白銀世界/目覚め
「何じゃこりゃあ……」
少女が口角をひくひくと痙攣させながら呟いた。とてもではないが信じられないと言うように。
彼女の目の前には白銀の世界が広がっていた。
白、白、白――どこまでも広がるまっさらな景色がただただ続いている。彼女の住む長野県もそれなりの降雪量を誇るが、しかし現在いる土地はそれとは遥かに比べ物にならないほどの雪の量だ。そしてその景色を見てここはあるいは長野県ですらないのではないか、と少女は僅かに恐怖していた。
辛うじて遥か遠くに圧倒的な圧迫感を抱く巨大かつ黒々とした山脈が見える。横に広がるその山脈は高さも相当なもので頂上付近はすっかり雲の帽子を被っている。しかしそれもかなり離れたもので、もはや距離感すら掴めないようだった。仮にあの麓に辿り着いたとしても、その先に一体何があるのか、その小さなポニーテールの少女には到底想像することができない。
それ以前に、きっとあの白銀の野で、あるいは山脈の中で野垂れ死んでしまうということは明白だった。それは彼女の得意とする“力場”を利用した加速を用いて移動したとしてもだ。
少女が目を覚ましたのはとある屋敷、その一室だった。無駄にだだっ広いその和室のちょうど真ん中に布団が敷かれ、彼女はそこで目を覚ました。
まず目に入ったのは知らない天井。そこからむくりと上体を起こすと、部屋の隅にファンヒーターがあるのに気が付いた。ヒーターは必死に熱気を吐き出してはいるが、何分部屋が広すぎる。布団の外は薄っすらと肌寒かった。
そして少女はぼんやりとした頭のまま一面の壁にある窓際まで行き、障子に手を掛けたのだ。そして呟いたのだった。「何じゃこりゃあ……」と。
しかし段々と混濁する意識がはっきりとしてきたのだろう。少女――霧野夢衣は、障子を開け放ったまま宙に投げ出していたその両手を頭の上に持ってきて、
「何じゃこりゃあああ!」
と、今度は叫んだ。窓は閉められているから遥か彼方の山脈で木霊して跳ね返ってくることはないが、しかし彼女が目を覚ましたその屋敷には響き渡っていただろう。いや、部屋の大きさから考えて屋敷も相当の規模かもしれない。となれば屋敷中に声が届くということはないかもしれないが、しかし相当の範囲に聞こえ渡っていたことは確かだった。
おかしい、どういうことだ、と思考を巡らせるようにムイは頭を掻き回した。
その屋敷は当然ながら彼女の家でもなければ、その二十畳はあろうかという和室は自室でもない。窓の外の景色にも一切見覚えがない。まるで知らない場所であり、ムイが混乱するのも無理はなかった。
「一体どうしてこんなことに……」
ムイは頭を抱えたまま、記憶を辿ることにした。