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無気力少女ですが、実は最強です  作者: 冬野氷空
魔導戦入門編
32/72

強者

 空中に吐き出した息が、凍ってしまうのではないかと思った。


 ムイが転移させられた場所はとても寒かった。魔導着スーツは魔法以外でも周囲の熱から身を守ってくれるから辛うじて耐えられるが、それがもしなければきっとまともに動くことすら難しいだろう。


 ムイは左右の腰の魔剣ブレイドを抜きながら、辺りを見渡してみた。


 正面――丁度闘技場の中心の辺りだろうか、そこには巨大な氷山が見受けられる。高さは風間実戦のステージにあった巨大樹と同じくらいで、高層ビルほどだ。しかし樹とは異なり今回は“山”である。裾が広い分、その存在感は樹に比べてより一層強いものだった。

 加えて特徴的なのは氷山と、現在ムイが立っているスタート地点の間にある“川”である。おそらく人工的に作られたであろうその川は、深さ約1メートルとそこまで深くはない。ただしその流れは急激であり、もしそこに落ちようものなら肉体的ダメージや疲労は相当なものになるということが予想できた。

 無数の流氷が浮かんでいるその川はどうやら氷山を中心に円形――つまり闘技場の円周部分に沿う形で流れているように思われた。


 それを見て、ムイは自分に不利なステージだと判断せざるを得なかった。

 ムイがこれまでとってきた戦闘的手段はあくまで“奇襲”である。彼女自身の機動性や魔法特性を考えれば当然の判断だ。が、今回の場合、その作戦をとることはできない。

 なぜならば、その流氷ステージには彼女が身を隠す場所がないからだ。どれだけ速く動こうとも、まっさらな土地を進んだのでは奇襲は成功しないだろう。


「さあて、どうしたもんすかねぇ……」


 ムイは考える。幸い闘技場の中央には大きな障害物があるから、相手からすぐに攻撃されることはない。


 考え得る侵攻ルートは三つ。

 一つ――中央の氷山を超えていくルート。

 二つ――流氷に乗って川の流れを利用するルート。

 三つ――二つ目の逆で、流氷の上を川に逆らって進んでいくルート。


 距離的に言うならば一つ目が最短であり、速さであればおそらく二つ目のプランが最速だろう。だがそれは対戦相手であるところの羽柴優斗にも予測できることだ。では、三つ目のルートが正解だろうか。


 ここで彼女は対戦相手の立場になって考えてみることにした。

 もし自分が対戦相手――羽柴優斗であったならば。


 向こうからしてみればムイの高速移動からの奇襲という戦闘スタイルは既に作戦に織り込まれているはずだ。つまり、彼女の奇襲は対策されており、成功の確率は低いということだ。あるいはその作戦の上を行くことができれば話は別であるが、しかし相手は百戦錬磨の強豪選手。そうそう上手くいくとは思えなかった。


 だが、戦いはまだ始まっていない。ここで諦めるわけにはいかないだろう。


 ムイはさらに考えを巡らせる。

 相手の裏をかくためには、やはりまず相手の侵攻ルートを予測することが必要だ。

 相手は三つのルートの内、一体どのルートで侵攻してくるだろうか――その答えは明らかだった。


 魔導戦の試合は遠距離から中距離、攻撃型魔法での魔導着スーツ耐久値の削り合いが主だ。そんな中で勝ち進んできた羽柴優斗のことだから、とりわけ強力な遠距離攻撃を放ってくるはずだ。で、あるならば――


「あのルートしかないっすね!」


 ムイは駆け出した。


 流れる氷塊の上を跳び、さらに“力場”を自らの身体に沿える形で加速を続ける。


 向かったのは川上でも川下でもなく――正面。その巨大な氷山の裾野だ。


 強力な遠距離攻撃魔法――ならばそれを活かす最大のポイントは、標高が高く全方位狙うことができる氷山頂上。そう予測したムイは、逆に頂上で待ち伏せする作戦を取ることにしたのだ。ユウトが風間実のように自由自在に飛行できる魔法を使えるのならいざ知らず、そんな強力な技を持つ人間はそういないだろう、と判断したからだ。幸い機動力には自信がある。


