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無気力少女ですが、実は最強です  作者: 冬野氷空
魔気習得編
41/72

神童

 少女の姿が、ムイの視界から消えた。


 ムイは反射的に身体を横に捻り、跳んだ。そして次の瞬間にはその地点の床は凄まじい破裂音と共に粉砕されていた。映画撮影で使われる飴細工の鈍器のように、いとも簡単に。


 簡易闘技場――“魔気塾”の訓練施設の一つ。外見や内装は広めの体育館といったところだが、強度な魔法耐性と破壊された部分でも時間と共に修復される自己修復機能を備えた、文字通り簡易的な闘技場だ。


 小さな戦場――対峙する少女(化物)が二人。


 霧野夢衣――魔力の“力場”による加速と減速。崩れた体勢を一瞬で立て直し、建物の壁際へ。相手の速度を踏まえた上で侵攻ルートを制限し、回避や防御を有利にする選択。


 菊池きくちはな――小学生でありながら超高校級の実力を持つ神童。粉砕された床が崩れ落ちるより早く、その細く長い黒髪を翻らせて再度の跳躍。ムイよりもさらに小さな身体が、弾丸さながらの勢いで射出される。それはムイを遥かに凌ぐ加速能力だ。


 身構えるムイ――しかしその視界にハナの姿が映ることはなく、代わりに頭上から爆弾が破裂したかのような轟音が響いた。天井が崩れ落ちてくる。ムイは身体を加速させその瓦礫や破片の届かない位置まで撤退――一瞬にして簡易闘技場内は土煙と埃に包まれた。


 あるいはそこが闘技場という戦場でなければ、二人はただの年頃の女の子に見えたかもしれない。しかし双方あり得ない動きで飛び回るその姿は、化物同士が喰らい合っているようにしか見えない。


 最悪の視界の中でムイは、ハナがふわりと着地するのを見た。


 戦闘開始からそう時間は経過していない。対戦相手と刃を交えたのもほんの数回だ。しかしながらムイの体力と魔力は、既に限界を迎えつつあった。これまで戦ってきたどんな敵よりも――あるいは自分を破ったあの東雲凛という女性よりも――今目の前にいる少女が恐ろしく感じた。これまで戦って勝ってきた相手はどれほど苦戦しようともあくまでの範疇に収まっていたし、東雲凛にしても手加減してくれていたのだろうということを痛感する。


 ――菊池華には隙がない。


 本人の性格か、あるいは子供ながらの無邪気さ故か、ハナの辞書には手加減という文字も遊びという言葉もない。あるのは純粋な勝利へ探求心だけ。


 いや、勝利への探求心ならばムイも同じだけのものを持っているつもりはあった。ではハナとの差は何だろうと考えた時、真っ先に思い付いたのが()だった。固有魔法を使うことのできない自分と、身体能力を十倍にまで引き上げる強力な固有魔法を使う敵――圧倒的なまでの不利は明らかだった。


 ハナがゆらりと着地した体勢から立ち上がる。


 ムイは必死に呼吸を整えた。喉がひゅうひゅうと音を立てているのが分かった。両足がまるで生まれたての小鹿のように震えているのも感覚できた。だがしかし、魔剣ブレイドを収めようとはしなかった。むしろ一層力強く握りしめていた。


 勝利への方程式ヴィジョン――攻撃の予測。何パターンもの侵攻ルートを予測し、一端真っ新に(クリア)。直感でハナの跳躍先を導き出す。彼女の持つ二本の魔剣ブレイドの切っ先がどこへ向けられるのか。


 最小かつ最強の敵を見据える。その小さな化物はムイの疲労や焦燥を気にも留めず、実につまらなそうな表情を浮かべていた。まるで大人が与えた子供だましの玩具に辟易としているように。


 ムイが目を見開く。同時にハナがほんの僅かにその細い両足に力を込めた。

 跳躍――そう呼ぶにはあまりに強力な脚力で、少女の身体が発射される。その速度はもはや瞬間移動に等しいだろう。巻き上げられていた土煙が、真空状態になった空間に一気に吸い込まれていく。


 ハナの攻撃はムイの左側へ。刹那の判断――ムイは右側へステップ。同時に反撃のための斬撃を来るはずの左へ。


 しかし、次の瞬間、ムイはその選択を後悔することになった。

 ハナが左側へ――そう見えたのはフェイクだった。ムイはその偽造にまんまと乗せられてしまった。


 ハナはムイの斬撃の射程距離に入る寸前で急停止――右側へ進路を変更する。この間僅か一秒。しかし直感で身を翻していたムイには、この変化に対応することができない。意識ばかりが先行し、身体が追いついてこない。


 ムイの斬撃がようやく空中で急停止した。しかしその時にはもう遅かった。ハナの右手の魔剣ブレイドが、そっとムイの背後――その首筋に伸びていた。


「はい。これでわたしの勝ち」


 少女が、その表情に合った平坦な口調で言った。ムイは何か言いたげに口をパクパク動かしたが、しかしどう弁明しようと負け惜しみになるだろうと悟って言葉を飲み込んだ。代わりに魔剣ブレイドをゆっくりと降ろし、ハナの方に振り向いた。


