再会
四月五日、長野県立上田第一高等学校入学式。
晴海由佳の高校生活は驚愕と共に幕を開けた。
その驚愕の理由は二つに収束する。一つは親友――霧野夢衣の姿を確認することができなかったこと。互いに入試に合格していることは確かだったが、この入学式において彼女の存在を見つけることは、式が始まるまでついに叶うことはなかった。
そして驚愕の二つ目の理由は、今現在、ユカの目の前に存在している状況にある。
「この素晴らしい日に、ここ長野県立上田第一高等学校に入学することをとても嬉しく思います」
入学式が行われている体育館には大勢の人間が入っていた。ステージを正面に館内の前半分には新入生が初々しい顔を並べ、その両脇では保護者が観覧している。後方には在校生が列を成し、新入生の入学を祝福していた。
通常、この手の式典の挨拶というのは参加者の意識が散漫するタイミングだが、その日だけは違った。新入生を始め、その場のほぼ全ての人間の意識がステージ上の一人の少女に集中している。そしてそれはユカも同様であった。
「以上で入学の挨拶を締めさせて頂きます」
おそらく体育館内の人間のほとんどが彼女の名前と容姿を記憶に刻んだことだろう。だがそれはその少女の入学挨拶が特別なものだったからではない。挨拶の内容には別段変わった点はなく、視線を集めたのは彼女の容姿そのものだった。
「新入生代表、雨宮彼方」
そう締めくくり挨拶を終えた壇上の少女は、白そのものだった。
雨宮彼方。かつて荒らし集団“スカルスネイク”に所属し、白い死神として方々の魔導戦選手に恐れられた少女。しかしたった一度の敗北を契機に、荒らし集団はおろか、魔導戦そのものからも距離を置くことになった――それが、ユカが知るカナタの全てであった。
ユカにとってその透き通るような白い少女は、心象で言えば決して良くはない。元々荒らし行為そのものを嫌悪していたということもあるが、地元で暴れられたのだから、それは言うなれば屈辱に他ならないものだった。
そんなカナタのことであるが、しかし彼女が関西を中心に生活していることはユカも知っている。ではそんな彼女が一体なぜ長野の高校へ……? そんな疑問の意を込めた視線で、ユカはジロリとカナタの方を見た。
「私がこの高校に入学したのが、そんなに不思議ですか?」
入学式終了後――ユカはカナタを中庭に呼び出していた。幸いなことに二人の他に人影はない。遠くから吹奏楽部が奏でているであろう楽器の音色が、僅かに聞こえてくるだけである。入学式を終えて新入生は早々に下校しただろうし、在校生の方も部活勧誘などは翌日からしかできないことになっていたから、その状況はおおよそ予想通りの結果だった。
そんな状況を踏まえた上で、ユカが口を開く。
「ええ、まさか、偶然なんて言うつもりじゃないでしょうね?」
「そんな訳ないでしょう」
まるで嘲笑うような表情を見せながら、カナタはベンチに腰かけた。ユカは隣に座る気にはなれず、その正面に立ったまま、言い返す代わりに腕を固く組んで目の前の白い少女を見下ろす。
「そうですね、私がこの県の高校を受験したのは、一言で言ってしまえばまた魔導戦をやるためです」
「また“荒らし”でもしようっての……?」
僅かに身構えながらユカが聞き返す。だが、カナタはその言葉に即座に首を横に振った。
「その逆ですよ」
「逆?」
カナタが小さく頷いた。その顔にはかつての翳りはなく。憑き物が落ちたように晴れ晴れとしている。
「今度は、正々堂々と、正面から魔導戦と向き合ってみようと思ったんです」
「それと、うちの高校を受験したのと、どう関係あるっていうのよ」
「まあ、どうせやるならムイさんを一つの基準にしょうかと」
「ムイを……?」
カナタがユカに向けて人差し指を立てる。
「長野の高校に進んで、同じチームになれればそれで良し」
続けてその隣の中指も立てる。
「もし違うチームだったとしても、地区予選で戦えればそれも良し」
立てた二本の指を戻し、改めてユカの顔を覗き込む。
「でもまあ、あなたがいるということは、どうやら私はムイさんを引いたみたいですね――ムイさんも、この高校に進学したんでしょう?」
「そりゃあ、まあ、そうだけど……」
言葉を濁しつつも、しかしムイがここ長野第一高校に進学したのも事実であるから、ユカは肯定せざるを得なかった。とは言え、まだ目の前の少女を完全に信用したわけではない。警戒の体制は緩めることはない。
そんな心情を知ってか知らずか、今度はカナタの方から口を開いた。
「それで、肝心のムイさんはどこに? 見たところ、あなたと一緒ではないようですが」
「それが……朝から連絡とれないのよ! 多分、入学式にも出てないわ」
「携帯に連絡してみましたか?」
「あの子、携帯持ってないのよね……」
「それは……ある意味、あの人らしいですが」
そう言いつつも、カナタは呆れた顔を浮かべずにはいられなかった。
「仕方ありませんね」
カナタが立ち上がる。
「どこ行くのよ」
「魔導戦部の部室へ」
「何しに?」
「入部届けを出しに行く以外に考えられますか? それに」
「それに?」
「そこに行けばきっとムイさんに会えますからね」
「なるほど……悔しいけど一理あるわね」
嫌味の一つでも言ってやろうかと思ったユカだったが、ここはカナタのアイディアに免じて飲み込むことにした。そして二人は並んで歩き出したのだった。
「それにしても」
カナタが口を開く。
「よくこの学校に合格できましたね。正直、あなたはあまり頭の良い印象はなかったのですが」
「う、うるさいわね! あんな試験、余裕よ、余裕」
「はあ……まあ、せいぜい授業についてこられるよう頑張って下さいね。補習で試合に出られないなんてことになったら困りますから」
「それは私を戦力として認めているってことかしら?」
「まさか」
カナタが肩を竦めて答えた。
「団体戦では、素人でも不戦敗になるよりはマシってだけですよ」