六勝四敗
魔導戦における魔法の種類は大別して二つである。
一つは“火力系魔法”――炎や風、水などを操り、直接ダメージを与える魔法。シンプルだがそれ故に応用が効き、強力である場合が多い。加えてその威力や持続力は努力でかなりの割合を伸ばすことが可能であり、強豪選手の多くはこの火力系魔法を得意としている。
対して二つ目は“概念操作系魔法”――相手に直接ダメージを与えるのではなく、射程範囲内の概念を歪めることで自分に有利な状況を構築したり、あるいは相手に不利な状況を押し付けることで戦う魔法。身体能力を数倍にする、相手に認識されなくなる、物体を自由自在に動かすなど多種多様の魔法が確認されている。最大の特徴は魔法自体に直接的な攻撃力がないことだ。故に魔導戦の試合で使用するとなると魔剣で直接攻撃する他ない――というのが従来の考え方であったが、しかし近年になって発展した魔力を圧縮・発射する銃型魔剣によってその問題点は改善されたというのが通説である。
「概念操作系魔法は種類が多い代わりに、試合で有効なものは少ない。にも拘わらず昔から強力と言われていた魔法があるんだけど、知ってる?」
ゆっくりと対峙するムイとジンを見据えて、アヤが投げかけた。
「変身タイプの概念操作系魔法――ですよね」
ユカの返答に頷き、アヤが続ける。
「変身タイプの魔法はたとえどんなものに変身しようとも強力と言われているわ。なぜなら変身とは魔導着を含んだものだから。魔導着の上に変身後の皮膚をまとっているのと同じってことね」
「つまり魔剣による直接攻撃が通用しない」
「ええ。火力系魔法に対する魔道着の防御性能は変わらず維持されるから安全面では心配いらないけど」
「逆に言えば火力系魔法でしか魔道着の耐久値を削ることができないってことですね。銃型魔剣が開発されるまで概念操作系魔法の選手は少なかったから良かったけど、少なからず存在していた。そういう人たちは不憫ですよね……変身魔法保持者には、少なくとも、絶対に勝てなかったわけですから」
ユカの視線の先にはムイがいる。概念操作系魔法はおろか、固有魔法すら持ち合わせていない少女が。しかしムイはこれまでに幾度となく“奇跡”としか思えない勝利を収めてきた。天才としか思えない活躍を見せてきた。しかし、彼女のこれまでの対戦相手の中には変身魔法保持者はいなかった。変身魔法保持者は魔剣による直接攻撃が通用しない相手である。とても勝機があるとは思えない。
「六勝四敗」
ポツリとカナタが呟いた。ユカが聞き返す。
「何て?」
「六勝四敗――あの先輩が言っていましたよね。ムイさんに勝ち越しているって」
「うん、そうみたいだけど……」
言われずとも雪風仁が強いということは、曲がりなりにも数年以上魔導戦をやっているユカにとっては理解するのに容易なことだった。恵まれた体格、バランス良くついた筋肉、そして変身魔法保持者という事実――むしろ弱いと判断することの方が、あまりに愚かな考えである。
「ですが、逆に言えばムイさんは既に四回は勝利していることになる。魔剣による直接攻撃が通じないのに、一体どうやって勝ったんでしょう……?」
「それは……」
言われてみれば不思議だ、とユカは疑問に思った。もしかしたら自分が知らない間にムイは銃型魔剣を使えるようになったのだろうか。魔力を直接発射する銃型ならば火力系に比べて威力は劣るものの、変身魔法保持者に対してもダメージを与えることが可能である。が、先程までのムイの自信ありげな態度から考えるに、この説を否定するのは簡単だった。あの時のムイの手にあったのは二本の短剣型の魔剣だけである。つまり彼女はあくまであの魔剣の直接攻撃だけで勝つつもりなのだ。
「一体、どうやって……?」
とてもではないが物理攻撃だけでは変身魔法保持者には勝利できない。しかしこの疑問に対してはアヤが一つの推察を導き出していた。
「多分だけれど、あの子――霧野さんは、“力場”を使って攻撃していたんだと思う。少なくとも初めのうちは」
「凪元先輩はムイの“力場”のことを?」
「ええ、ジン君に聞いて知ってはいるわ。二人が戦ったっていうのは初耳だったけれど」
“力場”――ムイが最も得意とする魔法。原理で言うならば銃型魔剣と同様の技である。魔剣の術式を介さず、魔石のみを通過させることで魔力を増強し、エネルギーに変換する。“力場”と銃型魔剣で異なる点はその増強率および圧縮率であり、それらを最も端的に表現するとすれば、要は威力の差に過ぎない。“力場”は銃型から発射される魔弾と比べて威力は格段に落ちるが、それ故に自らの肉体に作用させてもそれほど負荷はなく、そしてコントロールしやすいという利点がある。
「とは言え、魔力は魔力――放出量を上げて相手にぶつければ、魔導着の耐久値を下げることは理論的には可能のはずよ」
魔力を銃弾に換えて発射するのが銃型魔剣、弾丸をそのまま相手に投げつけるのがムイの利用する“力場”――威力に圧倒的な差はあるが、ゼロになるわけではない。
「“力場”を使って僅かでも相手の魔道着の耐久値を削った後は、お得意の機動力を活かして制限時間まで逃げ切れば良い――というわけですね。しかし、その戦術には弱点がありますよ」
「弱点?」
カナタの言葉にユカが聞き返す。
「一度きりの試合ならばともかく、あの二人は十回も試合をしているんです。最初の一試合は不意打ちで何とかなったとしても、それが四度も続くとは思えません。もしも同じ相手に不意打ちで四回も負けた――なんてことになれば、その選手は無能と言わざるを得ませんよ」
「なるほど」
カナタの言う通りである。言わば実戦の理というやつだ。「理論上は可能」という条件は、状況によって容易に覆るものだ。しかし、では、それならばムイは一体どうやってジンに四度も勝利を収めることができたのか。
「大体の予想はついてるよ――魔気」
呟くようにアヤに発せられた言葉――魔気。それはこれまで魔導戦に取り組んできたユカやカナタでも聞きなれない言葉だった。
だがしかし、アヤは二人のようにはいかない。彼女は知っている。魔気のことを。その原理・効果・戦術を、アヤは熟解しているのだ。理由は簡単である。彼女はムイと同様、魔気塾の卒業生なのだから。
「この一戦で見極める。霧野さんの魔気の才能を――!」
三人が見つめる中、ムイとジンとの戦いが、遂に幕を開けた。