羽柴兄弟
「兄貴! あの中学生と試合するってホントか!?」
ユウトがホテルの部屋に戻るなり、弟のハヤトが駆け寄ってきた。その表情には明らかに焦りが見える。
「ああ、さっき闘技場の貸し切り申請をしてきた。元々今日の試合で使う予定だったから、問題なく借りられたよ」
「闘技場なんてどうでもいいんだよ。俺が言うのもなんだが……あのガキ、正直かなり手強いぜ。大丈夫なのかよ」
そう言うハヤトの表情があまりに真剣なものなので、思わずユウトは息を呑んだ。弟がこれほどまでに真っ直ぐな視線で、それも他人の実力をここまで認めることはなかった。それほどまでに自分の次の対戦相手が強敵なのかと思うと、今度は何だか可笑しくなって、思わず笑みを浮かべざるを得なかった。
そんな兄の表情の意味が分からず、ハヤトは聞き返した。
「何笑ってるんだよ、兄貴」
「いや、お前がここまで魔導戦に真剣になってくれているのが面白くてな。何年か前のヤンチャをしていた頃からは想像できんよ」
「それは……」
ハヤトの脳裏に三年前――魔導戦を始める前の記憶がフラッシュバックする。その頃の彼は学校にも行かず、所謂不良と言われる友人たちと遊んで歩く毎日を送っていた。喧嘩も日常茶飯事で、負け知らずのハヤトであったが、そんな彼に兄であるユウトが魔導戦を始めることを薦めたのだった。
魔導戦を始めたハヤトがそれに熱中するのにそう時間がかからなかった。みるみる腕を上げていったハヤトはクラブチームのメンバーを次々に追い抜いていき、あっという間にエースの座につくことになったが、しかしそれでも兄であるハヤトに試合で勝つことはついに一度もなかった。
自分を魔導戦へ導いてくれた恩。そして、選手としての畏敬の念。その二つがハヤトに根底にあったから、彼はハヤトに頭が上がらなかった。
「兄貴には感謝してるし、兄貴の実力にケチつけるつもりもねえよ。だが、あのガキは本当に得体の知れない相手なんだ!」
「魔力を直接増幅・放出して発生させる“力場”。それを利用しての高速立体機動……確かに少し厄介だな。だが――」
ユウトは室内を進み、椅子を引いた。そしてゆったりとそこに腰かけながら、続ける。
「あいつには致命的な弱点がある」
「じゃ、弱点だと!?」
驚いたハヤトは慌ててユウトの対面に座り、話の続きを促す。
「どういうことだよ、一体、どんな弱点が……?」
「分からないか?」
「あ、ああ……」
「簡単なことだ。あいつは魔導戦の初心者だってことだよ」
「はあ?」
「まあ、見ていろ、今晩の試合でそいつを実践してやるぜ」
そこまで言うと、ハヤトはもう言い返すことはなかった。兄の言葉を信用していたし、何より彼がこれほどまでに楽しげにしているのを見るのは久々だったからだ。
そしてハヤトは窓の外に目を向け、呟いた。
「あいつは今晩、来るだろうか」
「来るさ、絶対にな」
そう答えたユウトの言葉は、これまでにないほどの力強さと確信を抱いていた。