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無気力少女ですが、実は最強です  作者: 冬野氷空
GW編
65/72

対物ライフル〈バレットM82〉

「これは……なかなか酷いね……」


 マサオミは思わず苦笑いを浮かべた。50発の魔弾を撃って的に命中したのは僅か3発。十分の一にも満たない命中率――それがムイが出した射撃訓練の結果だったからだ。


「仕方ないじゃないっすか。こちとら今まで銃なんて持ったこともないんすから」

「いやいや」


 僅かに唇を尖らせて反論するムイに対して、マサオミは顔の前で手をヒラヒラと振ってみせる。


「いくら初心者でも、普通はもう少し当たるもんだよ」


 ムイとマサオミは現在、「凪元魔導商店」に隣接する魔導射撃場に来ている。ゴールデンウィークということで他の客の姿も多く見られるが、マサオミやアヤが事前に話を通してくれていたのだろう、射撃場の一角を確保するのは簡単なことだった。

 射撃場は主に銃型ライフルタイプ魔剣ブレイドの訓練のための施設で、利用者は射撃位置から円形の的までの距離を自由に選択して射撃することができる。その他にも動いている物体を狙う訓練として、射出するテニスボールを狙うということも可能だ。これらの施設や設備は闘技場付近に限らず街角にも多く見られ、訓練だけでなく娯楽としても成立していた。

 二人が射撃場を訪れたのは他でもない、ムイの新しい魔剣ブレイドのためである。


「アヤちゃんの話ではムイさんは近距離での戦闘は申し分ないほどの実力だけど、中距離から遠距離に関してはイマイチって話だったからね。ライフルを使えるようになれば、各段に試合の選択肢の幅は広がるはずだよ」

「そうは言われましても、実際色々キツイっすよ。わたしの筋力じゃあ、銃の反動を抑えられないですし。てか、現に今も手がビリビリしてますし」

「それでもかなり反動が少ない銃を用意したんだけどね」

「もっと反動を弱くすることってできないんすか?」

「できなくはないけど、その分威力もかなり減るから――牽制にもならないほど威力が落ちたんじゃあ、元も子もないだろう?」

「そりゃあそうかもしれないっすけど……」


 実際のところムイにしても、射撃武器があればどれだけ選択肢が増えただろうと、脳内でシミュレーションすることは少なくはない。平坦な地で正面からぶつかるならばまだしも、複雑な地形を利用する時は尚更である。高速接近戦闘においては相手よりも少しでも良い位置を取るのは重要だし、逆に相手を少しでも不利な場に誘導するのも同じくらい大きな意味合いを持ってくる。

 さてどうしたものか――二人が頭を悩ませていると、一人の人物が勢いよく駆け寄ってきた。


「あっ! やっぱりここにいた!」


 声の方を見ると、駆け寄ってきたのは凪元彩であった。何やら布を被った70㎝ほどの見慣れない物体を抱えている。


「凪元先輩、お疲れ様っす」

「もう、射撃場に行くなら一言声をかけてくれたら良いのに」

「だって凪元先輩、奥に入っていったきり出てこないから」

「ああ、そっかそっかごめんね」


 アヤはこつんと拳で頭を叩くと、マサオミの方を向いた。


「ムイさんはともかく、マサ兄は声をかけてくれても良いじゃん」

「ごめんねアヤちゃん。てっきり親父の方と()()()について話し込んでると思ってさ」


 マサオミが顎でアヤの持つ布を纏った細長いを指すと、図星をつかれたのか、彼女はそれ以上文句を言わなくなった。


「相変わらず、目は見えないのに良い勘してるよね、マサ兄はさ」

「アヤちゃんのことならその新品をすぐにでも試したいだろうって思っただけだよ」


 マサオミがそう答えると、アヤはその物体を地面に立て、勢いよく布を剥ぎ取った。

 銃火器に詳しくはないムイが見ても一目瞭然――現れたのは巨大な銃型ライフルタイプ魔剣ブレイドであった。驚くべきはその大きさで、ムイはこれまでに狙撃銃スナイパーライフルはいくつか目にすることはあったが、アヤが取り出したそれは少なくとも一回り以上は大きな代物だった。

