白の世界/始まりの季節
木漏れ日の中で、少女は目を覚ました。
いや、目を覚ましたという表現は正確ではないかもしれない。なぜなら、彼女にとってそこが夢の中だということは明確に認識することができたからだ。
少女にはそこがどこかすぐに理解できた。木々の種類や配置、高さ、空気の温度から匂いに至るまで――それらには間違いなく見覚えがある。いや、これもまた正確ではない。
そこは白神山地の奥深く――修行の地。
穏やかな日の光を浴びて、少女は手足を大きく広げ青空を仰ぐ。自然の中の冷たく新鮮な空気を全身に感じ、大きく息を吸って、吐いた。どこか遠くからは動物の鳴き声が聞こえた。そこには雄大な自然が横たわるだけで、人間の気配はまるでなかった――少女自身を除けば。
――随分のんびりしているのね。
どこからということもなく、頭の中に声が聞こえた。いつもの女の声だ。夢の中でしか会えない女――しかし、少女にとってその声はどこか聞き覚えのあるものだった。だが、それが誰だったのか思い出すことができない。そして同時に、思い出す必要性というのも感じなかった。
「まあ、良いじゃないっすか、春ですし」
少女はそっと目を閉じながら答える。あるいは夢の中でも、もう一度寝入ることができるような気さえした。
――せっかくの花の女子高生なんだから、もっと楽しめば良いのに。
「楽しむって、何をっすか?」
――何でも。あなたは可能性に満ち溢れているわ。
「そうっすかねぇ……」
可能性。同じようなことを昔誰かに言われた気がした。一体誰に言われたのか、記憶を辿ったらすぐに思い出すことができた。親友――ユカだ。
だがその言葉を聞いた時、少女はそれを素直に受け止めることができなかった。テレビや雑誌、果ては教師さえも同じようなことを言う。可能性という言葉を。しかし少女にとってそれは、もはや空想の産物と同義だった。
可能性という言葉自体を否定するつもりはない。それを言う人間も、きっと自分のことを励まそうとしているのだろうということも理解している。そして少女自身、自分が何にでもなれる可能性を秘めているということは自覚している。しかし、それでも、何をしていても――そこが自らの可能性を示す場ではないような気がしてならなかった。
まるで自分だけが世界から取り残されているような感覚。ズレているような感覚。そういった違和感はどうしても拭えない。
しかし――
「魔導戦をやっている時だけは違ったんすよねぇ」
闘技場に立っている間――魔剣を握っている間だけは、何か心のパーツがしっかりと噛み合ったような気がした。確かにそこに存在している。それが感覚することができた。
――それは……良かったわね。
「良かったんですかね」
――良かったのよ。きっとあなたには必要なことなんだわ。
「必要っすか」
――そう。それに、そのお陰で私も……。
「私も……?」
――いえ、何でもない。
「何すか、もー。気になるなぁ」
――そうね、時が来たら話すわ。今日はもう時間みたいだし。
「時間?」
目を開け、聞き返した次の瞬間――
木漏れ日や木々は嘘のように消え失せ、暗闇が広がった。あれほどまでに現実味のある夢だったが、しかし崩れるのはあっという間だった。
一呼吸で、その制服姿の少女は再度目を覚ました――今度は間違いなく現実の世界である。
少女がいたのは学校の屋上だった。入学式には参加の意義を見出すことができず、出ていない。ただし教室の位置くらいは確認しようと思い、式が終わった時間を見計らって登校したのだった。
少女はゆっくりと上半身を起こした。傍らには愛用している白色の魔剣が二本転がっている。
少女は大きな欠伸をした。後ろ頭を軽く掻き回す。
――気配?
魔剣を手にして立ち上がる。息を吐き、意識を切り替えた。
気配――空気を流れる魔力の動きをはっきりと認識した。かなり近い位置に二つ。魔導戦特有のピリピリと緊迫した魔力を感じ取れる。
気配の方角に赴く。屋上と空との境界である鉄格子の上によじ登り、周囲を見渡した。
「お。あれは……」
見つけ出す二つの人影。その内の一つは実に見覚えのある顔だった。顔――というより、色と言った方が良いかもしれない。
「こいつは、ちょっと面白くなってきたっすね」
少女はニヤリと笑みを浮かべ、トンと鉄格子を蹴った。




