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無気力少女ですが、実は最強です  作者: 冬野氷空
GW編
71/72

親馬鹿

「まるでなってないな」


 眼鏡の男が嘆くように言い捨てた。

 その隣で観戦していた男が、煙草携帯灰皿に押し付けて答える。


「厳しいねぇ。俺は相手が悪かっただけだと思うぜ?」

「福井舞花か、確かに良い選手だな」

「あんたもそう思うかい」

「ああ」


 言いながら、眼鏡の男はその思慮深い視線を、再び闘技場――実の娘と対峙する一人の少女へと向ける。


「もしも長野県の高校生を選抜してチームを組めと言われたら、私ならまず真っ先にあの選手を選ぶだろう」

「実力的にはお前さんの娘も良い勝負だと思うがな」

「実力だけでチームの編成は決まらんよ。彼女の戦術力、観察力、そして実際の試合での修正力は高校生の中ではトップクラスだ。それに、司令塔が一人でもチームにいれば、それはチーム全体の強化にも繋がる」


 その視線は、何かを懐かしむように、どこか遠いものである。

 闘技場内での試合が決着した。勝利したのは松風学園。その決め手は、キャプテン・福井舞花の柔軟な発想に基づく活躍であった。


「やはりダメだな、あの戦い方では」

「そいつを仕込んだのはお前だろう?」

「あの子には強力な固有魔法がある。だから私は最大限それを伸ばそうとしたのだが……間違いだったようだな」

「そりゃそうさ。固有魔法で勝敗が決まるって言うなら、誰も実際に闘技場に立とうなんて思わない。学生時代のあんただってそうだろう? 雨宮」


 雨宮アマミヤと呼ばれた男は眼鏡をくいと上げた。

 雨宮アマミヤタモツ――関西の強豪高校・神宮寺高校出身。一年生時からレギュラーを務め、最高成績は二年生時の団体戦における全国ベスト4進出。そして、雨宮彼方の父親でもある。


「あんたは、当時俺たちのチームが最も苦戦した相手だ」

「光栄だよ、黄金世代(霧野将)

「特定のチームや個人じゃなくてよ、俺らの黄金世代ゴールデンエイジだろ。――お前、なんで魔導戦辞めたんだ?」


 尋ねながらも、その答えにはおおよその見当がついていた。眼鏡の男は杖をついている。彼の足の不自由さは生まれつきのものではない。


「自業自得さ。どうにも私は性格に難があるようでね、チームを引っ張る存在になるには人一倍努力しなくてはならなかった。無理をすれば身体を壊すのは当たり前だ。――そう言うお前こそ、私はてっきりお前たちは揃ってプロに行くものだと思っていたものだが」

「人の進路だぜ? そりゃあ色々あるさ」

「進路、か」


 繰り返しながらタモツは再び、今度は僅かに目を細めながら闘技場の真っ白な少女を見下ろした。


「私は親としては実に愚かだった。自分の夢を、あの子に託そうと、押し付けてしまった」

「そいつはダメだな。だが、気持ちは分かるよ、俺も親だからな」

「だがな、あの子が上田第一高校を受けたいと言った時、何て言ったと思う?」


『お父さん、今まで私に魔導戦を教えてくれてありがとうございました。でも、私はもうお父さんのために戦うつもりはありません。私自身のために戦うつもりもありません。私は、一緒に頑張りたい人ができました。今後私は、その人のためだけに戦いたい』


