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無気力少女ですが、実は最強です  作者: 冬野氷空
GW編
68/72

基本戦術/挑戦

前衛フォワード・晴海由佳、行きます!」


 試合が始まるのと同時に、ユカは目の前に立ちはだかる巨大な森に駆け出した。

 その両手には二本の魔剣ブレイド――それぞれ赤と青とを基調にしたデザインの刀剣は、彼女の固有魔法と“力場”の発生を司るものである。そしてユカは青い魔剣ブレイド――“力場”を司るそれに思い切り魔力を流し込んだ。

 強い追い風のように発生した“力場”は、途端にユカの身体を最大戦速へと運ぶ。ゼロから百へ――つまり“力場”の純粋な力だけならば、ムイ以上のものを持っている。それはユカが冬休みのトレーニングの際にムイの父親であるショウに言われたことだった。

 前衛であるユカの役割は対戦チームの三人の内、二人を足止めするということであり、その隙に機動力のあるジンが相手陣に飛び込み、フラッグを奪取するという作戦だった。そのためにもユカはまず全速力で森を突っ切り、接敵する必要がある。

 森を抜けるのに五分とかからなかった。木々が唐突に消え、ちょっとした広場に出る。いや、しかし違和感がある。いくら“力場”による加速を覚えたからといって、闘技場を縦断するのにこれほど時間がかからないだろうか。


「!?」


 咄嗟の判断で、ユカは後方へ跳んだ。その直後、空中から火球が降り注ぎ、つい一瞬前まで彼女がいた地点を強襲した。あと一秒でも反応が遅れていたら間違いなくユカの魔導着スーツはかなりのダメージを受けていただろう。


「てっきり雪風さんが来ると思ってたけど、まさかアンタが相手とはね」


 上空から降ってきたその声は少女のものだが、しかし三重に聞こえてくる。ユカはゆっくりと見上げた。

 空中には一匹の獣――いや、“獣”と呼ぶにはあまりに禍々しい存在。一見すると大きな黒い犬だが、三つの頭を持ち、その周囲には火球が無数に浮遊している。地獄の番犬(ケルベロス)――その単語が脳裏を過り、そしてその変身魔法ターンの持ち主を一瞬にして連想させる。


「早坂とこさん」

「覚悟は決めたか、甘ちゃん(ルーキー)? 今からアンタに高校魔導戦の厳しさを教えてやるよ」


 咆哮――少女の声を持つ怪物が天を仰ぐのと同時に、その周辺に浮遊するいくつもの火球がユカ目掛けて急降下していく。

 それは一瞬の判断だった。ユカは“力場”を自身の後方へ加速するために展開、バックステップで再び木々の中に飛び込んだ。空中からの遠距離攻撃は全国的に見てもかなり強力な組み合わせである。その技をもって早坂とこは、昨年の長野県代表選手の一人になった。単純な火力だけならば、かつてムイが対戦した羽柴勇人には及ばないものの、しかし炎を使う選手としては間違いなく全国トップクラスの人物である――という情報が、ユカの身体を無意識のうちに動かしていた。


 ――森の中なら、空中からの攻撃は当たらない。森全体を焼き尽くすほどの火力は早坂さんにはないんだから。


 ユカは森の中をジグザグに動き続けた。時折火球が掠めるように落ちたことはあったが、直撃はしていない。火球による攻撃は続いたが、しかし捉え切れていないところを見るに、相手は自分の位置を明確に把握してはいない――それを確信したユカは、二つの“基本戦略ベーシック”に立ち返ることができた。

 ユカには強力な固有魔法はない。それはある意味ではムイと共通している特徴である。


『お前に与える基本戦術ベーシックスタイルは二つ。一つ、接敵したらまず身を隠せ。二つ、相手がお前を見失ったら奇襲をしかけろ』


 師匠であるショウの言葉を思い出した。魔法的弱者が、格上に勝つための最も基本的な策――奇襲。親友の戦い方を何度も目の当たりにしてきたユカにすれば、それがどれほど重要な戦略か理解できているつもりだ。


(中学時代の私は、距離が離れていても銃による攻撃を積極的にしていた。でも、それじゃダメなんだ)


 例えば一撃で相手を仕留めきれる火力があれば、あるいは逃げ切るだけの機動力があれば、その一撃離脱戦法も有効なのだろう。しかし、残念なことにユカはそのどちらも持ち合わせてはいない。


(自分にできることをやる。チームのために!)