 決意したからには、ムイには一切迷いがなかった。どこまでもどこまでも加速を続けていく。まるでブレーキの壊れたスポーツカーのように。


 高層ビルほどの高さがあろうかと思われた険しい氷山だったが、ムイからしてみればそれを登りきるのは朝飯前のことだった。頭の上に水の入ったコップを乗せて町中を日常的に駆け回ったことで鍛えられた強靭なバランス感覚やスタミナ管理は、彼女を一切疲れさせることなく、それも限りなく全速力に近い速度での登頂を可能にしていた。

 しかも今日履いているのは通常のスニーカーではなく、試合用のスパイクシューズだ。加速すればするほど、足元の微妙な感覚の違いが如実に感じ取れるようになった。


 ――走りやすい! 圧倒的に!


 その感覚は本物で、まるでどこまでも加速していけるようだった。靴の違いだけでもこれだけの差があるのかと、ムイはスパイクシューズを渡してくれた父親に、そしてそれを残してくれた記憶にはない母親に、内心感謝の言葉を述べていた。


 登頂完了――と、同時に相手のスタート地点の方に目を向ける。

 キラリ、と何かが光った。

 次の瞬間――


「あっ……!?」


 ムイは咄嗟に身体を仰け反らせた。

 その直情――天を仰いだ彼女の顎元を、ほんの僅かな衝撃が走った。

 相手の魔法攻撃が与えた衝撃だというのは考えるまでもない。一瞬だけ視界に入ったそれは、まるでレーザー光線のような攻撃だった。が、その正体は至極単純。


「これは……水っ!?」


 バク転する形で着地し、崩れたバランスを“力場”を支えにして立て直す。

 ムイを高速で襲ったのは超圧縮された水だった。彼女はその場に伏せて、再度ユウトのいたであろうスタート地点を覗き込んだ。


「あれは……どうして……?」


 ムイは思わずそう呟いていた。


 彼女が見たスタート地点――そこにはなんと、羽柴優斗がいたのだ。

 ムイの予想は大きく的を外し、ユウトが選んだ侵攻ルートは第四の道――それは()()()()()。それにはさしものムイでも驚きを隠せないでいた。


 ユウトが構えていた魔剣ブレイドはおおよそ剣と呼ぶには相応しくないものだった。その形状――それは“銃”。細く長いスナイパーライフルが、ムイのいる氷山頂上を捉えていたのだ。

 彼女が咄嗟に相手の攻撃をかわすことができたのは、そのスナイパーライフルのスコープが反射した光に気付いたからだった。


「銃とか……それはズルい……!」


 呟きながら、ムイは自分の動きが読まれていたことを実感していた。対戦相手――羽柴優斗は、ムイが彼が頂上を制圧しにくるということを予想して先回りすることを予期していた。

 狙撃を受けないように小さく身を屈めながら、左手の端末に目を落とす。


 魔導着スーツ耐久値――82%――僅かな減少。


 羽柴勇人や風間実の攻撃に比べれば減少幅は小さいが、それでも約50メートルの距離を正確に射貫く精度は十分に脅威と言えるだろう。

 だが反面、収穫もあった。


「相手の魔法は()()ものみたいっすね」


 相手の使う魔法が分かれば幾分か作戦を立てるのも楽になる。そう思いながらムイは再度氷山の下――ユウトのいた方を見下ろした。

 が、そこにユウトはいなかった。


 一瞬の動揺――左右前後に視線を巡らせてみるものの、やはりそこに敵の姿はない。


「どこに、」


 行った、という呟きは再度の衝撃で途切れた。


 衝撃があったのは背中――直撃だった。一瞬だけ、ムイの呼吸が止まる。


 前方に弾き飛ばされたムイは前回りをしながら受け身をとる。そしてそのまま氷山の下へ――ユウトのスタート地点の側に滑り落ちていった。


「か……はっ……!」


 何とか呼吸を取り戻し、思考を整える。


 敵は一体どこから――いや、それははっきりしている。後方からの狙撃だ。では、どうやってあれだけの早さで彼女の後方へ回り込んだのか……その答えにも、すぐに辿り着いた。