「参りました。わたしの負けっす」

「言い訳しないの……?」


 少女が小首を傾げながら尋ねた。


「しないっすよ。わたしの完全な負けなんすから」


 それは間違いなくムイの本心だった。相手が他の誰かならばいざ知らず、この目の前の少女――ハナに対してはどう言い訳しようと自分が劣っているのは確かだった。


「ふーん。お姉さん、変わってるね」

「そうっすか? でも、なんでそんなことを聞くんです?」

「わたしに負けた人はみんなするから、言い訳。魔剣ブレイドが不調だったとか、実は腹痛だったとか」


 その様子をまざまざと想像することができた。大の大人や強豪選手であっても、ハナに勝つことは至難の業だろう。しかし彼女はまだ小学生だ。そんなハナに負けたとあっては、言い訳の一つもしたくなる気持ちはムイにも大いに理解できた。


 そんなことを話していると、簡易闘技場の扉が開かれた。


「うわっ、何やこれ、また随分派手にやらかしたな」


 三人の男女が入ってくるのが見えた。先頭の関西弁の少年がムイたちの元に歩いてきながら口を開く。


「ほんで、どっちが勝ったん?」

「決まってるでしょ」


 ハナが答える。


「わたしの勝ち。でも、五分はもったよ」


 そしてチラリとムイの方へ視線を向ける。それは勝ち誇ったような表情ではなく、相手の実力を確かに認めた表情だ。


「マジかいな! いやぁ、五分もってしもうたか……ハナ、お前手加減してたんとちゃうか?」

「するわけないじゃん。まあ、ハルトにだったら手加減しても三分以内に勝てるけどね」

「コイツ、言わせておけば……!」


 ハルトと呼ばれたその少年は怒りに拳を振るわせてみせたが、しかし慣れたやり取りなのだろう、すぐにその拳を引っ込めて、代わりにポケットから千円札を一枚取り出してもう一人の大柄の少年に差し出した。


「あーあ、賭けに負けてもうたやないか」

「お前は分析力が足りない。少しはお前の幼馴染を見習うんだな」

「何やとジン、お前、賭けに勝ったからって調子に乗ってるやろ。お前やってハナ相手に三分もたなかったくせに!」


 ジンと呼ばれた少年が詰め寄るハルトを、喧嘩なら買うぞと言わんばかりに見下ろしながら答えた。


「それはお前も同じだろ、関西強豪校のエースさん?」

「何やとこの……」

「ストーーーップ!」


 今にも掴みかかりそうな二人の間に、もう一人の少女が割り込んだ。


「二人とも喧嘩したらアカンって。折角ムイちゃんっていう新しい仲間も増えたんやから」

「それやそれ! 俺はそれも気に入らんのや、ミズキ!」


 ハルトはムイの方を指さして続ける。


「俺らはあんなに苦労してここまで残ったちゅうのに、コイツはいきなり入塾しよるし、ほんまどないなっとんねん!」


 怒号を上げる少年を、ミズキと呼ばれた少女が宥める。


「しゃあないやん、師匠の知り合いの娘さん言うんやから。それにハナちゃん相手に五分ももったんやから実力もほんまもんやろ」

「それに()()東雲プロとも知り合いだなんて……羨ましすぎるやろ!」

「って、羨ましいんかい!」


 それはムイ自身、この塾に来て最も驚いたことだった。


 自分の父親の後輩――東雲しののめりんが魔導戦のプロ選手、それもいわゆるトッププロということを知ったのは他の塾生に聞かされたからだった。


 日本ランキング五位。加えて魔導戦プロに存在する五つのビックタイトル・闘聖の保持者。それが圧倒的なまでの実力差でムイを破った人間の正体だった。


 リンは先輩である霧野将に、自分の娘に実力不足を分からせて欲しいと頼まれ、ムイの前に立ち塞がったという。そして彼女をそのまま魔気塾まで送り届けたということだった。


「あっりえへん! 何かの間違いやろ!」

「またアンタはそんなわがまま言うて……負け惜しみも大概にせなあかんで?」

「負け惜しみちゃうわ!」


 ムイが“魔気塾”に来てからもう三日が経過している。そのため彼女はハルトとミズキ――関西ペアのそんなやり取りを目にするのはもう慣れたものだった。


 “魔気塾”は岩手県と秋田県を隔てる奥羽山脈の奥深くに位置する魔導戦の技術を学ぶための塾である。そこでは毎年長期休暇になると多くの学生魔導戦プレイヤーたちが集まるという。しかしそのほとんどは最終試練に挑むまでに脱落していくという話だった。


