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無気力少女ですが、実は最強です  作者: 冬野氷空
魔導戦入門編
22/72

白の少女/出会い

「あの……もしもし?」


 肩を優しく叩かれた。意識が僅かに戻ってくるのを感じる。


「もし?」

「ああっ!」


 そして一気に引き戻された。ムイは勢いよく顔を上げる。


 どうにも自分は疲れているのかもしれない。当然だ。連日連夜、あれだけの激戦を繰り広げていれば。そう思って、辺りを見渡す。

 そこは図書館だった。図書館にいるのだと、思い出した。


 シルバー・ウィーク四日目――彼女は珍しく溜め込んでしまった学校の課題を片付けるため、図書館に訪れていたのだった。連休の一日目と二日目は魔導戦の試合に、そして三日目は天変地異の前触れか、妙に店が混んでいて課題どころではなかったのだ。


 そして一通りの課題を済ませる頃には既に昼過ぎになっており。本でも読もうかと棚から選んできたのは良いものの、それを読んでいる途中ですっかり眠りに落ちていた。

 窓の外は既に薄暗くなっている。何時だろう? と時計を見るより先に、閉館時間が来たから自分は起こされたのだと悟った。


 それからムイはようやく自分を起こしてくれた人物の方に目をやる。


「受付の人に頼まれてしまって……すみません。気持ちよさそうに寝ていたのに」


 白。


 それがその少女の第一印象だった。

 白いワンピース――そのノースリーブスの服からは細い腕がすらりと伸び、スカートから僅かに覗く足までも、まるで飾られているマネキン人形のような美しさだった。その顔面は勿論、手足もまるで日に焼けておらず、その“白さ”は彼女の人形らしさをさらに強調している。


 しかし、何より印象的だったのはその身体のことではなく、少女の頭髪の方だった。


 ムイを起こしてくれた少女の髪の毛はまるで悪魔と契約して対価として差し出したかのように、あるいは何かの引き換えで得た美しさのように、()()()()()


 だからムイは最初にその少女を見た時、雪の妖精か何かなのではと錯覚してしまった。しかし、現実的に考えればそんなことあるわけがない。となれば外国の人間だろうか。


「あの、よだれ、ついていますよ」

「え! マジっすか!?」


 ムイは慌てて袖口で拭う。


「……わざわざ起こしてくれてあざっす。外国の方っすかね? ハローハロー?」


 まだ寝ぼけていたのかもしれない。自分で涎は拭うことができたが、しかし何を言っているのかまでは分からなかった。


 少女はムイの言動が面白かったのか、あるいは全く取れていない涎のついた顔が面白かったのか、クスクスと笑ってみせる。


「いいえ、私は純粋な日本人ですよ。この髪の毛は色素がなくなる病気なんです」

「あ、そうなんすか。綺麗な髪の毛だったからつい……や、こっちこそ失礼なことを言ってごめんなさい」

「いいえ、もう慣れましたから……」


 少女はそう答えながらも、その表情には僅かに翳りが見て取れた。やはりあまり触れられたくないことらしい、とムイは話を変えることにする。


「ええと、閉館時間っすよね。出ましょうか」

「ええ……あら?」


 と、そこで少女が何かに気付いた。


 それはムイが顔を上げたことで露わになった彼女が枕替わりにしていた本だった。タイトルは『魔導戦の歴史』。表紙にはおそらく魔剣ブレイドをモチーフにしたであろう二本の剣が交わっている装飾が施されており、その美しく豪勢な表紙だけでも人目を引きそうだ。


