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無気力少女ですが、実は最強です  作者: 冬野氷空
魔気習得編
47/72

それぞれの旅立ち

 魔導戦。

 その七十年余りの歴史において最強は誰かと議論すると、大半の人間は現・闘神がそうだと答える。

 それもそのはずで闘神の勝率は脅威の百パーセント。未だ誰にも土をつけられたことがない。十年前に闘神を含める五大タイトルの全てを同時に手中に収めたという逸話と記録は、未来永劫超えられることがないとも言われている。

 世界ランクも当然ながらトップ。あまりの強さに、日本国内では闘神の座を巡るタイトル戦以外の大会には参加が禁止とされるほどだった。

 最強の選手は誰か――闘神。

 しかしそれはあくまで一般人の解答である。魔導戦の歴史に詳しい人間の中には、それでも闘神に多くの票が傾くだろうが、しかしこう答える人間も確実に存在していた。


 ――虹乃宮(にじのみや)愛衣あいこそが最強だ。


 虹乃宮というのは旧姓であり、霧野愛衣というのが、ムイの知る母親だった。


「母はわたしが四歳の頃に亡くなりました。だからわたしにはあの人の記憶がほとんど残ってないんすよねぇ……」


 呆然と星空を見上げながら、ムイが言った。

 何となく、可愛がってもらったのは覚えている。しかし記憶の中の母親の姿は常に病に侵されていて、しかしそれ故にとても儚げだった。


「あの母が魔導戦の選手だったなんて想像もできません。しかも最強だったかもしれないだなんて……」

「お前さんが使っている魔剣ブレイド、そいつもアイが残したものさ」

「そう、だったんすか」

「ああ。流石にアンタに合わせていくらかカスタマイズしてはいるけどね」


 ムイは改めて、その両手に握られている白の魔剣ブレイドを見た。この剣を母も握っていたのだ。そう思うと、何だか奇妙な繋がりを感じる。


「あんたはアイによく似ているよ」

「そうなんすか?」

「ああ。もっとも性格の方は父親にそっくりだがね」

「そうなんすか……」


 正直、そう言われてもあまり嬉しくはなかった。父親の頑固さはムイ自身が最もよく知る事実であり、まさか自分がそういった父親と性格が似ているなどと言われるとは思っていなかった。


「師匠、わたしはあのクソ親父より強くなれるますかね」

「さてね……それより私はアンタが強くなりたいと思っていることの方が少し意外だよ」

「それは……」


 言われてみて、ムイはようやく自分がさらなる強さを求めているのだと気が付いた。それは数カ月前――魔導戦を始めるより前の自分では決して抱くことのなかった願いだろう。そして彼女は一体何が自分を突き動かしているのか、その答えにはすぐに辿り着いた。


「闘聖――リンさんと戦って負けた時、めちゃくちゃ悔しかったんすよねぇ。多分、それまで負けたことがなかったから余計にその悔しさを感じたんだと思います。あんな思いは、もう二度としたくない。だからわたしはもっと強くなりたいんだと思うんです」


 そう答えると、師匠が静かに笑みを浮かべた。ムイにはその笑顔に訳が分からなかった。自分がまた何かおかしなことを言ってしまったのかと疑問にさえ思った。


「いや……アンタのそういうところがショウの奴にそっくりだと思ってね」

「もうそれはいいっすよ! 親父は親父で、わたしはわたしです。わたしなりのやり方で強くなってみせます」

「強く、か」


 師匠が塔からどこか遠くを見つめる。焦点は景色にではなく、師匠自身の過去に合わせられているようだった。


「ムイ、魔気オーラを完璧に使いこなせるようになりな。そうすりゃあ、きっとアンタは父親を超えられるよ」




 午前五時。ムイはパチリと目を覚ました。長い間新聞配達のバイトを日課にしていたから、自然とこの時間になると目が覚めてしまう体質になっていた。それからムイは寝巻として借りている浴衣から、いつもの運動用のジャージに素早く着替えて、部屋を出た。

 部屋もそうだが、屋敷の中はひんやりとした冷気に包まれていた。身震いしながら、廊下を進む。空気以上に冷え切った廊下の板が、まるで足に噛みついてくるようだった。

 ムイは台所へと向かった。今日はムイを除く他の修行メンバーが、それぞれの故郷へと帰る日だ。だから朝食を作る当番ではなかったのだが、今日は自分が作ろうと思った。

 まだ誰も起きてきてはいないだろうと思っていたが、しかしムイのその予想は外れることになった。台所には明かりが灯り、中に人の気配も感じた。


「おはざいまーす」


 両腕を擦りながら、台所の戸を開けた。


「あ、ムイちゃん、おはよう」

「随分早いっすね、一宮先輩」

「うん、まあね」


 眼鏡の少女がはにかみながら答える。彼女の服装は通っている高校の制服で、その格好をムイは初めて目にした。これまでは寝巻用に貸し出されている浴衣姿と、トレーニング用のジャージ姿しか見たことがなかったから、ミズキの制服姿というのは新鮮なものだった。


「今日でもう帰ってまうからね。最後くらい、このお世話になった塾に恩返しせなと思って」

「恩返しっすか?」

「うん、掃除とか、色々ね」

「一体何時に起きたんすか……」

「二時くらい、かな」


 ミズキが恥ずかしそうに笑う。ムイは呆れて声も出なかった。いくら世話になったと言っても、流石に義理に厚すぎはしないかと。


「ほんまのことを言うとな、寝ている時間が勿体なかったんよ。うち、この塾が大好きやから。厳しい訓練のことも。師匠のことも。ハナちゃんやジン君や、それからムイちゃんのことも。せやからちょっとでも長いことこの塾の雰囲気とかを感じとこ思って」