 そして現在、その塾に残っているのはムイを含めて五人――


 三枝さえぐさ遥翔はると――関西の古豪・神宮寺高校の二年生エース。通称“深緑の守護者ガーデン・ガーディアン”――植物の成長を自由自在に操り、圧倒的な制圧力を誇る。今年度の全国大会では振るわなかったものの、間違いなく全国屈指の実力者に数えられる。


 一宮いちみや瑞樹みずき――ハルト同様、神宮寺高校に通う二年生。今年度は補欠止まりだったが、それはあくまでも強豪校での立ち位置である。他の中堅高校ならばあるいはエースを務めていてもおかしくはない実力者であり、幼馴染のハルトの良きブレーキ役でもある。


 雪風ゆきかぜじん――身体の一部、あるいは全身を“狼”へと変える変身魔法ターンを得意とする謎多き人物。その恵まれた体格も相まって間違いなく全国屈指の実力を保持しているが、しかし公式戦の記録なし、通っている高校やその地域すら秘密という正体不明者アンノウン


 菊池きくちはな――神童。塾生最強。あるいは“人間兵器”。地元の学校に通う小学五年生で身体能力を十倍にまで引き上げる魔法を得意とし、その実力は塾生はおろか師匠でさえ認めるほど。


 そんな塾生に魔導戦のありとあらゆる技術を叩き込むのが、“師匠”と呼ばれる老婆だった。

 師匠――年齢・国籍・得意魔法……その全てが謎に包まれている人物。噂によればかつては海外のプロリーグに所属していたのだとか。それが足の怪我を原因に引退――日本に戻って塾を開設したというわけだ。


 その偉そうな口ぶりから反発する塾生も数多く存在し、ハルトもその一人だったが、しかしある時師匠に勝負を挑んだところ、全く気付かぬ内に床に転がされていたという。以降彼は師匠の言葉に従うようになったということだった。


 そんなハルトを含めた一同が何を目的としてこの塾に集まったのかといえば、それは一つだった。ムイは食事当番の時に一緒になったミズキとのやり取りを思い出す。



「ムイちゃんって、魔気オーラって知っとる?」

「いえ、知りませんね。恥ずかしながらわたしって魔導戦についてあまり知らないんすよ」

「そうなんや。まあ、でも魔気オーラは知らんでもしゃあないけどな。マイナーな技術やし」


 魔気オーラ――それは正式な名称ではなく、そしてそんなものは存在していないかもしれない。それが何なのかと問われれば、“魔法以外で魔導戦で利用できる魔法的技術”と答えるのが正解とのことだった。


「ムイちゃんは概念操作系魔法を使う人と戦ったことある?」

「いえ、ないっすね」

「まあ、世の中には理不尽なくらいに強力な概念操作系魔法を持つ人間もいるんよ。例えば今年の全国大会の優勝者から三位までとか」


 その“理不尽に強力な魔法”に関して気にはなったが、ここは話を進めてもらうことを優先する。


「概念操作言うんは、説明するのがムズイんやけど、魔力のパワーだとか技術で何とかなるものちゃうんやな、文字通り概念を操作するわけやから。幽霊相手に素手で勝負挑むようなもんや」

「絶対に勝てないっすね」


 答えながら、羽柴優斗の言葉を思い出した――全国三位以内は人間を超えている、と。


「せやねん。けど、魔気オーラがあれば勝てるようになるらしいんよ。噂によれば非公式の魔法技術でありながらトッププロのほとんどがもっている能力やとか」


 トッププロと聞いて、リンのことが浮かんだ。その魔気オーラという技術を学べば、自分もあの雷使いのように強くなれるのか、と。


「それで、その魔気オーラって、具体的にはどんな能力なんすか?」


 ミズキはその質問に頭を振った。


「それがよお分からんのよ。師匠も最終試験まで残った人にしか教えてくれへんらしいし。でも、きっと強力な力なのは間違いないと思うで」



 ――強力な力。


 ムイはミズキとハルトのやり取りを眺めながら、内心その言葉を繰り返してみた。固有魔法を使えない以上、その能力は何としてでも手に入れなければならない、と。


「全員揃っているね」


 不意に低い女声が簡易闘技場に響き渡り、喧騒がピタリと止んだ。見ると気づかぬ内に師匠が入ってきていた。彼女は杖を突きながらムイたちの前までやって来ると、塾生全員の顔を見渡し、そして満を持したように口を開いた。


「これより、魔気習得の最終試験を開始する。これから始まる試験は最悪、命を落とすかもしれない。戻るなら今の内だよ、あんたら」


 誰一人として戻ろうとする者はいなかった。むしろ待っていましたと言わんばかりに、自信満々な笑みを浮かべている。


 師匠はニヤリと不敵な笑みを浮かべる。


「良いだろう。力が欲しい奴だけついてきな」


 そして背を向けて歩き出した彼女の後を、ムイを含めた全員が追いかけた。自らの望む新たな力を手に入れるために。

菊池きくちはな

所属……???


得意魔法……身体能力強化魔法。


パワー……A スピード……A スタミナ……A 火力……D 射程距離……D

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