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無気力少女ですが、実は最強です  作者: 冬野氷空
魔気習得編
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早朝 / 訓練

 朝霧立ち込める街並みの中を一筋の光が駆け抜ける。

 午前四時。冬の街は未だ眠りの中。昨晩に降った雪が除雪されることなく道に満遍なく積み重なっている。除雪車が回ってくることになってはいるが、それももう少し先の時間である。

 光――銀を基調とした一メートルほどの剣、その柄部分に埋め込まれた金色の魔石から発せられている。視界の悪い冬の早朝では、それは不気味な人魂のように見えるかもしれない。

 魔剣ブレイドを握りしめ、冬の街を疾駆するのは一人の少女だ。

 少女――爽やかなショートカットの黒髪。女子にしては高い身長。学校指定のジャージの上に羽織った青色のジャンパーという格好も相まってボーイッシュな印象を受けるが、しかしよく見るとそのつぶらな瞳はパチリと開き、顔の造詣も整っているため、少年のようだという第一印象から活発な美人という評価に変わるまで、そう時間はかからないことは明白だった。

 白い息を切らしながら冬の街を行軍する少女の左肩には鞄がかけられており、そこには新聞が大量に収まっていた。誰から見ても新聞配達のアルバイトに励む女子校生の姿がそこにはあり、現にそれは事実だった。

 ただしその想像――当然の予測とも言える考察――と違う点があるとするならば、それは少女がアルバイトをする目的である。

 少女――晴海ハルミ由佳ユカは、金銭のためにアルバイトをしているのではない。

 彼女の家は飛び抜けて裕福というわけではないが、しかし高校受験を控えた娘にアルバイトを強要せざるを得ないほど貧乏というわけではない。いや、少女に部活動やクラブ活動としてどちらかと言えば負担費用の大きい魔導戦という競技をさせている以上、比較的裕福な家庭なのかもしれない。

 では、なぜユカは新聞配達のアルバイトに励んでいるのか。それはひとえに親友――霧野キリノ夢衣ムイの存在が大きかった。


「――で、どうするの?」

《どうするって、何がっすか?》

「魔導戦のこと! わざわざ岩手くんだりまで行って練習するくらいなんだから、高校に行っても続けるってこと?」

《んー。まあ》

「何とも曖昧な答えね……」

《そうは言われましても……私だってまだどんな形で魔導戦を続けていくか決めてないんすよ。部活でやるかクラブでやるか、はたまた別のところか》

「そんなの絶っっっ対に、部活が良いに決まってるでしょ!」

《そんなに大声を出さなくても……》

「高校部活動の全国大会と言えば、全魔導戦選手の夢みたいなものよ」

《そうなんすか?》

「そうよ! 高校野球の甲子園に並ぶ夏の風物詩。テレビでも毎年めちゃくちゃ放送してるじゃない」

《はあ、わたしあまりテレビ観ないんで》

「そうだったわね……でもまあ、高校でも魔導戦を続けるってなら絶対に部活にしときなさい」

《んー。じゃあ、ユカさんがそう言うならそうしよっかな》

「そうしなさい。――で、どこの高校に行くかは決めてるの?」

《時期も時期ですし、志望校くらい決まってますよ》

「まあ、あんたならどんな強豪校に行ってもレギュラーになれるでしょうけど……それで、どこの高校?」

《それは――》


 これが冬休みに入ってからすぐにユカがムイと交わした電話の内容である。

 数カ月前のシルバーウィークに、信じられないほどの活躍を見せた親友。飛び抜けた才覚の片鱗。奇跡を起こした英雄ヒーロー――そのムイが高校に行っても魔導戦を続けようというのだから、ユカにとってこれほど嬉しいことはなかった。

 しかし、その反面――


「まさか、上田第一とはね……」


 それはあまりに予想外の選択だった。

 ムイが口にした志望校とは、彼女たちの地元にある長野県立上田第一高等学校。全日制で進学率が県内で二番目に高いことを除けば、これといった特徴のない高校である。当然、魔導戦の強豪校というわけではない。それどころか、県大会でもここ数年は名前すら登場していない、言わば魔導戦の弱小校だった。

 しかし、改めて考えてみればそれは当然の解答だった。ユカの知るムイ――霧野キリノ夢衣ムイという人間は、いつだって安定志向を求めていた。進学校に進み、いずれは地元の公立大学へ。大学を卒業後は公務員か、はたまた適当な中流企業か、とにかく安定した生活へ。

 ユカは断じてムイより優れた能力があるわけではない。勉強でも、魔導戦でも。しかしそれをはっきりと客観しても尚、その友人の生き方を面白いとは思えない。つまらないとさえ思っている。しかしユカも頭が悪いというわけでもない。だから本当のところはムイのような生き方が賢いのだということを、理性では分かっていた。分かってはいるのだが――


「やっぱり、もっとスカッと生きて欲しいな、あいつには」


 それは、彼女が英雄ヒーローだから。憧れだから。ムイのことを初めて見た時、ユカはその眠たげな視線の奥に確かに感じたのだ。強い光を。常人とは明らかに異なる気配を。

 そんなムイと一緒にいれば、自分も何か変われるのではないかと思った。何か特別な景色を見られるのではないかと思った。

 そして――叶った。

 シルバーウィーク。数々の強豪選手。それを次々と破っていく親友の姿。

 ――今でも思い出す、あの感動を。絶対に不可能と思われた局面を幾度となく覆してきた、その小さくも力強い後ろ姿を。

 そしてさらに強く思った。そんなムイともっと一緒にいたいと。彼女の活躍をもっと長く、いつまでもその隣で見ていたいと。

 だからムイが上田第一を志望していると聞いた時、その相変わらずの安定志向にがっかりもしたが、しかし同時にまだ一緒にいられると安心したのも事実だった。ユカの成績では上田第一に入るにはまだ少し偏差値が足りないが、それでも努力すれば届かないレベルではない。そのために冬休みに入ってからは受験勉強により一層力を入れてきた。


「よし! 私ももう少し頑張らなきゃ!」


 が、当然ながらそれが今現在ユカが新聞配達のアルバイトをしている理由にはならない。

 新聞紙をポストに突っ込み、ユカは再び走り出す。まだ暗い雪道を。その右手に逆手に握られた魔剣ブレイドへ慎重に魔力を注入しながら。

 “力場”の発生――背中がぐんと押される。肩を弾ませながらも、しかしいつもの自分より遥かに速く走れているということを確かに実感していた。まるで自分の身体ではないようだ。


 ――これが、ムイが使っている


 本物オリジナルにはほど遠い。数週間の訓練でこの程度の成長なのだから、改めて親友の凄さを思い知った。が、しかし、少しずつでも近づいている。その思いが物理的にも心理的にもユカの背中を押しているのは事実だった。

 そして今はこの訓練方法を信じるしかなかった。ムイを――英雄ヒーローを育てたこの方法を。


 ――私、強くなるよ、ムイ。少しでも! 一歩ずつでも!


 僅かに朝日が差し込む空を見上げる。どこか遠い地で同じ空を見上げているかもしれない親友を思って。再会する時、胸を張ってその隣に立てるように、強くなることを誓って。


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