「はあ。あの、じゃあ、もうちょっとここにいたらどうです? 師匠もああは言っていましたけど、きっと何だかんだ言って喜んでくれると思いますよ」

「ううん。そういうわけにもいかんよ。うちらには、まだやることがあるし」

「やること?」


「全国制覇っちゅうドデカい目標や!」


 そう答えたのは少年の声だった。ムイは声がした方――自分の背後を振り返る。

 相変わらず寝癖であちこち飛び跳ねた髪の毛のハルトが、こちらも初めて見る制服姿でそこに立っていた。


魔気オーラを習得できないとなると、ここにいても何の意味もないからな。そりゃ訓練くらいはできるかもしれんけども、ほんならどこぞの強豪校と練習試合を組んだ方がマシっちゅうもんや」

「はあ……にしても、三枝先輩も随分早起きっすね」

「ほんまは眠れんかったんとちゃう?」

「いやいやいや、朝までぐっすりやったって!」

「その割には目の下にめっちゃ隈作ってるけど?」

「え? マジで?」


 そんなやり取りに、ムイは思わず笑ってしまった。ミズキもハルトも笑みを浮かべていた。そしてそんなやり取りが今日限りで終わってしまうのだと思うと、やはり寂しく感じざるを得なかった。


「なんだ、お前らもう起きていたのか」


 そう言いながら、ぬっと大きな人影が台所に現れた。彼は運動用のジャージの上にジャンパーを羽織り、額には僅かではあるが汗が滲んでいた。


「雪風先輩、おはざいます。先輩も随分早いっすね」

「俺はいつも通りだ。朝は走ることにしている」

「先輩も、やっぱり目標は全国優勝?」

「いや、俺は強くなれればそれで良い。お前こそどうなんだ、ムイ」

「わたしは……まだ全国大会がどうとかは分からないですけど、でも、先輩と同じでもっと強くなりたいと思っています。誰にも負けないくらいに」


 誰にも負けないくらい強くなる。

 そんな言葉がすんなりと出てきたことに、ムイは自分で驚いた。


「どうやら最大のライバルはお前になりそうだな」

「いえいえ、でもまあ、もしも戦うことがあったらお手柔らかにお願いしますね」

「ふてぶてしい奴だ。そんなジョークはハルトの奴に言ってやるんだな」


 そう言ってジンはほんの僅かに笑みを浮かべてみせた。それにすぐさまハルトが突っかかり、いつものように、さながらプロレスじみた言い争いが始まる。ここでの修行期間はムイを含め、他の面々もそう長くはないはずだが、そんなやり取りがもはや習慣になっている。それがこれまで人付き合いというのを自分から避けてきたムイには新鮮であり、また不思議なことに心地よくも感じた。


「まあ、二人とも結局私には勝てていないけどね」


 皮肉交じりの笑みを浮かべて台所に入ってきたのはハナだった。彼女も初めて見る私服姿だ。ムイはその最強の少女に、強さの秘密を教えてもらうことをすっかり忘れていたことに気が付いた。と、同時にもう時間が残されていないことを実感する。一緒に修行していた一週間あまりがいくら忙しかったとはいえ、どうしてもっと話す機会を作らなかったのかと、ムイは少し後悔した。だが、そんな彼女の気持ちに気が付いたのか、ハナが口を開いた。


「別にそんな悲しい顔しなくても良いよ。……また会えば良いんだし」


 そしてプイとそっぽを向いた。それが彼女なりの照れ隠しのようなものだとムイには理解できた。

 ムイ、ジン、ハルト、ミズキ、そしてハナ。五人のメンバーはそれぞれ目指すところもその理由もバラバラだったが、しかし“強くなりたい”という願いだけは同じだった。ムイはそんな彼らとまた会える日が来ることが楽しみになった。


「みんな、ありがとうございました。魔導戦について何も知らないわたしに、色んなことを教えてくれて」


 ムイの口からは自然とそんな言葉が零れていた。だが、それは素直な彼女自身の感情だった。


「次に会う時は、本気で戦いましょう!」


 その言葉に、ある者は不敵に笑い、またある者はさらに挑発を加えた。

 五人の修行者たちは別れ、それぞれの道を進んでいくことになる。再会した時、さらなる強さを見せつけるために。己の願いのために。

 そして――


「あ、もしもし、親父?」

《おう。どうしたよ》

「いや、大したことじゃないんだけど……わたし、もうちょっとここに残って魔気オーラの修行をしていくことに決めたから」

《ああ、分かった。冬休みの残りはどうする?》

「それもこっちで。それと、休みが終わっても、受験まではこっちにいるつもり」

《それは構わんが……大丈夫なのか?》

「うん。勉強に関しては師匠の知り合いで教えてくれる人がいるし」

《そうか》

「それに、わたし、ここでならもっと強くなれると思うから」

《分かったよ。担任には俺から連絡しといてやる》

「うん。ありがとう。それと……」

《あん? それと、何だ?》

「帰ったら、お母さんのこと、少しでも良いから教えて。わたし、お母さんのこと何も知らなかったから」

《……ああ。分かった。待ってる》

「うん……それじゃあ、もう行かなくちゃ」

《ああ……ムイ》

「ん?」

《頑張れよ》

「ん」


 少女は駆け出す。

 新たな力を、真に自分のものにするために。

 仲間との約束を果たすために。


 誰に負けない強さを手に入れるために。

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