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無気力少女ですが、実は最強です  作者: 冬野氷空
GW編
63/72

車窓

 長野県立上田第一高校は進学校である。毎年の卒業生の内、半分は全国の大学に散らばり、残りの半分も専門学校や短期大学など、いずれにせよ何らかの学習機関へと進むことになる。そんな彼らにとっては長期休みなどもはやないに等しく、それは受験を控えた三年生だけではなくムイたち一年生も例外ではない。そのせいで高校生になってから初めてのゴールデンウィークが半分も潰れてしまった――晴海由佳はそう大いに憤慨した。それは軽井沢の合宿所に向かう電車に乗ってからも収まらなかった。


「こっちは来月の地区大会に向けて練習しなくちゃいけないって時に、勉強なんてやってられないわよ!」


 ゴールデンウィークも半分に差し掛かろうとしているせいか、電車内に人は多くない。つり革に掴まりながら日に焼けた右手を振り上げるユカを、正面の座席に座るムイとカナタは半ば呆れたような眼差しで見上げている。


「まあまあ、半分だけでも休みになったから良かったじゃないっすか」

「そうですよ。それに私たち一年は半日授業でしたけど、三年生は午後までびっしり補習が詰まっているという話です。それに比べれば遥かにマシかと思いますよ」

「それはそうかもしれないけどさぁ」


 おそらくユカはまだ文句を言い足りないのだろう、僅かに唇を尖らせて窓の外へと視線を向けた。窓の外では田んぼや山々の緑色が高速で流れていく。その風景でも見れば少しは気分が収まるかと思ったがそうもいかず、代わりに大きな溜め息をついた。そんな彼女の気を紛らわせるために、ムイが口を開いた。


「それにしても、軽井沢の合宿所なんてよくとれましたね。夏ほどとは言わないまでも、結構人気でしょうに」

「何でも凪元部長のコネらしいですよ。一昨年から夏休みの間はそこでバイトをしていたんだとか」


 そこまで答えてカナタはゴールデンウィーク――つまり長期休暇はほとんど補習で潰れるという事実を思い出した。そんな中であの部長は一体どうやってバイトをする時間を捻出していたのか、それが疑問に思えて仕方なかった。


「まあ、部長はそういうところがあるよ。得体の知れないっていうか、普通じゃないっていうかさ、そういう不思議なところがあるよ」


 そう言ってからユカは目の前の二人を見下ろした。普段は半分眠っているんじゃないかという眼差しの無気力少女と、全身が真っ白な少女――この二人も大概不思議だ。自分の周りには変わり者しかいないのだろうか。そう考えると自分やもう一人の先輩であるところのジンはよほど普通の人間だと思った。


「そういや、その肝心の先輩たちはどうしたんすかね」

「分かんない」ユカが首を横に振る。「他に大事な用事があるから私たちだけで先に迎えってさ」

「はあ、大事な用事っすか」

「心配しなくとも、後から必ず合流するってさ……それよりカナタ、あんたさっきから何熱心に読んでるの?」


 ユカがカナタの手元を覗き込んだ。その白い少女が視線を落としていたのは一冊のノートである。ページの中央には大きな楕円形が印刷されており、そこに二色のペンが縦横無尽にラインを引き、さらにその線の所々には黒い数字が記されている。


「去年の地区大会の試合記録です。大会が始まる前に、一通りの学校のデータは頭に入れておきたいので」


 カナタが読んでいるのは魔導戦の試合の過程が記されている、所謂“スコアシート”と呼ばれるものだった。二色のラインが選手の辿った軌跡を示し、ライン上の黒字の数字は魔法を発動した地点を示すものだ。その他にもページの余白という余白に魔法の威力、性質、その他気付いたことが所狭しに羅列されている。それだけの情報量を試合中に記録できるわけがないため、それを記した人物はおそらく試合の映像を何度も何度も巻き戻して確認したのだろうということが窺われた。


「どことどこの試合?」

「松風学園と天ヶ崎学園です」

「ああ、去年の地区大会決勝か」


 その試合はユカにとっても強く印象に残っているものだった。それまで九年連続で全国行を決めていた松風学園が、まったくの無名校である天ヶ崎学園に敗れたからだ。しかもその快進撃は留まることを知らず、結局全国大会でもベスト4進出を決めてしまった。全国的にも大会の新たなヒーローが生まれたかのような騒がれようであった。


「このスコアを見て、少し意外でした」

「何が?」

「天ヶ崎が圧倒的かと思っていましたが、松風学園もかなり善戦しているので」

「まあ、曲がりなりにも県内では一、二を争う強豪校だからね」

「全国ではあまり振るわない学校なので正直ノーマークでしたよ。天ヶ崎だけ押さえておけば全国行は決まったものだと思っていましたが、計画を修正する必要がありそうですね」


 そう言ってカナタは再び手元のノートに視線を落とした。それを上から眺めるユカに、ムイが口を開く。


「二人ともよく知ってますね、そんなこと」

「あんたが知らなすぎなのよ。松風学園どころか、天ヶ崎だって知らないって、あんた本当に長野県民? 去年の夏は街中どこへ行っても、テレビのどのチャンネルでも、その話題で持ちきりだったってのに」

