初夏の夜
「「あ」」
奇妙な出会いに二人の声が重なった。
上田第一高校、大型新人・霧野夢衣。
松風学園高校、司令塔・福井舞花。
日は既に暮れ、彼女たち二人以外の面々はそれぞれの合宿施設へと移動していた。そんな中でなぜこの二人が出会ったのかと言えば、それはまったくの偶然であった。
夜の闘技場は、昼間の喧騒が嘘のように静まり返り、遠くから僅かにやや早い鈴虫や蛙の音が聞こえてくるだけだった。闘技場は試合で使用する中央部分を除いて、観客席が施錠されることは少ない。普段は夜でも部活動やクラブチームが利用するからである。しかしこれもまた奇妙な偶然か、現在の闘技場にはムイとマイカを除いて他の人間は存在していない。
ムイもマイカも練習用のジャージ姿であった。つまり自主練習のランニングの過程で闘技場を訪れたのだということが互いに予想できた。
「やあ、昼間はうちのトコちゃんが世話になったね」
「はあ」
上田第一と松風学園の集団戦の後、それぞれの代表一名による個人戦が行われることになった。上田第一の代表は闘技場に到着していた霧野夢衣、そして松風学園の代表は幻獣変身モデル・ケルベロスの早坂とこ。
「君から見て、どうだったかな、うちのトコちゃんは」
「強かったっすよ。これといって弱点らしい弱点もないですし」
「本音は?」
「……窮屈そうでした、少し」
その言葉を聞いて、マイカは納得したように頷いた。まるでその答えをあらかじめ知っていたかのように。あるいは、その答えを期待していたかのように。
「トコちゃんはね、私に憧れてうちの高校に入ってきたらしいんだ」
「はあ」
「本当は東京の学校からもいくつか誘いがきていたそうなんだよ。でもあの子はそれを蹴ってうちに――福井舞花のいる松風学園に入学した。戦闘スタイルさえも真似て」
戦闘スタイルを真似る――その言葉に、ムイは心当たりがあった。昼間対戦した早坂とこは、スマートに戦おうとしすぎていた。自分の長所を活かすのではなく、相手の短所に付け込もうとする戦い方――それはまさしく福井舞花が得意としているそれに違いない。
「でも、それは」
「ああ、プレイヤーとして合理的じゃあない。選手はそれぞれ自分に合った戦い方をすべきた。相手の弱点をついたスマートな戦い方は、私に合っていただけで、あの子に合っていたわけじゃない。でもね、霧野夢衣。君なら言えるかな? 慕ってくれている後輩に、その戦い方は止めた方がいい、私に憧れるのはやめた方が良いって」
「……」
「……失礼。君にするような話じゃなかったかな。今の話は忘れてくれ。とは言え、君がここまでの試合でなぜ勝ってこられたのか、それは純粋に気になるな。今日の試合を見た限りでは、失礼ながら、君は……」
言外に「本来ならば勝てるわけがない」という意味を汲み取ったが、しかしムイにとってもそれは同感であった。なぜ自分が勝利することができたのか、それを自覚できる試合の方が少ない。ただひたすらに、常に必死だったとしか言いようがなかった。
「多分わたしは、ちょっとだけ、他の人より全力だっただけです。や、頑張ってるとか頑張ってないとかじゃないっすよ? 本来持っているポテンシャルの何割を出せるのかって話っす」
「つまり君は、本来君が持つポテンシャルを100パーセント発揮し、逆に他の選手はそれほど発揮できていないと?」
「ええ。そうでなきゃ、身体能力も技術も、強力な固有魔法もないわたしなんかが勝てるわけないですから」
「わたしなんか、ね」
「何か?」
「周りから散々言われているだろう。天才とか化物とか」
「それでも、わたしなんかっすよ。わたしはまだ何も成してない、ただの高校生なんですから」
「君が何かを成し遂げられる日がきたら、それこそ日本中がひっくり返るような衝撃だろうね。願わくば全国で見てみたかったけれど、同郷の不幸だよ、まったく」
マイカが残念そうに肩をすくめてみせる。それが演技なのか心からの言葉なのか、ムイには分からなかった。
「わたしからも一つ質問して良いですか?」
「ん? 何かな?」
「福井さんは、どうして魔導戦をやっているんですか」
「面白い。昼間、君の友人からも全く同じ質問をされたよ。なぜ魔導戦をやるのか。私の答えは決まっている――頂点からの景色というのを見てみたからさ」
「本音は?」
「……君は」
何か言葉を繋げようと、マイカの口がパクパクと動いたが、すぐにまたいつもの澄ました顔に戻っていた。そして子供に優しく諭すように、再度口を開く。
「今言ったのが、全てだよ。やるからには一等賞を目指せ、だ」
「……分かりました」
ムイはマイカに向かってペコリと頭を下げた。
「公式戦で、戦えると良いですね、わたしたち」
「ああ、楽しみにしているよ」
ムイが魔剣に魔力を送り込み、身体を加速させる。そしてその小さな後ろ姿は、あっという間にマイカの視界から消えていた。
「本当に、楽しみな選手だよ、君は」
少女の呟きが、初夏の夜空に消えていった。