 ――流氷を利用したんだ。


 川の流れに身を任せ、さらには水中の水を操れば、かなりの――あるいはムイ以上の速度を出すことが可能だろう。


 氷山を降りつつ、ムイは端末に目を落とした。


 魔導着スーツ耐久値――54%――大幅な減少。


 やはり直撃を受けたのは痛かった。これでは奇襲を仕掛けたとして、たった一度の反撃でも受ければ負けてしまうかもしれない。


 ムイが今取ることのできる手段は二つ。

 一つは氷山の一角にある氷塊の陰に身を隠すこと。

 二つ目はユウトと同様に流氷に飛び乗り、移動しながら戦うということ。


 奇襲を仕掛けるとするなら前者、機動力を最大限に活かすならば後者が有効か。


 そして彼女は決断する。


 ムイは上体を起こし、さらに滑り降りる速度を加速したのだった。あっという間に氷山の麓まで下ると、彼女は迷わず流氷の一つに飛び乗った。


 その狙いは二つあった。

 それは機動力を活かすため。そして、ユウトの攻撃を回避しやすくするためだった。


 対戦相手は流氷に乗り、川の流れと水を操る魔法を利用して加速してくる。が、それはつまり川の流れに沿った形でしか移動できないということだ。敵が遠距離攻撃魔法を使う以上、その位置をある程度把握しておけばかなり有利に試合を展開することができるだろう。


 ムイは背後――つまり川の流れの上の方に目を向けた。


 ユウトの姿は見えない。――追ってきていない?


 そう思った直後――


「なっ……!?」


 ガキンッ! と金属同士がぶつかる鈍い音が闘技場に響いた。


 ムイが振り向いたそこには――進行方向の、その目と鼻の先には羽柴優斗がいた。青を基調とした魔剣ブレイドを振りかぶっていた。咄嗟に顔の前に持ってきた左右の魔剣ブレイドが、辛うじてムイを守っていた。


 先程まで持っていたライフル型の魔剣ブレイドは……?

 どうやってここまで移動した……?


 ムイは後方――別の流氷に跳びながら一瞬の内にそんなことを考えていた。


「ほう……防いだか。その直感と反射神経は流石だな」


 二人の間は2メートルほど。先程までムイが乗っていた流氷に移りながら、羽柴優斗が続ける。


「そして君は今、こう考えている。俺の使っている魔剣ブレイドがさっきまで使っていたものと違う。そしてあり得ない方向に出現した。それはなぜか、と」

「……」

「元から遠距離攻撃で君を倒せるとは思っちゃいないさ。だから魔剣ブレイドはあらかじめ二つ用意していた。ライフル型のものと、この剣型のものをね。そして俺がこうして君の目論見の逆側から現れたことに関しては、ある程度察しがついているんじゃないか?」

「あなたは水を操る魔法を使います。だからそれを利用して、川の流れに逆らって、ここまで来たんすね?」

「流石に簡単だったかな」


 ユウトが肩を竦ませてみせる。


 ムイからしてみれば敵が流れに沿ってやって来るという予想は甘かったと反省せざるを得なかった。予期せぬ狙撃を受けた直後で、やはり心のどこかで動揺があった。水の流れを加速させることができるなら、その逆で、水の流れを減速――流れに逆らうことも可能なのだと予測するべきだったと、彼女は後悔した。