「あいにく夏は可能な限り家から出ませんし、テレビもほとんど見ないので」

「中学最後の夏だったのに、なんて無体な……それじゃあ、あんたはせっかくの夏に何をしてたのよ」

「そりゃあ、受験生にとっては勝負の夏ですからね、受験勉強してたに決まってるじゃないっすか」

「あんたそれマジで言ってんの……」


 ごく真面目な顔で答えるムイに対して、ユカは信じられないと言わんばかりに頬をひくつかせた。とても青春真っ只中の若者の発言とは思えない。

 そんな二人のやり取りを見てカナタは「確かに学生の本分は勉強することですね」とムイをフォローして静かに笑った。そして「ところで」とさらに口を開いた。


「さきほどから気になっていたのですが、ハルミさんのその魔剣ブレイドケース」


 そう言いながらカナタはユカの背中を指さす。そこには縦50センチ、横30センチほどの魔剣ブレイドケースが背負われていた。記憶が正しければユカのケースは違う形をしていたはずだ。以前は長剣型一本用のケースだったが、今は短剣型二本用のケースに代わっている。


「あ、気付いちゃった?」


 ユカがニヤリとどこか得意げに笑みを浮かべて見せる。同時に、ムイはとても嫌な予感を感じ取った。ユカのこの口調と表情は、彼女が自らの好きなものについて語り出す前兆であり、つまりはムイにとっては至極どうでもいいことを延々と聞かされる前触れである。


「や、ユカさん、その話はまた今度、」

「実は新調したんだよねこの魔剣ブレイド


 制止しかけたムイの言葉が遮られたことで、彼女は親友の長話に付き合わされることが確定した。こうなってしまってはもはや誰にも止めることはできないということを、ムイは長年の経験により知っている。少女は諦めるように小さく息をついた。


「今までは固有魔法を扱う魔剣ブレイドだけを扱うスタイルだったんだけど、ムイの戦い方を見てそれじゃあ不十分だって確信したんだよね。そこでこの二刀流のスタイルってわけ。って言ってもムイほど器用に左右を使うことはできないんだけど、それはまあ、今後の練習次第で何とかなるかなって」

「わざわざ二刀流にするということは、片方は固有魔法、もう片方はムイさんのように“力場”を扱うものということでしょうか」


 意外にも興味を持ったような質問を挟むカナタを横目に、ムイはさらに大きな溜め息をつかざるを得なかった。どうやらこの場においてアウェーなのは自分だけらしい。大体、魔導戦を始めたばかりのムイにとっては、ユカやカナタの話は半分も理解できないのだ。それは冬休みと春休みを通して山中深く行われた修行を経験しても変わらなかった。


「いやぁ、正直迷ったんだけどね。銃型ライフルタイプみたいに手元の操作一つで固有魔法と“力場”を切り替えられるようにもできるって言われたんだけど、そうすると重量が結構増しちゃうんだよ。接近戦を意識して“力場”を使えるようにしたいのに、魔剣ブレイドの動きが鈍っちゃうんじゃあ、本末転倒でしょ? だから二刀流にしたってわけ。ちょうど、身近にお手本になる選手もいたしね」

「使ってみて実際どうですか? “力場”の操作」

「めちゃくちゃムズイ! 銃型ライフルタイプの魔弾とはわけが違うわね。冬休みいっぱい練習したけど、直進できるようになるのが精いっぱいだった。でもムイはこれを両手で、しかも色んな方向ベクトルに同時に発生させてるんでしょ? 改めてすごさが分かった」

「はあ」


 生返事を返しながらムイは頬を掻いた。褒められているのは理解できるが、しかしそれが果たして褒められるだけのことなのか、それが分からなかった。ムイにとって“力場”の操作はそれほど難しい技術ではないように思われたからだ。考えてみれば自分にも初心者だった頃は存在すのだろうが、しかしその記憶はもはや遥か彼方で、思い出すのは困難極まりなかった。何せ魔導戦など関係なしに、五歳の頃から魔剣ブレイドを握っているのだ。今や“力場”は自分の手足の延長のようなものである。


「ね、ムイ、何かコツとかあるなら教えてくれない?」

「コツっすか? そう言われましてもねぇ……」


 思わずムイは大きく首を傾げてしまった。歩いたり走ったりすることにコツがいるのか、と訊かれたのと同じ気分だった。


「何て言うか、こう、バッて力を入れたら出るんで、それをシュッと調整するイメージっすかね」

「……ごめん、全然分かんないんだけど」

「え? うーんと、それじゃあ、こう、意識を集中して……」


 何とか身振り手振りで伝えようとするが、ユカはおろかカナタの頭の上にさえクエスチョンマークが飛び交っているのが分かって、ムイは自分の説明の下手さ加減を思い知った。とはいえ、それ以上の言葉を持ち合わせていないのである。


「と、とにかく! 習うより慣れろってやつだと思いますよ!」


 そう無理矢理説明を終えるのがやっとだった。

 自分の持っている技術に関して、あまりに無知ではないだろうか。ムイはそう感じた。“力場”の操作もそうだが、師匠の元で学んだ魔気オーラですらその発動・操作を言語化することはできていなかったからだ。

 そんなことでこの先の試合を勝っていけるのだろうか。車窓から外の景色を眺めながらそんなことをぼんやりと考えた。


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