 根元が盛り上がった木を見つけ、ユカは“力場”による加速を急停止した。木と土の間に潜り込むように身を潜める。

 火球による砲撃がすぐ隣の木を直撃した。メキメキと鈍い音を立てながら木が倒れ、土煙が一面を覆う。しかしその自然の煙幕が味方したのはユカの方であった。ユカの姿を見失ったトコは上空を通過し、次の地点を爆撃し始めた。

 まずは第一関門突破……! ユカは内心ガッツポーズをとった。そしてこの時点で彼女がとるべき行動は二択。一つはたった今やり過ごした早坂とこを追いかけ、奇襲を仕掛けること。そしてもう一つはこのまま相手陣を目指し、フラッグを奪取すること。


「私は……」


 ユカは目を閉じた。今の自分はどうするのが正解なのか。チームの勝利のために自分ができることは何か。


 ――値踏みしたいんだよ、お前のことを。


 ジンの言葉が脳裏を過る。


(冬休み――ムイに追いつくために、私も頑張ったんだ)


 ユカはゆっくりと目を開いた。視界に映るのは上空を優雅に飛行しながら爆撃を続ける全国区の選手の後ろ姿。


「やってやろうじゃんか……! 私だって、成長してるんだから!」


 ユカが駆け出した。

 選んだのは、早坂とことの決戦。

 “力場”を発生させ、加速しながら、相手の背中との距離を縮めていく。


飛翔べ!」


 思い切り地面を蹴った。同時に“力場”を発生させる魔力を、ほんの僅か変化させる。前方への後押しから、下から押し上げる上昇のものへと。空中にできた不可視の足場を、そこに存在していると信じて踏み込んだ。

 身体が持ち上がる感覚があった。何もない空中にできた足場――それはまさしく遠く離れてしまった親友へと近づくための第一歩と呼ぶに相応しい。

 相手との距離は約五メートル……届く!

 歯を食いしばり、上昇を続ける。しかし――


「気付かないと思ったか!」


 振り向きざまにトコが火球を放った。

 デタラメに放たれた三つの火球――その内の一発がユカの腹部を捉える。熱と衝撃により一瞬にして息ができなくなる。“力場”を発生させるための魔力も、一時その供給をストップせざるを得ない。


「先輩を甘く見すぎたな、気付かないわけないじゃないか。お前に空中に戻るだけの力はない。勝負あったな」


 魔犬はそう言って再び相手陣を目指そうと落下を始めるユカ背を向けた。


「勝った気になるのは早いんじゃないですか、先輩?」


 その声にとこの背筋に鳥肌が立つ。たった今自分が退けた相手――その声に。


「そんな馬鹿な!?」


 振り返ったトコは思わず叫んだ。信じられない光景が目の前に広がっていた――ユカの身体が、空中に浮遊していた。それは飛翔ではない。鳥が空を飛ぶのとは明らかに違う、むしろ超能力者が空中に浮遊している光景に近い。それがトコには信じられなかった。

 空中を浮遊する固有魔法は、魔導戦においては強力極まりない代物だ。相手によっては空を飛びながら銃型ライフルタイプ魔剣ブレイドで銃撃していれば、それだけで勝ってしまうこともあるからだ。つまり、空中浮遊魔法を持ちながらまったくの無名選手というのは、ごく稀な例を除けばほぼあり得ないことだった。


「お前、どうやって……?」

「現代魔導戦は情報戦、らしいですよ?」


 ユカがニヤリと笑みを浮かべる。そして再び空中を駆け出す。


「くッ……!」


 トコが火球を放った。地獄の炎は、真っ直ぐにユカに向かっていく。

 攻撃が雑になった。ユカは対戦相手の動揺を確信した。先程腹部に喰らった火球――威力は確かに高かった。おそらくもう一発でも喰らってしまえば魔導着スーツの耐久値を超えるだろう。しかし、ユカにはもうそれを喰らわない自信と確信があった。


「火力型選手への対策方法は考えてきている!」


 ユカは今度は自分の目の前に“力場”を発生させた。


「そんなもので!」


 爆発――当然ながら、“力場”だけで火力系魔法を防ぐのは不可能だ。


「けれど、もしも“力場”だけじゃなかったら……?」

「なっ……!?」


 爆炎の中から、ユカの姿が現れた。無傷――!


「そしてこの距離は!」


 加速――加速――加速――

 純粋な魔力や筋力だけならば、ユカのそれはムイを圧倒的に凌駕している。

 既に剣撃の射程範囲――身体の捻りを加えた一太刀が、魔犬の首元へと振り下ろされた。しかしその瞬間――


 ビイイィィ!


 腕の端末がアラームを鳴らした。

 それは試合終了の合図。

 勝ったのは……?

 ユカが地上を見渡す。自陣――片手で旗を掲げる少女の姿。その傍らに倒れる純白のもう一人の少女。


「ああ……」


 ユカが理解し、トコは安堵した。

 松風学園主将――福井舞花がフラッグを奪取。上田第一高校との試合に勝利した。


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