「そして霧野夢衣、君には致命的な弱点がある」

「弱点っすか」


 答えながら、ムイは身構える。この距離で魔法での攻撃を受けたら、全てかわしきる自信はなかった。風間戦のように魔法の癖や効果範囲を観察する間もなかったからだ。


 ムイは後方――下流に向かって跳んだ。

 空中で“力場”を発生させ、次の流氷へ。そこで魔法攻撃――先程の水のレーザーが飛んでくるかと思ったが、その予測は外れることになる。


 羽柴優斗も跳んでいた。ムイを追いかける形で。


 “力場”を自分の身体に発生させることで加速を続けるムイ。対してユウトも、自身の身体を押す形で空中に水の流れを形成。同じように、あるいはムイ以上の速度で追跡していく。


 高速で川の上を滑空する二人だったが、その差は徐々に詰まりつつあった。ムイよりもユウトの方が速い証拠だ。


 ――振り切れない……!


 ムイの頬を一滴の大粒の液体が滴り落ちる。それはユウトが放った水の一部か、あるいは焦りから発生した汗なのか。


 ムイは一度ユウトの追撃を振り切り、姿を隠して再度奇襲のチャンスを窺う作戦だった。が、羽柴優斗の速度は彼女の予測を遥かに凌駕していたのだ。そして――


 ガキンッ! と再度空中で二人が激突する。


 ユウトの放った斬撃を、ムイは左右の剣を合わせる形で防御。苦し紛れの保身。だが、しかし――


「甘い!」

「……ッ!」


 連続で繰り出されたユウトの斬撃が、ムイの左手の魔剣ブレイドを弾き飛ばした。魔剣ブレイドは照明の光を僅かに反射させながら空中を漂い、そして遥か5メートル先の流氷に突き刺さった。


 同一の流氷の上に着地したムイとユウト。すかさずユウトは次の攻撃に移る。今度は上段から体重を乗せた一撃を放った。ムイは頭の上に残った一本の魔剣ブレイドを持ってきて、それを両手で支える形で受け止める。


 再度金属同士が激突する音が響き渡る。高校三年生の――それも鍛え抜かれた男の斬撃を受けたムイは、やはり両腕にダメージを感じざるを得なかった。激突の瞬間に大きく揺れた流氷も、その一撃の重さを物語っている。


 鍔迫り合い――


「だが……君の弱点はッ!」

「……!」


 ユウトは一気に上半身を前に折りたたみ、力が入ったままのムイの斬撃を頭上で外させると、その勢いのまま身体を一回転――同時に放った蹴りが、ムイの腹部を捉えた。


 衝撃で後ずさるムイに、再度ユウトの魔剣ブレイドが牙を剥く。


 ムイはその攻撃をやはり両手で支えた自身の魔剣ブレイドで受け止めた。腹部に受けた蹴りも相まって、まるでダメージが足先まで届いているようだった。


「君は確かに魔法を操ることに関しては天才的だ。だが、魔導戦は何も魔法だけで戦うわけではない。どれだけの魔法の天才でも接近戦は、それ用の訓練を受け、経験を積まなければな」

「クッ……」


 ムイは何とか堪えてはいるが、不安定な流氷の上で、それも全くと言って良いほど経験のない接近戦だ。単純な体格差もある。彼女の小さく軽い身体はあっという間に流氷の端へと追いやられていった。


「平たく言えば、君は接近戦が下手くそだってことだ!」


 再びムイの腹部に鈍い痛みが走った。鍔迫り合いをしながらもユウトはその筋肉量の差に物を言わせて、片手で魔剣ブレイドを支え、もう一方の拳をムイにめり込ませたのだ。


「ガ……ッハ……」


 息が詰まる。胃の中のものを全て吐き出しそうだった。視界がぼやけ、意識が飛びかける。


 堪らずムイは後退――が、そこに流氷はない。ムイの足は空中で“力場”を捉えることはなく、その身体は冷たく激しい川へと吸い込まれていった。

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