まれて、黒い何かに吸い込まれて、その後は、その後は。

私は熱狂に背を向け、ベンチに寝転がった。もう自分の人生はどうにもならないことを悟った、が不思議と嫌ではなかった。所謂天涯孤独の身なので、悲しむ家族も友人もいなかった。学校では飼育委員なので、ウサギが少し困るくらいだろうが、同じ飼育委員の田代くんがなんとかしてくれるだろう。

寝転がりながら今後について考えてみたが、状況は最悪だった。言葉や文化が全くわからない。そもそもここが地球なのかすら分からない。タイムスリップなのか異世界転生なのか、せめてそこさえ分かればなんとかなるのに。いやならないか。

その時、地震と勘違いしてしまうほどの地鳴りが響いた。熱狂に再び目を向けるが、人々が邪魔でよく見えない。私はベンチの上に立ってみることにした。

するとそこには、数匹の馬のような生き物と東洋人のような男がいた。馬のような生き物は、首は細く馬のようなのだが体がずんぐりしてして、牛とのハイブリッドのようだ。東洋人風の男はジャケットの内ポケットから紙(のような物だが確証はない)を取り出し、分からぬ言葉を読み上げると男の足をロープにくくりつけた。それを見て、私は全てを察した。

ああ、八つ裂きか。

予想通り手足は馬風の生き物とロープによって繋がれた。東洋人が鞭で馬風の尻をピシャリと叩くと、男の体は四方向に引っ張られていった。

人々の反応は様々だったが、概ね好意的だったように感じた。。髪の毛を振って興奮する者、飛び跳ねる者、静かに見守る者…。

馬風は頑張っていたが、案外時間がかかっていた。男の顔はよく見えなかったが、途中から力なくダランと舌を口から出し、顔も土のようになっていたので多分ショック死していたのだと思う。そりゃあまあそうか。そっちの方が幸せか。

私は気分が悪くなり広場を後にした。人が死ぬ瞬間をまるで遊びのように眺める人々。反吐が出そうな感覚になる。

そこからは、当て所のない放浪散歩だった。

街は広場の熱狂のせいで、どことなくシンとしていた。

教科書で見たような、ヨーロッパのような街並みは思ったほど嫌いではなかった。仕事終わりの遊び女とすれ違った時(遊び女じゃなかったらごめん)時、なんだか獣のような匂いがして心が萎えてしまった。

着ている服か、彫りの浅い顔が珍しいのかどことなくジロジロ見られている感覚に襲われながら、気付くと広場に戻ってきていた。熱狂はもう済んでいて、殆どの人々はいなくなっていた。馬風と兵隊と東洋人風、それと人だった肉塊だけが残っていた。風が血の匂いを運んでいた。街の匂いよりはマシだ。

兵隊は東洋人の命令に従っているようだった。綺麗とは言えない、くすんだ赤色の軍服がチラチラ光って血のようだった。東洋人は何かが気にくわないのか、プリプリ怒っているようだった。

ふと、東洋人と目があった。私はなんとなく会釈してみた。東洋人はえらく驚いた顔をして、こちらに近づいてきた。

「あー、もしかしてですけど日本語とか喋れます?」

私は腰を抜かした。いきなり日本語を喋られたのだ。私はてっきりこの男はこの世界のネイティブだとばかり思っていた。

「あ、はい…。」

「やっぱりかあ…。参ったなあ、あなたも不幸な人間ですね。」

男は如何にも困ってそうに頭をかいた。なんとなく、西遊記の孫悟空を思い出した。

「まあ、なんというかよろしくお願いします。僕の名前は桂一之助です。」

握手を求めてきたので応じようとすると、掌に血がべっとり付いているのに気がついた。そこで今までの悪臭と狂った光景で得た精神的ダメージにとどめが刺された。

私は嘔吐した。

これが私の上司である桂との出会いである。なんともしまらない出会いである。




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