 不思議そうにその黒光りする物体を見つめるムイに対し、彼女の疑問を察したのだろう、コホンと咳ばらいを挟んでアヤが解説を始めた。


「これはね〈バレットM82〉っていって最新式の銃型ライフルタイプ魔剣ブレイドなんだよ。口径は12.7mm、発射速度は分速約30発、射程距離はモデルの銃は約2㎞だけど、これは魔導戦用に調整されていてね、それでも少なくとも40mはあるとされていて、闘技場は一番離れていても50mくらいだから、これがどれだけ強力か分かるよね」

「は、はあ……」


 話を聞きながらムイはその光景に奇妙な既視感を覚えた。その正体は単純なことで、親友のユカが魔導戦に関して語る口調と一致しているのである。思えばユカも、この目の前のアヤにしても、魔導戦に関する愛や知識はチーム内で抜きん出ており、語り出せば止まらないという点でも共通していた。現にムイはここまでの部活動でこの二人が魔導戦に関する話題を際限なく繰り広げているのを何度も目撃している。強いて言うならこの場にユカがいないのが幸いといったところか。もしもこの二人の魔導戦談話に巻き込まれでもすれば、少なく見積もっても一時間は拘束されることを覚悟しなくてはなるまい。

 ポカンとするムイに対して、喋り続けるアヤをスルーしてマサオミが口を開いた。


「対物ライフル型の魔剣ブレイドはこれまで試合で使えなかったんだけど、ルール改正で今年から使えるようになったんだよ。このアヤちゃんのはしゃぎようはそのせいってわけ」

「ああ、なるほど」

「とは言え、最新式だから最強ってわけでもないんだけどね。この見た目の通り、威力は一級品でも、それを使いこなすだけの魔力を持つ選手は多くない。三年間訓練した選手でやっとってところかな」

「それ以外の――例えばわたしなんかが使ったらどうなります?」

「うーん、魔力的にはムイさんが平均以上なのは間違いないし、数発撃っただけで魔力が尽きるなんてことにはならないとは思うけれど……それでも扱うのはなかなかに厳しいと思うよ。取り回しも悪いし、持ち運ぶのにも筋力は必要だし、何より反動がハンドガンの比じゃないから」

「それじゃあ、わたしには無理っすね。まあ、最初から使えるとは思ってませんでしたけど」

「あら? そんなことないんじゃない?」


 と、銃語りから唐突に我に帰ったアヤが口を挟んだ。ムイが「どういうことです?」と視線で尋ねる。マサオミも同様である。


「だって、少なくとも反動の問題に関して言えば、ムイさんは無縁じゃない」

「は? いやいや、こんな小さな銃でさえ苦戦してるんすよ? そんな大きな銃を撃つなんて無理じゃないっすか」

「いやいや……って、うん? あれ、ムイさんなんで()()()()()つけてないの?」

()()()()()?」


 アヤが言っているのはムイが普段魔剣(ブレイド)を収納するために使っている道具のことで、西部劇のガンマンが銃をしまうために腰につけるベルトのようなもののことである。元々は出前の品を運ぶ際に両手を開けるために用意されたものであり、魔剣ブレイド同様、ムイの父親が特別に作成したものだった。


「あれって市販品の魔剣ブレイドホルスターと違って、腰との接地面に穴が空いてるのよね。だから魔剣ブレイドを手に持たなくても魔法が使える」

「普通は違うんすか?」

「普通の人は魔剣ブレイドを抜かずに使おうと思わないよ。ガチの刀と違って鞘があるわけじゃあるまいし」

「はあ。で、それが何か?」

「だからさ、魔剣ブレイドはホルスターにしまったままで、両手で銃を使えば良いのよ。そうすればお得意の“力場”で銃を持つ手を支えることもできるんじゃない?」

「ああ、なるほど」


 そこまで言われたところで、ようやくムイにもアヤの言わんとすることが理解できた。つまり端的に言えば銃型ライフルタイプ魔剣ブレイドを使用した時の反動を、術式を介さない魔力の塊――即ち“力場”で抑えつけようというのだ。言われてみれば簡単な理屈で、他の人間には難しい技術でも、普段から“力場”を用いて飛んだり跳ねたりしているムイにしてみれば朝飯前の芸当であった。