 少女はその本を手に取る。


「魔導戦に興味があるんですか?」

「あー、実は最近ちょっと縁がありまして。ちゃんと勉強しとかないと怒られるなーって。まあ、最初の方だけ読んで寝ちゃったんすけどね」


 言いながらボリボリと後頭部を掻きながら笑ってみせた。

 少女はまじまじと本に目を落としている。


「怒られるって、お父様に……?」

「え? ああ、いや、友達っすね。一々口うるさくて嫌になっちゃいますよ」


 ムイはそう言って、まるで数々の文句を何とか我慢しているように口を曲げた。


「あ、いえ、こちらこそ変なことを訊いてしまってごめんなさい」


 少女は僅かに頭を下げて本をムイに返す。

 ムイは受け取りながら逆に尋ねてみた。


「そっちも魔導戦をやるんすか?」

「……まあ、ちょっとだけ」

「はー、そうなんすか。やっぱり人気なんすね」

「あなたって、もしかして初心者?」

「そうなんすよー」


 難しそうに顔をしかめながら、


「魔法の種類ってだけでも結構色々あって、覚えるの大変すね。炎とか風とか、簡単なのばかりなら良いんすけど……概念系? 魔法のところで難しくて飽きちゃいました」

「確かに概念系魔法は複雑ですからね。変身魔法なんかも含まれますし」

「そうなんすよー。もうわけ分かんないっす」


 ムイが肩を竦ませると、少女の表情にまた少し笑顔が戻ったようだった。それで何となくムイは満足した。


「あ、わたし霧野きりの夢衣むいっていいます。夢の衣でムイっす。よろしく」

「よろしくお願いします。私は雨宮です。雨宮あまみや彼方かなた

「アマミヤさん……言いづらいので、カナタさんって呼んでも良いっすか?」

「ええ。構いませんよ。私もムイさんってお呼びしますね」


 カナタがそう答えると、ムイはにやりと笑ってみせた。

 二人とも初対面ではあったが、不思議と気が合いそうだと、なぜか感じていた。


 するとそこでカナタの背後からゴホンと咳払いが聞こえた。見ると受付の人間が如何にも不機嫌そうに立っていた。


「出ましょうか」


 再度ムイが言って、二人は図書館を後にすることにした。


「カナタさんはこの辺りの人っすか?」


 図書館を出て、ムイが尋ねる。


「いえ、所用でこちらに滞在しているんです」

「ああ、そうなんすね。お住まいはどちらに?」

「関西の方です。ムイさんはこの土地の人間?」

「そうっすよー。生まれも育ちもここ、長野県は上田市っす」

「そうなんですか。ここはとても良い街ですね」

「ただの田舎っすよ。カナタさんはあちこち行ったりするんすか?」

「え……なぜ?」

「口ぶりがそんな感じだったので」

「そうですねぇ」


 カナタは少し考えてから答える。


「確かに今まで色々なところに行きましたね。と言っても関西からもっと南の方ですけど。九州とか。こっちの方面に来たのは初めてです」

「へー。ここには何をしに?」

「旅行みたいなものですね。連休ですし」

「良いっすねぇ。わたしなんてここのところ色々と忙しすぎて……」


 そんな他愛もない話をしながら、二人はカナタが滞在しているホテルがあるという市街地方面を目指して歩いた。


「あ、そうだ」


 その道中、ムイが口を開く。


「カナタさんはわたしより魔導戦に詳しいみたいだから訊きたいんすけど、ってみます?」

「夢、ですか……?」

「ええ。なーんか、よく覚えてないんすけどね、ここ最近、変な夢をみるようになったと思うんすよ。それって魔導戦と何か関係があるのかなーって」


 カナタは少し考えてから、しかしとても残念そうな顔で首を横に振った。


「ごめんなさい、よく分からないわ。確かに魔導戦と人の心理状態に関する研究はされているみたいだけれど、私は専門家じゃないし……」

「あー、そうなんすね。や、こっちこそ変なことを訊いて悪かったっすね」

「でも人の精神に干渉する魔法もあるから、そのせいかも……」

「いやー、それはないっすね。わたしが今まで戦ってきたのって、炎使いと風使いだけっすから」

「炎と風……もしかして羽柴勇人と風間実……?」


 その名前が出て、思わずムイは目を丸くした。


「驚きました。まさにその二人っすよ。やっぱりその二人、有名人なんすか?」

「え、ええ、まあ、そうね……それで、戦ったって言ったけど」

「はい?」


 カナタが立ち止まったので、ムイも立ち止まった。そして振り返る。


「戦ったって言ったけど……勝ったの?」

「まー、何とか。でも疲れるんで、できればもうやりたくないっすねぇ」

「……」

「どうかしたんすか? 思いつめたような顔をして」

「え、いや、別に何でもないわ……あ、私、こっちだから」


 と、カナタが進行方向とは違う方を指さす。


「え、でもホテルならこっち、」

「用事があるの。また今度ね」


 そう言って、彼女はムイにさよならも言わずに駆け出した。


「変な人っすねぇ」


 遠ざかっていく後ろ姿を見てムイは呟く。


「でも、良い人っぽいです」


 そして再び、自分の帰るべき家へと歩き出すのだった。

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