値踏み
松風学園と上田第一の練習試合は団体戦形式ではなく、三人の選手が同時に戦う集団戦方式がとられることになった。高校生の公式戦にはない形式の試合だが、しかし練習試合としてこの形式を選ぶ機会は限りなく多いと言えた。その対戦形式のメリットは二つあるとされている。
一つは時間と場所の節約だ。現在の日本ではチーム数に比べて魔導戦の競技場の数はかなり不足していると言われている。そんな中、時間に限りのある学生が試合をしようと思えば、団体戦形式よりも集団戦形式の方がはるかに効率的なのである。
二つ目の利点は、対戦相手が増える分、より厳しい状況に自分を追い込むことができるという点だ。複数の人間が同時に入り乱れる試合となれば、使用する魔法の威力も精度も、一対一で戦う時以上に気を遣わなければいけない。無理をすることが必ずしも良い練習とは言えないが、しかし普段であれば決して出すことができない全力以上の実力を発揮できる機会は貴重だ。
「互いの陣地から各三人の選手が一斉に動き出し、相手陣地にある旗を獲ったら勝ち」
「よし、集団戦のルールは分かっているようだな。二人とも、集団戦の経験は?」
魔導着に着替えたジンたちは、控室で集団戦ルールの確認をしていた。三人とも魔導戦には慣れ親しんではいるものの、こうしてチームを組んでからは初めての試合である。確認するべきことは尽きることはない。
「私は中学の時にクラブの練習試合で何度か」
「ポジションは?」
「前衛、中衛、後衛、どれも経験がありますけど、一番多いのは中衛でしたね」
「雨宮は?」
「私は、集団戦そのものには慣れていますが、しかし……」
「しかし、何だ?」
カナタは二人の顔を交互に見る。そしてこの場にはいないムイやアヤの顔を思い出した。
「こうして誰かとチームを組んで戦うのは初めてです。前までは、いつも一人でしたから」
「それって“前のチーム”の方針?」
カナタが聞き返した。
「ええ、まあ。けれど私の固有魔法の特性上という理由もあります。味方への誤射の可能性が高い魔法ですから」
「雨宮、希望するポジションはあるか?」
「そうですね……相手の戦力や、私の経験不足から考えても、後衛が良いでしょうね」
ジンが頷く。
「よしそれでいこう。雨宮が後衛、俺が中衛、晴海が前衛だ」
「分かりました……って、私が前衛ですか⁉」
「何か問題があるのか?」
「いえ、あの、私の話、聞いてました? 中学時代に一番多かったのは中衛」
「そいつは過去の話だ。俺は今のお前の能力を見て判断したつもりだ。使う魔剣も、戦闘スタイルも変えたんだろう? 見せてくれよ、お前の新しい魔導戦を」
「いや、でも、まだ完成したわけじゃ……それにセオリーでは雪風先輩が先鋒の方が……」
ユカが助けを求めるようにカナタを見た。ところがカナタがその予想に反する答えを返したのだった。
「私は雪風先輩に賛成です」
「いやいやいや、前衛に最も大切なのは機動力――カナタなら分かってるでしょ!」
「分かっているのは私だけじゃない、それは相手も同じじゃありませんか?」
「相手も……?」
その言葉の意味を理解していないであろうユカに、カナタはやれやれと肩を竦めてみせた。
「先程も述べた理由で私は後衛に確定。あとは晴海さんと雪風先輩のポジションですが、雪風先輩には確かに機動力があります。しかし先程の松風学園の選手とのやりとりから分かるように、固有魔法や戦術が知られているはずです。ならば相手は雪風先輩こそが前衛だと予測するはず。だったらその裏をかいて晴海さんを前衛に置くのは当然でしょう。現代魔導戦は情報戦ですよ」
「でも……」
「大体、機動力のある選手を前衛に、という考え方自体が時代遅れです。最近は中衛に機動力と判断力のある選手を置くのがトレンドですよ。そうすることで、前衛と後衛、どちらのフォローにも回れます」
「……」
何と言われようとも、ユカには自信がなかった。前衛というポジションは集団戦における試合のリズムを形作る重要なポジションであることに変わりはない。そんな要所を、自分のような凡人が務めて良いものだろうか。ましてや相手は今まで自分が尊敬してきた松風学園の選手だ。そんな中途半端な覚悟で臨むわけにはいかない。
「いい加減にしろよ、雨宮」
ジンが髪の毛をクシャクシャと上げながら口を開く。
「いい加減、素直に言ってやれ」
「何のことだか分かりません」
そう言ってカナタはふいとそっぽを向く。ジンが溜め息を挟んで、もう一度ユカの方を見直した。
「晴海、さっきから雨宮は別にお前を励ましてるわけじゃねえんだ。こいつも不安なんだよ」
「不安?」
ユカがカナタの方を見る。そっぽを向いている彼女の顔は見えない。しかしあの雨宮彼方が――羽柴勇人や風間実を瞬時に退けた少女が、一体何を不安に思っているのか。
「全国に行くのは厳しい道のりだって、コイツも分かってんだよ。何やかんや強がりを言っていてもな。全国一位を目指すなら、メンバー全員が強くなけりゃダメだ。値踏みしたいんだよ、お前のことを」
「私……」
ユカの脳裏に一人の少女の後ろ姿が浮かんだ。ポニーテールで、いつもクールな幼馴染――けれど彼女はたった一度の戦いでその真の才能を開花させた。それがユカにとって、まるで親友が遠くに行ってしまったような気がしてたまらなかった。もう一度、あの少女と並べるなら――もう一度、誰かに貢献できるようになるのなら――
「分かりました。私……やってみます! このチームで勝つために」
「決まりだな」
ジンが自身の魔剣を真っ直ぐ前に掲げる。それに呼応するようにユカが、そしてカナタが魔剣を前に差し出した。
「練習試合とか、そんなんは関係ねえ。これが上田第一の最初の試合だ。――勝つぞ」