 それに記憶を辿ってみればかつて修行の地において仲間と共に悪魔のような巨大熊に立ち向かった際、実際に似たようなことをしていたはずだ。あの時のことは“魔気オーラ”の発現ばかりが記憶に残って、肝心の銃型ライフルタイプ魔剣ブレイドを使ったという事実が、すっかり記憶の片隅に追い込まれてしまっていた。


「てか、それも見越してマサ兄にはできるだけ威力の高いハンドガンを用意しておいてって言っておいたのに」

「いやぁ、参ったな、こっちとしても気を遣っていたつもりだったんだけど……まあ、そういうことなら話は早い。念のため要望通りの銃も用意しておいて良かったよ」


 そう言ってマサオミは傍らの鞄から、金属ケースを取り出した。ケースを開けると、ここまでムイが使ってきたハンドガンよりも一回りほど大きな銃が姿を現した。


「デザートイーグルをモデルに、威力向上のカスタマイズをしておいたよ。その分、反動が大きくなっているから……普通のハンドガンがまともに扱えるようなら試してもらおうと思っていたんだけどね」


 そう言いながら、マサオミはそのハンドガン型の魔剣ブレイドをムイに差し出した。受け取ってみると、確かに先程まで使っていたものよりも明らかに重量が増しているのが感じ取れた。

 ムイはアヤに言われた通り、いつも出前に赴くのと同じように腰にホルスターを巻き、魔剣ブレイド――〈叙事詩エピック2000カスタム〉を差した。その姿は帯刀する侍とも、銃を備えるガンマンともとれる見た目である。

 準備を整えたムイは先程と同じように両手で構えた銃を的に向けると、しかし今度はまず腰の魔剣ブレイドに意識を集中させた。“力場”の発生――銃を構える両手を包み込むように、反動を耐えるための弾性体ショックアブソーバーを形成する。

 的までの距離は20m――引き金を引くのと同時に、瞬間的に手元の銃に魔力を送り込んだ。

 ふっと吐かれた息と同時に放たれた魔弾――先程までのような反動は、もはや毛ほども感じられはしない――凄まじい速度で直進した魔力の塊は、見事、円形の的の中心を撃ち抜いた。


「おお」


 的を撃ち抜いた音を聞き分けたマサオミは思わず呟き、ムイはそんな彼やあるいはアヤに見せびらかすように、引き続き銃を撃ち続けた。

 連射、連射、連射――休むことなく魔力が銃に注がれていく。本来の銃と異なり銃型ライフルタイプ魔剣ブレイドはマガジンを替える必要がない。使用者の魔力が尽きるまで、弾切れが発生することは、ない。

 パンパンパンと連続した発砲音が、一体どれだけ続いただろう。時間で言うとおよそ五分の間、ムイは撃ち続けた。それが面白かった。面白いように、放った魔弾が的の中心に吸い込まれていく。


「アヤちゃん、スコアは?」


 少女の才覚を目の当たりにしたマサオミが、しかし目の不自由な自分の思い過ごしではないか? という疑念とも現実逃避ともとれる質問を投げかける。


「百発以上撃って、全部当たってる。それも、的のど真ん中、全部」


 ムイの戦闘センスの恐ろしさを体感したのはマサオミだけではなかった。その場にいたアヤもまた、当然のことながらその信じられないような、自分の目を疑うような光景を目にしているのだ。途切れるような語尾に、マサオミはそれが夢でも自分の勘違いでもなく、現実で起こっていることなのだと自覚せざるを得なかった。鳥肌さえ立つほどに。

 やがて「ふぅ」と一つ息を吐きながら、ムイがアヤたちの方を振り返った。


「ムイさん、どうだった?」


 その問いかけにムイはとても満足気な笑みを浮かべて、答えた。


「や、なかなか良いっすね、この銃。――両手に持ちたいんすけど、もう一挺用意してもらうことってできます?」


 もはやアヤもマサオミも、呆れて物も言えなくなっていた。

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