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無気力少女ですが、実は最強です  作者: 冬野氷空
魔導戦入門編
25/72

白の少女/開戦

 冷たい雨が少女の肩を濡らす。魔導着スーツが弾いた水滴が僅かに宙を舞い、地面に落ちるころには他の雨粒と重なり合って、大きな水の粒とその姿を変える。魔導着スーツの上に着たジャージは、もはや衣服としての意を成していない状態だ。


 だらんと下に下げた両手の魔剣ブレイドから水がしたたり落ちた。


 ムイは濡れて額に鬱陶しく引っ付いた髪の毛を僅かに払う。


 夜八時――唐突に降り始めた雨――市街地を模したフィールドは水煙を上げ、霧が立ち込めているようだ。視界は僅か数メートルしかない。


 連なる安価で劣圧な建物群、ひび割れたコンクリート――立ち尽くす少女。


 ピクリとムイの耳が動いた。強烈に地面を叩き付ける雨音の中に、にわかに人の足音が聞こえた。足音はだんだんと近づいてくる。そして、彼女の前に、その人物は姿を現した。


 黒いフード付きマント――顔は隠れているが、腕に髑髏ドクロに巻き付く蛇の紋章が見えた。間違いない、件の“荒らし”が来たのだ、とムイは確信した。


 敵はじっとムイの方を見て停止している。まるで出方を窺うように。


「羽柴優斗なら来ませんよ」


 ムイが口を開いた。


「あなたをおびき出すためにの情報を流させてもらいました。羽柴勇人と風間実を破った人間が、全国ベスト4の羽柴優斗と対戦するって。最強を目指すチームに所属しているあなたが、来ないわけないっすよね」

「……」

「どうしてこんなことを、なんて聞いても無駄っすかね? でもわたしは気になるなー。あなたは本当に楽しそうに魔導戦に関する話をしてくれたじゃないっすか。ねえ? 雨宮彼方さん?」

「……知っていたんですね、私の正体」


 フードの内側から少女の声が聞こえた。それはムイにとっては聞き覚えのある声で、そして予想通りでもあり、信じたくない真実でもあった。


 少女はフードに右手を添えると、ゆっくりとそれを剥いだ。


 露わになる真っ白い髪の毛――“白い死神”。


「別に、深い理由なんてありませんよ。私はただ、強くなりたいだけです」

「わたしに嘘をついても無駄っすよ。あなたはとても頭の良い人だ。ただ強くなりたいなら、荒らしなんてリスクの大きなことをしなくても、もっと他の方法がいくらでもあるっすよね?」

「……」


 少女――カナタが背負っていた魔剣ブレイドを抜いた。


 平べったい金属の塊が勢いよく降り注ぐ雨を弾いているのが見える。その中心の魔石は白い光を放ち、その周囲に並んでいる窪みの群れのデザインまでよく見えた。戦うつもりなのだということは、誰の眼から見ても明らかである。


「あなたは一体何のために戦ってるんすか?」

「あなたに言う義理はありません」

「そりゃそうだ。でも、こっちとしても引き下がるわけにはいかないんすよねえ」


 ムイも刃を構える。僅かに魔力を注入し、いつでも動けるように準備した。


「逆に訊きますけど、ムイさんはどうして戦っているんですか?」

のためっす」

「たった、それだけのために……?」

「つまんない理由っすよね。だからわたしは魔導戦が嫌いなんすよ。痛いし疲れるし面倒くさいし」

「じゃあ、どうして……」

「戦い続けるのかって、そんなん決まってるじゃないっすか。戦わないより戦った方がマシだから」

「それは勝った場合だけでしょう?」

「わたしは負けないから良いんすよ、それで」

「すごい自信ですね」


 死神の魔剣ブレイド――その中心に埋め込まれた魔石が、にわかに光を帯びた。


 ――来るっ!


 咄嗟の判断――ムイは横に跳ぶ――破裂音と共に地面が弾けた。コンクリートの破片がパラパラと音を立てながら宙を舞う。


 攻撃は目に見えない速度、そしてコンクリートさえ一撃で粉砕するほどのパワーを秘めていた。なるほど、これならば羽柴勇人と風間実の怪我も頷ける。


 そんなことを考えながら、少女は駆ける。


 その足元に次々と目に見えない高速弾が穴を空けていく。さながらマシンガンの掃射のように。


 ムイは身体を屈めながら“力場”を発生――加速――敵の射程範囲外へ。


 転がり込むような形で脇の建物へ入った。位置情報の攪乱――奇襲の機会を窺う。だが、仮に奇襲のチャンスがあったとしても、彼女は仕掛ける気はなかった。


 それは相手の魔法が全く不明だからだ。そんな状態で奇襲をしかけようものなら、逆に返り討ちにあう可能性もある。


 ムイは建物内を進み、階段を上った。


 二階――その窓の一つから僅かに顔を覗かせて、外の様子を窺う。

 驚くことに、カナタは追ってきていなかった。それどころか、先程までいた位置と何ら変わらないところに立っているままだ。


 ――奇襲を警戒して入って来られないのか?


 確かに先に建物に入ったのはムイだったから、奇襲の有利性は彼女にあると言えるだろう。しかしその様子に、彼女はどうしても違和感を覚えずにいられなかった。


 ムイは息をひそませ、カナタを観察することにする。


 その右手の魔剣ブレイドは光を放ったままだ。それは雨の中でもはっきりと見て取れる。つまりいつ攻撃を仕掛けてきてもおかしくはない。


「……!?」


 ムイは思わずのけぞった。

 外のカナタと目が合ったのだ。突き刺すような殺気を帯びた冷たい視線。


 刹那――


「くっ……!?」


 ムイの周囲のコンクリートが、一斉に弾けた。


 両腕を顔の前に――全身を覆うように“力場”を発生――だが、“壁”は一瞬で切り裂かれ、削り取られていくのを感じた。

 走馬灯のように周囲の景色がゆっくりと流れていく。身体はひどく重い。

 生きた心地がしなかった。歯を食いしばり、目を見開き――“力場”を精密にコントロール。大きな動きは必要ない。あくまで最小限で身体を動かし、“力場”でそれを支える。


「か……はっ……!」


 一瞬の出来事だった。

 まさに奇跡と言えるだろう。マシンガンの掃射はムイの身体に傷をつけることはなく、それどころか掠めることもしなかった。ただひたすらに彼女の周囲の壁や床、天井に穴を空けただけだ。


「っぶねえ!」


 ふっと息を吐き、ステップ――すぐにその場を離れた。いつまたあの攻撃が来るか分かったものではない。


 そこに再び全方位からの掃射が放たれた。ムイがいたところを次々の蜂の巣に変えていく。


 彼女は走るのをやめなかった。立ち止まれば一瞬でやられてしまうだろう。威力で言えば羽柴勇人の“炎の不死鳥(フェニックス)”を軽く上回っているかもしれない。


 “力場”を前面に壁のように展開――窓ガラスを突き破って外に飛び出した。

 空中にも“力場”を、さしずめ階段のようにして地面に着地――受け身をとってその衝撃を和らげる。そしてそのまま高速で駆け始めた。


 ちらり、と背後を見た。遠くにカナタが見えた。こちらを視界に収めてはいるようだったが、それほど急いで追いかけてくるようには見えない。


 ――取りあえず身を隠さないとダメっすね。


 肩で息をしながらも、ムイはさらなる加速をした。

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