「あの子のあんなに真っ直ぐな眼を、私は初めて見たよ」

「良い娘さんじゃねえか。うちのぼんやり大将にも聞かせてやりたいぜ」


 冗談めかして言うショウに、思わずタモツも笑みを浮かべて頷いた。だがしかし、すぐに真面目な顔に戻る。


「本当に、で良いんだな?」

「部長さんと娘さんからの推薦だろ。適任だろ。それに、親としてできなかったことが、違う形でもリベンジできるんだ。こんなチャンスは滅多にないと思うぜ」

「そうだな……しかし、他のメンバーはともかくとして、お前の娘はかなり難しいぞ」


 そう言ってタモツは闘技場の丁度反対側の観客席に目をやった。そこには同じ制服を着た二人の女子生徒が見える。その内の一人は霧野夢衣――天才と呼ばれた少女。


「伝え聞いた話だが、お前はあの娘に頭に水の入ったコップを乗せて走り回らせていたようだな」

「ちょいと間抜けだが、良い方法だろ」

「幼い子供を鍛えるにはかなり有効だな。霧野夢衣の強さの理由は三つだろう。一つ、精神力――普通の人間には頭で分かっていても身体や精神がついつい反応してしまう場合があるが、あの娘はそれがない。頭で分かっていることを、一切の動揺なしに実行することができる。二つ、記憶力――これも聞いた話だが、一度見ただけで全て記憶してしまうというのは本当なのか? いや、この際嘘か本当かはどうでもいい。大事なのは霧野夢衣の記憶力が桁外れに良いという点だ。一度見た技を記憶し、それを“力場”で強化した肉体で再現する――技の引き出しが無限に作れるわけだ。そして三つ目が――」

「体幹――俺が鍛えたかったのはそれだ」


 筋肉が身体が持つ純粋なパワーだとすれば、体幹はそれを引き出すために必要な力だ。筋力が100の選手でも体幹が弱ければ50%しか発揮できない場合がある。逆に体幹が良く筋力を100%発揮できる選手がいたとすれば、元々の筋力が80でも優に前者を超えることが可能だろう。


「ましてや成長期がまだ終わっていない、身体ができあがっていない学生を鍛えるのなら、体幹トレーニングが一番だぜ」

「それは見事にハマった――だが、些か親馬鹿がすぎたな。霧野夢衣にはもう少し筋力トレーニングをすべきだった。だからこそ、今のように難しい選手になってしまっているのだ」


 霧野夢衣は長所と短所がほぼ同居している選手だった。


「基本的な戦闘スタイルは相手に急接近し、そして不意打ちの近接攻撃を仕掛けるというものだ。だがしかし、トーナメントの一回戦ならばまだしも、二回戦以降は相手に警戒され、使えなくなる戦術だろう」


 故に、急速接近してからの接近戦が予想される。しかし、霧野夢衣には接近戦をするためのが圧倒的に足りない。


「お前が監督ならどんな作戦を指示するんだ?」

「機動力を活かした一撃離脱戦法」


 ショウの質問にタモツが即答した。


「だが、そいつは使えねえ」

「ああ、それをするためのが足りない。威力を持つ固有魔法があるならばともかく、それがない彼女には無理な相談だな。いっそのこと使い捨て覚悟で大型の火器を持たせてみたいよ」


 半ば冗談まじりに言った言葉だった。第一、霧野夢衣には射撃に関する技術はない。近距離での攻撃ならばセンスで何とかなるかもしれないが、長距離狙撃に関してはある程度の技術と知識が必要とされる。今まで魔導戦に触れたことがなかったムイにそれをさせるのは少々現実的ではない。


「まあ、そっちは追々考えていくよ。今のままでもお前の娘なら全国ベスト16くらいなら余裕で勝てるだろうからな。問題は――」

「他のメンバーをどうするか――ま、お前に任せるぜ、頭を使うのは得意だろう? 雨宮監督殿」


 ショウの言葉に、タモツは眉間に皺を寄せながらも頷いてみせた。


「……それはさておき、お前、仕事はどうした?」

「仕事? あー、まあ、休み、かな? ほら、うちは俺が経営者だからよ、ある程度自由がきくんだ。そういうお前は?」

「有給だ。まあ、盆休みの前借ってところだな」

「おーおー、大変だねぇ、サラリーマンも。ただ、有給は大事に使った方が良いぜ?」

「なぜだ」

「なぜってお前……行くんだろ、全国インハイに。あいつらと一緒にさ」

「まったく、気の早い親馬鹿だ」

「そりゃお互い様だろ」

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